暇記

カキーン

2010年までのことについて綴る。

今日は12月15日。
会見の日から8ヶ月。エイトが6人になって早5ヶ月。
あと半月ですばるくんはジャニーズ事務所を退所して、年が明ければ森永のCMも7人じゃなくなって、TV LIFEの連載の顔写真も7つじゃなくなくなって、公式ホームページのプロフィールも7人分じゃなくなって、関ジャニ戦隊∞レンジャーからレッドがいなくなって、カンテレに置いてあるジャニ勉のパネルも撤去される。*1

来年以降も暫くは、ふとした時に喪失感に直面することが度々あるんだろう。7人のころの曲を6人で歌い直すとき、過去の映像を目にするとき、彼らが話す昔話を見聞きするとき、きっとその度にすばるくんのことが浮かんでしまうんだろうなぁ。予め覚悟しておかなければないな。うん。
仕方ない。すばるくんは2002年の冬に”関ジャニ8”になりそれは2018年の7月14日まで続き、たとえ辞めていなくなったとしてもその間の16年間が無に帰すことは決してない。2018年7月14日までの全ての事柄はこれからも記憶&記録に残り続ける。
私がエイトを好きになったのは2007年の晩春でその間特に離れることもなかったので、7人としてのエイトをかれこれ11年間強見続けていたことになる。でも、その時間は今後はもう更新されることはない。これからは6人としての関ジャニ∞の時間が増えていくだけ。
当初から私はずっと大倉くんのファンだった。でも、私は7人の関ジャニ∞が大好きだったし、すばるくんのことも大好きだったんだよね。
渋谷ファンじゃなくともすばるくんを好きだったひと一人一人にエイトのそしてすばるくんに関する記憶や思い出があって、それは私も同じ。とはいえ来年以降はきっともう今年ほど反芻することもないだろうし、良い&最後の機会だし、自分の中のいろんなすばるくんを思い出しながら書き残していこうなと。
乏しい記憶力を元に適当に書いているだけなので記憶違い等はあるかもしれませんが、その点は後からしれっと書き直しておくことで辻褄を合わせていこうと思っています。



ジャニーズに関心ZEROの10代を過ごしていた私ですら当時からヨコとすばるくんとヒナちゃんと錦戸さんのことは知っていた。
何故かあぶない放課後も見ていた。どう見ても渋谷すばるの方がいい顔してるのにニノを選ぶ加藤あいどうかしてるやろと思いながら見ていたりもしたけれどあの時はニノ本当にごめんな悪気はなかったんだ。気遣いもなかったけど。
関西という土地柄なのか身近にも彼らのファンがチラホラいて、よく松竹座のdemachi話を聞いたり芸人目当てで毎日録画していたなるトモを彼らが出る度にダビングしてあげたりもしていたけれど、まあ自分とは関わり合いのない世界の人たちだなという印象しかなかった。

そんな私がはじめて関ジャニ∞を見たのは彼らにとって初めての京セラドーム公演だった。
チケットが余ってるからと誘われてなんとなく。正直興味半分どころか興味本位でしかなかったのもあり「ジャニーズの舞台装置すごいな*2」という点以外さほど記憶には残っていない。

にもかかわらずその三ヶ月後に見たミュージックステーションで私はあっさりと関ジャニ∞のファンになった。
CD、DVD、過去映像を漁りまくる日々。身近にファンがいたので遡り放題だった。
この頃はじめて見た「Heat up!」のF.T.Oで、いつもは終始メインを張っているすばるくんが終盤になって満を辞してといった感じで出てくるその使い方と存在感にグッときて、一時この曲ばかりリピートして見ていたことを覚えている。

47の時期、すばるくんはwebで全国各地の公演の感想を毎度必ず書いていた。私は幼少期から日記の類いがまったく続かないタイプだったので、仕事とはいえちゃんとマメに書いてえらいなその土地土地の人はすごく嬉しいだろうなと思った。
飛行機が苦手な大倉くんが、機体が揺れた際につい隣にいたすばるくんの手を握ってしまったという話がとてもかわいくて好きだった。
この頃はまだ”アイドルにハマる”という事実に自分自身が戸惑っていたのもあり、現場に行くことに関してはあえて自らブレーキをかけていた感はあった。47も大阪しか行かなかったけれど、東京ドームにも行っておけば良かったなぁ…と今さら後悔したところで遅いにも程がある。
超ロン毛だったすばるくんは途中でいったん毛先を切り、沖縄で焦げて、イッツマイソウルのプロモーションの頃には黒焦げ短髪姿になっていた。
うたばんだったかぷいぷいだったか、その姿を見た時「短髪のすばるくんの方が好きだな」と錦戸亮から怒られそうなことを思ったと同時に「この短いタームでこの変わりっぷり、アイドルってすごい…!」と感動し、アイドルを愛でることに付き日々驚くことがこの頃はまだまだたくさんあった。

47後に出た写真集で、ただ一人すばるくんだけがツアーを完遂したことについて若干ネガティブな言葉を綴っていた。いくらでも繕えるのに、よくこんなこと載せたなと思った。めんどくさい人…と思いながらこういう危うさも彼の魅力だったりするんだろうと思った。
47のセットリストを決める際、ヨコと錦戸さんがスタッフが止めに入るくらいの喧嘩をしたこともこの本に書いてあった。その折衷案としてすばるくんの案が採用されたことも。
成る程、すばるくんって意外と7人の中ではスイス的存在なんだなと思った。

繰り返し見た47のDVD。
楽屋で転寝している錦戸さんを襲撃する時の顔、マジカルが起きなかった錦戸さんを見て笑う顔、錦戸さんと並んで「みんなエイトのメンバー」って言いながらふざける姿、どれも楽しくて何回も巻き戻して見た。私も例に漏れずに、すばるくんと錦戸さんの関係性は大好きだった。
しかしながら、2007年末の安田くん相手の聞くジャニ∞で、すばるくんが錦戸さんに対して「(性格やセンスが)自分とよく似ている」けど「もっと大人になろう」と今年を振り返りながら半ば苦言めいたことを言っていたのをとてもよく覚えている。
よほどこう、口にせずにいられないようなことがあったんだろうなそりゃあんなタイトに47都道府県を一緒に回っていたらいろんな面も見えるよなと思った。でも、いいところも悪いところも含め様々な時間を共有している彼らが私にはとても素敵に見えた。

年末に大倉くんがトークゲストで出た少年倶楽部プレミアムで演奏された「Eden」がとてもよかった。
何となくだけど、すばるくんや錦戸さんはこういうことがやりたいんだろうなと思ったりもした。


2008年、ようやく出たシングル=ワッハッハーのなんとも言えない感じといい売る気のなさといい、このグループは大丈夫なのか…と危惧したりもしたけれど、PVだけはやたらめったらかわいかった。
ツアーではtornよりも何よりも、ヨコヒナそして6人をバックにつけた愛してる愛してないにグッときた。センターにすばるくんが立った時の関ジャニ∞はやっぱり美しいなと思った。

2008年はNEWSがCMやらシングルやら乱発する中、Can!ジャニという冠番組は開始したもののレギュラー仕事以外さして表立った仕事がなかったエイトを心配しつつ、個人的に私生活がゴッタゴタで疲弊しまくっていたのもあり夏以降のことはあまりよく覚えていない。
疲弊MAXのあたりにようやく発表された新曲=無責任ヒーローは本当にバカバカしいお祭りソングで、逆にこちらは助けられた感があった。しんどくてたまらなかった時、iPodに入れたこの曲のPVを延々リピートして見ていた。今もこの曲を聞くと、あの頃の自分の心情やその時の空気、景色、匂いを鮮明に思い出す。「ジャジャジャジャーン!」という歌詞に郷愁感を覚える人生になるとは夢にも思わなかったな本当に。

この頃はどちらかというと個人のそれよりもグループ仕事を欲していたのもあって、大倉くんのソロコンやら仕事人仕事よりも内くんのコンサートにヨコとすばるくんとまるちゃんとヤスくんが揃って行ったことの方が正直なところグッときた。
一方すばるくんはこの時期にFIVEというジュニアのグループとFLAT FIVE FLOWERSというバンドを結成し、活動をはじめた。
前述したようにこの時期は私生活が荒廃していたので、半ば義務感で大倉くんのソロコンを見に行ったくらいでそれ以外はレギュラー番組をなんとなく消費することくらいしかしていなかった。
FFFにおけるすばるくんの言動でエイトのファンがざわざわしていたのも、FFFのすばるくんがエイトの時と比べて明らかに活き活きしていたということも何となく把握はしていたけど、あまり深く考えずに流していた。
錦戸さんがNEWSのお仕事ばかりしていたこの年、NEWSのコンサート会場を借りて行われたカウントダウンコンサート終演後に隣の東京ドームシティホールでの内くんとFFFが出た初日の出ライブに錦戸さんとヤスくんが揃ってステージに上がりHeavenly psychoを歌ったことは、いちエイトのファンとして素直に良かったなと思った。


2009年、年始から暫くはレコメンでヨコヒナがグループとしての仕事が無いことを自虐していたのを覚えている。
片やすばるくんは、FFFからマッチ主導のJ ROCKへその活動の規模が広がっていた。
自身が相変わらずゴタついたのもあって、正直すばるくんのFFF絡みの活動については他所の出来事感が強く、その是非はおろか好き嫌いすら自分でもよく分からなかった。でも、ヤスくんがFFFにアートワークで協力し他のメンバーも皆公演を見に行ったりしている中、大倉くんだけはそういった話をまったく聞かなかったので、あの人そんなに忙しいのか?!と違和感を感じたりもした。
ま、その答えはそれから三年後に分かるのだけれど。

この頃すばるくんはいろんなメディアで「自分たちが先駆者となっていずれ音楽をやりたいと思ってるような人がジャニーズに入るようになったらいい」みたいなことを言っていた気がする。
夢を叶える方法や途は千差万別とはいえ、それはあまりにも絵空事だろうと正直思った。普通はそんなことを口にすること自体躊躇ってしまうと思うんだけど、すばるくんは本気で可能性を信じていたのかもしれないね。でもまあ、鯔のつまり。
J ROCKの方々は武道館でコンサートを開催、その後DVD発売が決定し公式HPにジャケットまでアップされたのに、直前になって販売が中止になった。
何が問題だったのか私には知り得ないけど、残念なことになってしまったなと思ったことは覚えている。
そしてこのあたりから徐々に暗雲が立ち込めて少し前まであれだけ活発かつすばるくん肝入だったFFFも活動らしい活動が行われなくなったなそういえば。

PUZZLEは二年ぶりかつエイトを好きになってはじめて出たアルバムだったのもあり、個人的に格別の思いがあった。
しかしながら、特典にユニット決めやその曲のPV撮影の様子も入っていたけれど、打ち合わせの様子やPV撮影の様子、さらにはコンサートにおける扱いに至るまで「Glorious」は終始”微妙”でしかなかった。もし長野の後だったらこの3人のユニットはまた違ったものになっていたのかもしれないのにと今になって思う。
最終地の京セラドーム、それまでの彼らとはまったく違って見えたなぁ。

カメラワークが最高に残念でおなじみのPUZZLEツアーのDVD。一秒KISSのBメロで順番に踊り繋いでいくところがまったくといっていいほどうつっていないのは未だに恨んでいる。
特典のBabun。ネタばらしの際、ヒナちゃんがひたすら可哀想過ぎる状況下で皆がその正解を考えあぐねている中、ここまで巧く切り込み最善の肢を選べるのはすばるくんだけだろうなと思った。

この年の9月、すばるくんはDREAM BOYSに出ていた。
バンド活動に勤しんでいた一年だったからこそ、この人もまだいわゆる”ジャニーズ仕事”をするんだなと驚いた。この件に関しては、すばるくん出演してもらいたいジャニーさんがまずそのことをヨコに相談したという話がとてもかわいくて好きだった。

一年ぶりのシングル「急☆上☆show!!」。
音楽番組に出るたびすばるくんは前髪をJにしていた。突然しはじめたヘアスタイリング、「意味わからん」と思いながら、やっぱり顔がいい人はどんなトンチキな髪型でもかっこいいんだな顔がいいってすごいと今更すぎることを改めて痛感した。

12月23、24、25日連続でのシングルリリース。仕事終わりにタワレコに寄りCDを買って帰ったあの3日間、クリスマスそっちのけで毎日大いに浮かれていた。
そしてこの年の年末、京セラドームで初の単独カウントダウンコンサートが行われた。
今となっては想像もつかないけれど、大晦日の夜公演を除き公演前は駅からドームまで「譲ります」のプラカードを持った女の子だらけだった。
そのくらいにチケットが溢れていたので、私も初めて全公演に行った。
desireはヤスくんが手掛けた各自のスタイリングがとてもよくて、初日にモニターにアップになった時あまりの妖艶さに客席からため息のような声が漏れていたのを覚えている。
413manでバックバンドを務めていた際、自分の歌の癖や個性を全部消してヨコの声にやさしくコーラスを当てているのを見て、すばるくんってこんな歌い方もできるんだ…と新たな一面を見た気がして感動した。
ある公演中、たしかアンコールの時だっただろうか。たまたま近くにいたすばるくんに目をやると彼が一人ステージ上で泣いていることに気づいた。それは…飽くまで私の主観だけれど、嬉し泣きとか感極まってとか、そういうポジティブな涙ではないように見えた。
こんなにも楽しい空間なのにいったい何が悲しいんだろうと、自分の楽しさに水を差された感じがした。
その直後、そんな様子に気づいた安田くんがさっとすばるくんに近寄って行き彼の肩を抱いていたのを見た。
私みたいなファンなんかには到底分かり得ない、メンバーだからこそ、否、安田くんだからこそ知っているそして即座に理解できる”渋谷すばるの事情”があるんだろうとその時思った。


2010年。
前年の秋からこの年の春まで放送していたテレ朝の関東ローカル15分(!)の深夜枠で放送していた関パニは、本当に面白い番組だった。
きのこが食べられないすばるくん、辛いものが食べられないすばるくん、逆さ文字が書けないすばるくん、マイケル化するすばるくん、カレーを赤子にするすばるくん、基本ポンコツなのになぜか台詞の暗記だけはサラリとやりのけるすばるくん。いろんなすばるくんが今も記憶に残っている。

関パニが終わり冒険JAPAN関ジャニ∞MAP放送開始。
全国各地をエイトが旅して楽しむだけの旅番組。放送当時はメンバー全員出ないことを不満に思っていたりもしたけれど、今となっては実に贅沢な番組だったなと思う。当初すばるくんは普通に船に乗っていたものの、後半になるとなぜか一人船に乗らなくなったのも今は昔。
震災後、録画したものを見ていたらその半年ほど前にヨコとすばるくんとヤスくんが気仙沼の港で楽しそうにロケをしていてふと涙が出たなんてこともあった。

初夏、その関ジャニ∞MAPのテーマソング「wonderful world!!」がこの年の一枚目のシングルとして発売された。そして、詳細が発表された時点で物議を醸していたその特典映像を再生したファンが一気にざわつき出したと同時に、貼られていたKEEP OUTが無くなり「8UPPERS」という謎の企画が本格的にスタートした。
日々少しずつ更新されるclub∞。あの頃は今ほどtwitterに(おかしな使い方をする)人がいなくて、エイトが好きというただそれだけで集っている”エイトクラスタ”が小出しにされる情報にああでもないこうでもないと妄想を膨らませている時間は、文系おたくとして実に楽しかった。

そして8月に「LIFE~目の前の向こうへ~」が発売された。
PVが解禁されたその日、今までは決まってどこかしらファニーな要素が入っていたのにこの時は終始カッコいいだけで、逆にファンが戸惑っていたのが今でも忘れられない。
それに合わせての2週連続Mステ出演。ミュージシャンも構成上アテ振りする人が大半の中、楽器の周囲に大量のマイクを用意しての生歌&生演奏。
なんていうか、しみじみとヘタクソだった。皆、各々にヘタクソだった。でも、わざわざちゃんと演奏して歌うその気概にグッときた。私は彼らのファンだから。まあヘタクソではあったんだけど。

その後8UPPERSの全容が明らかにされ、10月11日には一日限りで全国ロードショー公開もされた。
事前情報をあまり入れないで見に行ったこともあって、見終わった後の衝撃たるやなかった。
おたくの都合のいい妄想や願望を具現化したかのような76分間。すばるくん否アーセナルは、めっちゃくちゃにカッコよかった。
以前もtwitterで触れたように個人的に一番好きなシーンは赤子を背負ったアーセナルがジャッキー&ガム&エースから揶揄われながらも居直って銃を構えるシーンなのだけれど、この場面を映画館で見た時「こんなエイターが欲望のままに作った二次創作のような萌え映像を、関ジャニ∞(本物)を使って世に出していいのか…?!」と心底驚愕した。

映画「大奥」の公開日、Mステで8UPPERSのリード曲である「アニマル・マジック」を披露した。
終盤の、二人ずつユニゾンで歌い繋ぎ最後にすばるくんが一人で歌い〆る様が、絶対的センターかつリードボーカルという感じで実に様になっていた。ま、同時に杉本彩に興奮したというゴールデンタイムにそぐわぬ話もしていたけど。

8UPPERSツアー。
テクノメドレーを見るためにチケット代払ってるようなもんだと思いながら足を運んでいたけれど、もちろんそれ以外も楽しかった。
Jack Hammerの落ちサビで地団駄を踏みながら歌うすばるくんがものすごくカッコ良くて、その箇所ではいつも決まってすばるくんを見ていた。
コンサート中に突如はじまるウインクキラーコーナーの罰ゲームは”嬉し恥ずかしラブレター”。当時から個人的に一番印象的だったのは、すばるくんに対するヤスくんの「一番とは言わんけど何番目かに愛してください」という一節。
一時は一人で買い物に行けないくらい内向的で人間不信だったすばるくんを一番側で支えて受け入れて慈しんでいた安田くんが、すばるくんにとってもう一番の存在ではないということを安田くん自身が分かってしまっているんだなとしみじみ感じた悲し切なしラブレターであった。

この年の10月にすばるくんにとってはじめての冠番組である「スバラジ」がスタートした。
演技仕事の比重が大きくない他のメンバーは皆グループの冠番組以外のレギュラーを持っているのに唯一すばるくんだけそれがなかったので、スバラジが決まった時は本当に嬉しかった。すばるくんが一人でバラエティの司会をしているのもパネラーをしているのもどちらもしっくりこないなと思っていたので、一人ラジオのお仕事は理想的だなと思った。
大倉くんのオールナイトニッポンがはじまるまでは、ほぼ毎回聞いていたなぁ。コーナーもネタはがきもウィットに富んでいて、羨ましかった。

年末に放送された「モンハン祭り@レコメン」は、今もたまに聞き返す。今年もMHWをやりながらBGM代わりに流していた。
各々のプレイスタイル話からはじまり、絶え間なく繰り出されるモンハンあるあるネタや下ネタ、不毛すぎるメンバー内マウンティング、そして常にヒナちゃんに対して(ハンター的な意味で)上から目線だったすばるくんが最終的に乙り3人からバカにされて終わるというオチが完璧すぎるくらいに完璧で、実に最高の3時間だった。
この回で「僕は、実力はあります」と自慢げにオールマイティープレイヤーを名乗る大倉くんに憧れてあらゆる武器に手を出した私は、長いガンナー期を経て最終的にランサーになりましたとさ。






2011年へ続く。*3

*1:※予想

*2:翌年嵐のドームコンサートに行き同社比的に実はそんなすごくなかったということを知る

*3:年内までに2018年にたどりつけますように…

GR8EST大阪公演の振替公演と追加公演を見にいったのでそのことについて綴る。

関ジャニ∞の2018年のツアー、GR8ESTの大阪公演23日分の振替公演と追加公演に行ってきた。

2公演見た率直な感想は、良くも悪くも夏とはまったくの別物で、やはりGR8ESTツアーのオーラス=集大成は9月16日の福岡だったなっていうことですかね。
もともと8月23日しか見る予定がなくて、実際に今回の振替公演しか入れなかった人がいたとすればそれは面食らって当然だなと思う。でも、たとえ8月23日の振替公演であるとはいえ11月17日はどう考えても8月23日ではないし11月17日のすべての事象が8月23日に戻ろうとしたところで戻れるものでもない。
時は無常でコンサートは水物。仕方のないことなんだと思うしかない。


GR8ESTツアーの札幌名古屋大阪東京福岡の雑感は既にしたためているので、興味のある方がいれば。
…いるのか?

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今回の公演と夏のツアーの主な違いは
①「ここにしかない景色」が「象」に変わった
②安田くんがMC中もステージ上にずっといた+トロッコにも乗っていた
③kura tik新録
④「今」「へそまがり」「LOVE&KING」他、バックに関西ジャニーズJr.がついた
⑤がむしゃら後にあったヒナちゃんによるたこやきオールスターズの紹介が大倉くんの紹介からはじまるなにわ男子の曲披露に変わっていた
⑥KING作文新録
⑦6人で一人ずつ長々としていた最後の挨拶が、ヒナちゃん一人による簡潔なものに変わっていた
⑧本編最後の曲が「大阪ロマネスク」から「ここに」に変わっていた
⑨アンコールの「パノラマ」が「All you needs laugh」に変わっていた
…くらいでしょうか。

「ここにしかない景色」が「象」に変わった

これに関しては、個人的に「ここにしかない景色」がとても好きなので無くなったことは単純に残念ではあった。ほかでもない大阪は”僕らの街”なのに。ようこそしてくれよ。大阪観光シンボルキャラクターなんやで君達はっ。
とはいえ、象の方が明らかに盛り上がるし曲順的にもあそこに入れるのがベストだろうし、仕方ないといえば仕方ないのかもな、っていう。
でも札幌で「僕らは偶然の中で出会って同じ時を共に生きている」という歌詞と共に6分割モニターに映った彼らを目にした時の感慨深さと、それと同時に覚えたどうしようもない寂しさは、きっとこれからも忘れることはないでしょう。

安田くんがMC中もステージ上にずっといた+トロッコにも乗っていた

これについてはもう「良かった」としか言いようがない。
本当に良かった。ありがとう安田くんの細胞&自然治癒力
17日、オモイダマが終わっていなくなるタイミングが来ても安田くんがなかなかステージから捌けずそのままMCがはじまって、今日は安田くんがステージからいなくならずにそのまま6人でMCを続けるんだということを理解した時、本当に涙が出そうになった。
今の治安が悪すぎる見た目の安田くんを以前のようなきゅるるんアイドルとして見ることはなかなかハードルが高いとは思うけど、ああいう風に過剰なくらいに曝け出すことで自分の中の溜まっているいろんなことを昇華しているのかなとも思う。
ヨコは「サイドに刺青を入れるのはやめてくれ」とは言っていたけど、誰も今の髪型や見た目を咎めたりはしていなかったなそういえば。
地肌が見えるほどにサイドを刈り上げるのも、無精髭を生やすのも、ピアスを突然増やしたのも、安田くん自身何か思うところがあってのことなんだろうなって私は勝手に思っている。
みんなきっとそうなのだろうと思っていた頭の傷が、去年の手術の痕であることを初めて自分から口にしていた。でも、その傷跡を何かアートとして活かせないかということも言っていた。そのポジティブな痕活用法は正直全然理解できないけど、その理解のできなさが彼の奥深さというかすごいところなんだろうなとも思う。
マニアック、楽しみにしています。

kura tik新録

ツアー中に流れていたものはわざとらしさの極みといった感じで正直なところ私は錦戸さん以上に耐えられない感じではあったんだけど、今回のは突き抜けすぎていて羞恥心が邪魔することもなく全て楽しく見られた気がする。
たった2公演のためにメンバーも大倉くんもロケにまで出て新しく収録してくれたんだなと思うとその気持ちにグッとくるし、何より安田くんの女装は本当にかわいかった。あの映像の中の(女だらけの今日の京セラドームですら滅多に目にしないレベルでかわいい)女の子と今のチンピラみたいな安田くんは同じ人間であるという信じがたい事実に、一瞬時空が歪むような感覚を覚えた。
ItoUをBGMに、二人で一生懸命乳首ドリルの練習をするtorn二人のオフショットのシュールさったらなかった。この人たち、別にこんなことしなくても生きていけるのにホンマにアホやなありがとう。

「今」「へそまがり」「LOVE&KING」他、バックに関西ジャニーズJr.がついた

個人的にジュニアには関心がないのでバックにジュニアがついていようがついてなかろうがどうでもいいし、どうでもいいからこそ別についてくれてもいい。つくことで喜ぶ人がいて、またジュニアの方達にとっても糧になるのならいてくれていいんじゃないのかな。
ただ私も以前目にしたしたことがあるけど、ジュニアにだけ声援を送るべくジュニアがステージ上にいない時にあえて座ったりスマホをいじったりと所謂イキった態度を見せるのは、それを一種の愛情表現だと思ってるのかもしれませんけど正直なところ激ださいですよとは声を小にして言いたい(∵小心者なので)。

「がむしゃら行進曲」後にあったヒナちゃんによるたこやきオールスターズの紹介が大倉くんの紹介からはじまるなにわ男子の曲披露に変わっていた

GR8ESTツアーの合間をぬって、大倉三兄弟の長男忠義くんと横山三兄弟の長男侯隆くんの二人が、今秋行われていた関西ジャニーズJr.のコンサートの舞台裏で先輩風ならぬ長男風を吹かせていたのは周知の通りである。
これについては、大倉くんが事務所の人にやらせてくれと直談判したのか事務所の人が大倉くんに頼みこんだのかすべて筋書き有りきの事務所の戦略なのか…、実際のところは私には勿論分からないけれど、大倉くんが関西ジャニーズJr.のことを思い、考え、彼らの未来のために尽力していた時間があったというのは紛れもない事実であるわけで。
それに、別段やってもやらなくてもいいジャニーズwebでの連載を「ジュニアに恋しちゃった」っていう謎建前がありつつもやることを決めてくれて、自らのスペースを割いて個人個人、しかも型通りのそれではなくちゃんと個々の魅力が伝わるように紹介したり、でもそれだけではきっと(一部の)自分のファン=大倉くんにしか関心がない界隈からは多少なりとも不満の声があるであろうこともちゃんと理解してたまに自撮りやら安田くんやらこちらへの謎呼びかけやらをしてくれたその思慮深さとやさしい気持ちは、やっぱり大事にしたいなと思う。

私は所謂”朝ドラクラスタ”で、ほぼ毎シーズン朝ドラを欠かさず見ている(※たまにある肌に合わないやつは除くちなみにまんぷくは今のところ毎日楽しく見させてもらっています)。
ごちそうさん」も「あさが来た」も個人的に大好きな朝ドラで、故に西畑くんだけは名前も顔もニノのことを尊敬していることも知っていたし、地道にキャリアを重ねて頑張っていってるなぁと端から見て思っていた。
そんな西畑くんが先日のwebで今回のエイトのコンサートに出た時の感想を書いていた。ので読んだ。素直に感動したし、後輩から「ドームの景色、歓声を守っている」と書かれていたエイトが、とても頼もしくまた誇らしく思えた。
ドーム公演はデビュー4年目の2007年から毎年、5大ドームツアーは2011年から8年間連続で行ってはいるけども、それは数少ない選ばれた人だけができることであって当たり前などでは決してない。いちファンとして、これからもできるだけ長く彼らがそれらを守り続けられるよう、微力ながらお力添えできれば(と思いつつGR8EST全種予約させていただきました)。
今の状況や雰囲気から察するに、きっとこのまま誠実に時間を重ねていけば、遠くない未来にあの7人はデビューできるんだと思う。その時に大倉くんが心から嬉しいと思ってくれさえすれば、私は諸々オールオッケー👌

KING作文新録

大阪の人ならば初日に彼らがロケをしていた場所が如何に四六時中人でごった返しているか知ってると思うんだけど、それにも関わらずあの場における白け具合は本当に衝撃的だった。
松竹座の場面では、”KINGであいうえお作文を作る”という趣旨を読み取れていないことをいじられているまるちゃんを横目で見るヒナちゃんの顔が最高だった。一見しっかりしているし実際対外的にはしっかりしている時が多いのに、時折信じられないくらいに抜けているところが垣間見えるのがヒナちゃんの可愛さであり魅力だなと思う。

6人で一人ずつ長々としていた最後の挨拶が、ヒナちゃん一人による簡潔なものに変わっていた

GR8ESTは、再生のツアーだった。その過程というか経過を顕著に感じられるのが最後の挨拶だったと思う。
札幌では覚悟を決めた表情で喋るヨコが、名古屋ではすばるくんに対する思いを漸く口にできたまるちゃんとそれまで堪えていたものがあふれ出たかのように涙をこぼす安田くんが、大阪ではすばるくんに未練タラタラな大倉くんが、東京では楽器を演奏することの喜びを噛みしめるヒナちゃんが、福岡では無言で客席を眺めている錦戸さんが、それぞれとても印象に残っている。
個人差はあれど、公演を重ねる毎にそれぞれの表情も和らいでいき、過去を振り返るような言葉も減り、すばるくんの名前も聞かれなくなった。
でも、今回の公演でその挨拶をヒナちゃん一人に任せているのを見て、もうそういう”再生の過程”を見せる必要が無くなったんだなと思った。その段階に彼らはもういない。6人は既にその先へ進んでいる。
しかしながら。
札幌から福岡まで時に感情的になる5人に対し然程感情の起伏もなく明るい挨拶をしていた印象のヒナちゃんだけど、先日届いた会報に書かれていた「”ミスター通常営業”でおりたいなと思ってた」という一節を読んで、ちょっと胸が痛くなってしまった。自分たちと向きあう際に客は楽しい気持ちだけ抱えていて欲しいという意思は4月15日以降のヒナちゃんの言動の随所から伝わってきたしこちらもそう努めるべきなのだろうとは思っていた。でも、しんどくないのだろうか。大事な仲間が患い、大好きな幼なじみがいなくなってしまったのに。
こちらが知り得ぬところでヒナちゃんにも何かしら昇華できる場所があればよいなと心底思った。

本編最後の曲が「大阪ロマネスク」から「ここに」に変わっていた

その前述の挨拶を終えた直後に始まるのが本編最後の「大阪ロマネスク」だった。
当時まだ8人だった14年前に松竹座で初披露されたこの曲は、これまでの彼らの活動の節目節目で必ずといっていいほど歌われてきた。過去に二度行われたファンによる人気投票でも常に上位で、ファンにとってもメンバーにとっても、比類ないほどに思い入れがある特別な曲。
メンバーが一人抜け7人が一丸となり死ぬ物狂いで前に進んでいた頃にも、それなりの安定を手にいれて更なる高みを目指すべく苦悩していた頃にも、そして音楽という武器を見つけまさに過渡期にいた頃にも、この曲はそのすべての時間に寄り添ってきた。そして初披露から14年経った今年、”関ジャニ∞渋谷すばるとして一番最後にレコーディングした曲”という完璧なオチまでつけて、「大阪ロマネスク」は7人の物語を余すところなく投影する曲に成ってしまった。
そんな曲が、他でもないすばるくんの声からはじまるこの曲が、6人全員の声からはじまったのを札幌で目にした時の感情は、言葉では言い表せないものがあった。
毎公演、聞きながらやっぱり私はすばるくんのことをそして7人のことを思い出していた。それまでの内容がどうあれ、そのコンサート本編の終わり方は毎度センチメンタルでしかなかった。
その「大阪ロマネスク」を、6人は切った。そして、6人として最初の曲である「ここに」に置き換えた。
どういうやりとりや経緯があってこういう形になったのかは分からない。でも、その変更がどれほどのものなのか理解できるからこそ、6人の覚悟に胸が震える思いがした。
アンコールで歌われていた時より立ち位置に間隔が空いてしまったせいで興味深い様子が減ってしまったのは残念だったけど、最後のヤンマー二人が並んで歌うところではちゃんと安田くんが錦戸さんに駆け寄っていたのが可愛いどころの話ではなかったあんなにも赤子が泣きそうな見た目をしているのに。

アンコールの「パノラマ」が「All you need is laugh」に変わっていた

大阪のために作った曲を一番最初に大阪で聞けて良かったなって。ミニオンのタオルをかぶるまるちゃんがものすごく可愛い…かと思いきや可愛い被り物から垣間見える顔面がものすごく男前で、そのギャップに狼狽した。


そういえば、18日の「象」で、すばるくんがウインクしていた箇所と同じところで安田くんがウインクをしていて、なんか全然しんみりするところではないのにしんみりしてしまった。あと、同じ18日の「今」でまたまるちゃんがすばるくんが歌っていたBメロを思いっきりスルーしていて、ここも全然しんみりするところではないのにしんみりしてしまった。…山田揃って突然しんみりさせるのやめてくれないかな!
でも、歌い忘れたことに気づいたまるちゃんがその後一切苦笑したり照れ笑いせずに強張った顔をしているのを見て、なんか…何も言えなくなってしまった。言ってるけど。というか、書いてるけど今。仕方ないよ、だってすばるくんがいなくなってまだ4ヶ月しか経ってないんだもん。

そう、まだ4ヶ月しか経っていない。
でも、この4ヶ月で本当にいろいろなことが変わってしまった。エイトもそうだし、こちらの気持ちも。
大丈夫にはなった。でも、思い出してしまうことは当然にある。想像してしまうことも。もしこの場にいたらどうしていただろうとか、居て欲しかったな、とか。
ふと声が聞きたいなと思うこともある。曲を聞きながら、この曲の歌声はもう二度と聞けないんだなと寂しく思ってしまったりもする。
いつかそんなことも思わなくなる日が来るのだろうか。4ヶ月でここまで変わってしまったのだから、先のことなんて分からないね。


時間は絶えず流れ続ける。
いろいろあり過ぎた2018年も、あと一ヶ月強で終わりを迎える。すばるくんはジャニーズ事務所から退社し、錦戸さんのドラマがはじまり、安田くんのマニアックがはじまる。きっとそれもあっという間なんだと思う。
一年後の関ジャニ∞はどうなっているんだろう。とりあえず平穏で健やかで幸せな時間が6人に、すばるくんにも流れていてくれることだけを願っています。




GR8ESTツアー全16公演、お疲れさまでした。
本当に、楽しかったです。

GR8EST福岡公演を見にいったのでそのことについて綴る。

9月15日、16日とGR8ESTの福岡公演を見に行ってきた。


行くたびに思う。
ヤフオクドームの”最寄駅”が唐人町駅って本当どうなんだ。寄ってない。全然寄ってないよ。
個人的に5大ドームでヤフオクドームの道程が一番つらい(のでバスかタクシーがよい)。



15日。
9日の東京公演の盛り上がりが異様だったのもあって、あの場がその天辺とすると福岡は客自体も若干燃え尽き症候群というか、落ち着いた空気ではあった。
加えて某二人の例のアレ直後ということで正直見てる側もいろいろと思うところはあるんだろうな的空気は、まあ正直感じちゃったよネ。

個人的には「こんな格好悪い話を全世界に発信されるなんて、人並みの羞恥心の持ち主ならば東尋坊から身を投げたくなるな…」くらいにしか思わないけれど、そりゃ撮られるよりは撮られない方がいいし売られるよりは売られない方がいいし載るよりは載らない方がいいに決まっているし本人たちもそう思っているというか思っていてほしい。あんな高純度のダサみを「是」とする、そんな鋼鉄のメンタルは別に二人に求めてはいない。二人には、いつだって格好良くあって欲しい。
とはいえ、第三者発信の事柄のどこまでが事実でどこからが脚色かなんて分からないし、そもそも本当に本当のことなんてこちらは何一つだって知り得ないということをイヤというほど叩き込まれたのがこの半年間でもあったわけで。

自分もいちおたくでSNS等で好き勝手言っておきながらあれだけど、一挙一動を注視され一挙一動について重箱の隅を突くように言及され、訳の分からん連中から身の毛もよだつ幼稚な妄想や虚構の玩具にされ、同年代の一般人は当たり前に有る自由もなく、その度を超えた不自由も耐えて当然我慢しろと四六時中品行方正の権化のように生きるという無理難題を全方位から強いられて、なんていうか…単純に生き難そうだなあと自分自身が日々自由に欲どしく生きてるからこそ思う。
大倉くんも昔ラジオでそういう時期があったと言っていたけれど、いっそアイドルなんて辞めてその不自由さから逃げたい、自分の人生なんだからもっと自由に自分の好きなように生きたいと思ったことはきっと他の5人にもあったんじゃないかな。
ファンが皆目察せられなかっただけで、もしかしたらすばるくんは限界だったのかもしれない。
そりゃもちろん寂しいけれど、心が壊れる前に別の道を選んでくれたことは救いなのかもしれないなぁとジョンヒョンくんのこともあったし思ってしまう。
でも、だからこそ、あんなことが起きてもその不自由の螺旋から降りずにとりあえず暫くはアイドルで居続けることを決めてくれた6人には感謝したい。だって、6人がそれぞれに続けると決意してくれたからこそ関ジャニ∞が今日まで存在してくれていて、ファンがそれを享受できるのだ。
勝手に好きになって勝手に消費して、そして勝手に離れていく。義務じゃない代わりに責任も無い。ファンなんて、所詮どこまでも無責任な消費者(の集合体)でしかない。
そんなファンのために、とエイトはあれこれ差し出してくれる。このしんどかった半年を思い返してもそう。常に誠実に、ファンのことを一番に考えてグループを動かしてくれていた。それに対しては本当に有り難いし、有り難いことにはちゃんと有難うと伝えたい。そしてそんなファンのポジティブな声がその不自由な場所に留まるモチベーションにほんの少しでもなっているのなら、そんな喜ばしいことはない。
なので、例えどれだけ聞こえのいい建前を並べようと道理の通らない文句やこじつけは端から見たらヘイトでしかなく、彼らにとっても彼らのことを愛でたいファンにとっても絶対的に害悪でしかないので、その発信源は漏れなくまるっと消えてくださいお願いしますこの世には楽しいことが他にもたくさんあるんですしね。

…ま、そのダサみを受けてか否か大倉くんは初心に返ったかのような言の葉たちに加えて「死ぬほど頑張ります」と噴出しそうなくらい真面目な顔で公言していたので、「死なれても死にかけられても困るし普通に頑張って元気でいてくれればいい」とその晩は同担の人たちと語り合ったのでした。

他に印象に残っているのはやっぱり安田くんの挨拶かな。
34歳になったばかり。人生80年とするとまだ折り返し地点すら到達していないのに、まるで悟りを開いたかのような表情で「生き急ぐことなく、今を生きたい」と言い放つまでに至った彼のそれ迄を思うと、涙腺が緩んで仕方なかった。
この日、安田くんは公演中にボク。も更新してくれていた。しかも写真まで付けて。
私は34歳の安田くんのスネ毛も変わらず全力で愛していきたいと思っていまスネ毛。



翌日の16日。
11月のことはさておき、とりあえずはこの日が7月15日から始まった国内GR8ESTツアーの最終公演日。
さすがに昨日とは打って変わって最終日特有の温度の高さみたいなものはあった。

この日だけ、無責任ヒーローの最初の掛け合いがだいぶ長めに取られた。段々と大きくなる声。実にオーラスらしい清々しい光景だった。


最後の挨拶。
「札幌が始まる前は不安だった」というヨコの言葉を聞き、あの日、公演中ほぼ笑顔が見られなかったヨコのことを思い出していた。
実際、札幌公演のあとに私が一番気掛かりだったのはヨコのことだった。
以前はよく”大将”なんて言われ方をしていたけれど、私が彼らを好きになった当時の関ジャニ∞の長でありブレーンは間違いなくヨコだった。たとえグループに何かが起きても絶対に何とかしてくれる、そんな絶対的な頼もしさがヨコにはあった。
それから時が経ち、グループが大きくまたメンバーも個々に大きくなって行くに連れてその感覚は薄れてはいったけれど、それでも根底は変わっていないと思っていた。だからこそ、すばるくんがいなくなってあからさまに落ちて、凹んで、弱々しくなっているヨコを見るのがとてもつらかったし、不安だった。
ヨコは今日楽しかったのだろうか、これから6人のコンサートを心から楽しいと思ってくれることはあるんだろうか、また前みたいにバカ笑いしている姿が見られる日は来るのだろうか…と初日が終わってから暫くはそんなことばかり考えていた。
でも、名古屋から徐々に笑顔が増えていって、東京ではスカパラと一緒に楽器を演奏した喜びをうれしそうに何度も反芻し、福岡では妖怪ケツ洗いとの再会を楽しそうに話すヨコが見られて心底安心した。


この日本編ラストの大阪ロマネスクを聞きながら、7月15日からのあれこれを思い返していた。
札幌ではじめて6人を目の当たりにした時の衝撃、ゆっくりしか動けない安田くんを目にするたびに胸が痛くなったこと、ずっと在った息苦しさが昇華されていくような気がした名古屋のこと、安田くんが前より動けるようになってコンサートも今までみたいに楽しいだけだった大阪のこと、まさに熱狂の現場(※anan買いました👍)だった東京のこと。
それまでの過程をこの目で見て来たからこそ、ようがんばったなぁ~と6人を労いたい気持ちでいっぱいになった。

今回、5箇所とも見ることができてよかったなと思う。特に初日の札幌公演が見られたことは本当によかったなーって。
開演前に聞いたまるで祈りのような大きいエイトコールも、コンサートとは思えないほどのカオスも、今まで見たことがないくらいに強張った6人も、きっともう2度と見られない。
大阪公演以降が初見だった人は想像もつかないかもしれないけれど、6人は最初からあんな風にやれていたわけでは決してなかった。
初日の6人は、いつになく不安そうだったし気負っていた。そして、時間の経過とともに徐々にらしさが戻っていったのだということは全力でお伝えしたい。

この二ヶ月間、公演を重ねるたびにエイトは変わっていったし同時にこちらの心境も変わっていった。
過去に類を見ない、今度もあるかどうか分からない、未曽有の変化を同じ空間で一緒に体験できたのはなんというかファン冥利に尽きるなって。
今回のGR8ESTは、ファンもグループ及びメンバー各々も、共に再生していったそんなツアーだった。



とはいえ。
今回はすばるくんの脱退と安田くんの不調という予期せぬ事情がそのストーリーをドラマティックに見せていた点は多分にあると思うので、6人の関ジャニ∞としての真価が問われる次なのだろうなとも思う。
6人の熱さ・巧さ・エモさが炸裂していた「ここに」よりもさらに「これは6人だからこそだ」といえるものを見たいなぁ…ってこれは圧じゃないですよ、飽くまでも個人的な願望です。
そんな未来がはやく来ればいいなあっていう。


ま、とりあえず11月の京セラドーム公演を楽しみにしつつ私も日常を頑張ります。
ひとまずGR8ESTツアーお疲れ様でした。

GR8EST東京公演を見にいったのでそのことについて綴る。

9月7日、8日、9日の3日間、GR8EST東京公演を見に行ってきた。



7日。
スペシャルゲストとして東京スカパラダイスオーケストラが来た日。
錦戸さんがスカパラの名前を呼び、彼らが一列になってステージ上に出て来た時のメーターを振り切ったような会場内の熱気は、今までに感じたことがないくらいのものだった。
谷中さんがステージから見た光景のことを「死ぬ直前に見る景色(=走馬灯)のよう」と例えられていたけれど、東京ドームの広い会場の隅々までぎっしり入った5万5千人分が織りなすキラキラとした高揚感は、確かにそれ相応かもしれないなと思った。
セッションが終わった後、ヨコが何度も喜びを噛み締めていた。それだけでもグッときたのに、その後の挨拶でヒナちゃんの「今日ほど楽器をやっていて良かったと思った日はない」という言葉を聞き、なんというか、感無量だった。

関ジャニ∞に管楽器がないからという理由でそれを選びサックスと迷った末に消去法でトランペットをはじめたヨコと、すばるくんに鍵盤が欲しいからと言われてピアノを始めたヒナちゃん。
私はかつてヨコが音楽に対して消極的だったことも、ヒナちゃんが余裕の無い強張った顔で必死に演奏していた姿も知っている。だからこそ、この二人が本当に楽しそうに楽器を演奏して、「楽しかった」と躊躇いなく表してくれたことにひどく胸を打った。
こんな未来があるなんて、本当に思いもしなかったから。


コンサートは水物だ。
寸分違わぬというのは無理として毎回ほぼ同じ型通りのものを提供してくれる空間もそれはそれで素晴らしいとは思うけど、彼らのコンサートは概してそうではない。
いろんな内的要因・外的要因でその内容は良くも悪くも大きく変わる。でも、だからこそ何度も足を運びたくなる。
この日は安田くんが(錦戸さんに促され多少躊躇しつつも)「当たりくじだ〜」と言ってはくれたけれど、その発言があった=当たりでも、なかった=外れでももちろんないわけで、単にあからさまに普段と違うもの・滅多にありえないことに遭遇できてラッキーだね的なニュアンスでしかないと思う。
今回のツアーでいえば初日の札幌も名古屋の3日目も十分特別な空間だったと思うし、あの時の独特な雰囲気や感情は実際にその場にいた人にしか分からない尊いものだけれど、それを「当たり」と呼ぶのも何か違う気もする。異なっていたのは、一見曖昧で漠然とした”雰囲気”に過ぎなかったわけだから。
だからまあなんというか、個人的に安田くんの「当たりくじ」っていう表現は単純に独特で好きなので、余計な雑音等は気にせずこれからも機会があれば口にして欲しいなっていうただそれだけの話です。



8日。
開演前は林家ペーパー夫妻に心を乱され、公演中はアパーチーに心を乱された日だった。

何かが変われば、それに伴い当然に変化が起きる。
NOROSHIの前奏は、すばるくんがいなくなったことで横並びになったまるちゃんと錦戸さんと安田くんが3人で真ん中にぎゅっと集まって演奏するようになった。
この曲ではすばるくんが「控えめなのねガールズ?」と歌うたびに客席から大歓声が上がっていたけれど、今はその前のまるちゃんの箇所でも安田くんの箇所でも、そして錦戸さんの「控えめなのねガールズ?」でも各々声が上がるようになってとても興味深い。
まるちゃんと錦戸さんの声の相性がいいというかまるちゃんの声がとても柔らかいから、Heavenly psychoの最後の掛け合いは聞いていてとても心地が良い。
LIFEの出だし、すばるくんのパートを継いだ安田くんと錦戸さんの二人が並んで歌う姿は頼もしくて惚れ惚れする。
オモイダマで安田くんが落ちサビを歌う前に、大倉くんが毎回安田くんに手を差し伸べるようになった。
…他にもあったかな?思い出したらまた書き足そう。


この日、まるちゃんが「今」で自分が歌うパートを丸々飛ばしていた。そこは、もともとはすばるくんが歌っていたところだった。
これだけ回数を重ねていろんなものが変わっていっても、やっぱり体に染み込んでしまっているものはある。
でも、歌い忘れたまるちゃんのことを責める気なんてまったく起きない。きっと誰も。

MCではまるちゃんが20年前(つまり15歳くらい)からやっているというギャグをやることになったものの、その内容が下ネタということでマイクを通さず飽くまでメンバーにだけ向けて実践し、それを見たメンバーが舞台上で転がりながら爆笑していた。
エイトのファンは概して彼らが自分たちにだけ分かる言語で周りの人の目を気にせず内輪ウケしている光景を、凄まじい疎外感を覚えながら見ているのが好きだ。
この日も「この人たちすごいアホだけど、なんかすごい幸せそうだな…」と目頭が熱くなりつつも、こんな幸せな場所をすばるくんは自ら手放してしまったんだなとしみじみ思ったりもした。
ちなみにマイクは通さなかったものの地声の大きさ故にその下ネタはかなりの客の耳に届いてしまったので、まるちゃんは諸々ご愁傷様って感じですねアパーチー。

…結局何だったんだ、アパーチー。



9日。
回数を重ねるごとにエイトは変わっていく。昨日一昨日と比べても明らかに変化していることを肌で感じた日だった。
この日の公演は、たった二ヶ月弱前に札幌であんなにヒリヒリとしたコンサートをしていた人たちとは思えないくらい、ただただ楽しい空間だった。
どう楽しかったのか?いわゆるコンサートレポートはそれを文字にして具体的に書くべきなのだろうけど、あの魔法にかかったような楽しさはあの日会場に居た人にしか分からないだろうしそもそもコレはコンサートレポートなどではない。(※極私的備忘録)
とにかく最初から最後までひたすら楽しかったし、何よりエイトが本当に楽しそうだった。多幸感というのはこういうことを言うのだなぁと公演中何度も思った。
そして、それは過去のエイトのコンサートで何度か感じたことがあるものでもあった。


私は、エイトの主軸で歌の要でセンターに立つに相応しいすばるくんが抜けるとなった時、その軸を失くしたグループを一から再構築することの難しさに6人の心が折れて、6人がもう”関ジャニ∞”を諦めてグループでいることを辞めてしまうんじゃないか…、それを一番懸念していた。
でもこの二ヶ月弱6人を見てきて思ったのは、確かにすばるくんはエイトにとって本当に大事な人だったけれど、すばるくんがいなくなったくらいでは揺るがないものを関ジャニ∞はこの14年間で培ってきたんだな…ということ。
一からなどでは全然なかった。なんていうか、6人を完全にナメてたんだなと思った。
でももしかしたらすばるくんは、すばるくんだけは、たとえ自分が抜けてもあの6人だったら絶対に大丈夫だという確信があったのかもしれないね。


私の記憶が確かならば、紙面はさておき錦戸さんがコンサートという場で「eighter」という言葉を発したことは一度もない。
勿論デビュー当時から見ているわけでも全公演を見ているわけでもないけれど、少なくともこの11年間私は今まで一度も聞いたことがなかった。
だから彼がその言葉を大声で発した時、本当に吃驚した。吃驚したし、それをついに口にした彼の気持ちを思うと、何故か無性に泣きそうになってしまった。
もし、すばるくんがいなくならなかったら錦戸さんの「eighter」は一生聞くことはなかったのかもしれない。
何かが変われば、それに伴い当然に変化は起きてしまう。


この日の挨拶でヒナちゃんは言葉がまともに喋れないほど笑いが止まらなくなって、「今日はみなさんより僕らの方が楽しかったかも」と本当に嬉しそうな顔で言っていた。
その後、アンコールではしゃぎまくったせいで完全に息が切れたのか、いつもの拍手のくだりのときにまず声が出なくなり、手を繋ぐくだりではその場でへたり込んで立てなくなってしまった。
何とか大倉くんが肩を貸してヒナちゃんを立たせて手繋ぎ終了、そのまま大倉くんに抱えられるようにバックステージへと帰っていった。

立てなくなったヒナちゃんを見て、心配しなかったといえば嘘になる。
実際この夏はフジテレビと心中するような過密スケジュールをこなしつつグループ活動と共に(謎の)6キロジョギングも行いそのうえ当日の朝はめざましテレビ(ヨコいわく”むらかみテレビ”)の生放送にも出ていたワーカホリック村上信五さんである。
過労なのはもう火を見るより明らかで、とはいえそれまでに嬉しそうに笑い楽しそうにはしゃぎ回っていた姿を見ていたからこそ、なんか必要以上に心配するのも違う気がして。
ヒナちゃんがあんな感じなってしまったのもあの日の魔法にかかったかのような楽しさ故だったと思うので、村上くんのファンの方はそんなに気になされないでくださいと心から伝えたいなと思ったりもした。




…東京のことはこのくらいかな。

とりあえず安田章大さん、34歳のお誕生日おめでとうございます。
9月9日、二日前とはいえ会場で誕生日をお祝いすることができて本当に嬉しかったです。
私は安田くんが健やかで幸せであればもうそれだけで十分です。好きです。超好きです!超超大好きです!!
「好きでいてくれてありがとうございます」だなんて勿体な過ぎるお言葉、こちらこそ好きでいさせてくれてありがとうございます。
あと、せっかくの誕生日なのに GEKI-DASA incidentで水を差した大倉くんのことをできればでいいので許してあげてください。
本当、できればでいいのでね。
何なら許さなくてもいいです別に。
無理はしないで生き進んでください。
貴方の世界はこれからもっと、広がっていくばかりなのだから。

GR8EST大阪公演を見にいったのでそのことについて綴る。

8月24日、25日、26日と大阪公演を見に行ってきた。

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名古屋公演から一ヶ月経ったこちらの現状はというと。
一ヶ月半前には能動的に見聞する気がまるで起きなかった7人の映像も音源も、普通に見れるし聞けるようになった。
すばるくんの歌声を聞くたびに「今もエイトにいてくれたらなぁ」と思わないこともないけれど、それはもはや無理な話であって、この歌声の人は確かに関ジャニ∞だったけれどもう今はそうではないのだということもちゃんと受け入れられている。そして、すばるくんがいないエイトが今後どうなるのか想像がつかないからこそ、6人のこれからが素直に楽しみだと思える。
なんというか、自分の中で6人のエイトと7人のエイトはまったく別のもので、それぞれが個々に存在し両立している…といったこんな具合である。
皆さんの現状は、如何?
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大阪初日23日の公演は台風で中止になった。
8ESTのことがあったので、振替公演は無くて当然と思っていたのだけれど、結果的に行われることになったのは本当に良かった。
しかも秋。うれしい。
暑いの、つらい。


24日。
私個人としては5公演目。でも6人の関ジャニ∞をこの日はじめて生で見るという人も勿論いたはずで、そしてそういう人はこれから行われるどの公演にも必ず居る。
その人たちも、私が札幌で感じたショックや寂しさや虚無感に近いものをきっと感じてしまうんだろう。
そして6人をもうある程度見慣れた人がいる一方で、最初の衝撃に直面している人が居ることもエイトはちゃんと理解している。だからこそ、ヨコも「いろんな感情が在るとは思いますがそれを僕らは全部受け止めます」とほぼ毎回口にするのだろう。
これから初日を迎える人も、周りの目を気にせず素直にショックを受けて(人に迷惑をかけない範囲で)思い切り泣いたらいいしむしろそれが然る可きだろうと、この日斜め前の人が終始号泣している姿を見ながら改めて思った。
…その他に印象的だったことといえば、衣装が淡い色から金色に変わったこと、ヒゲを生やしたまるちゃんがとても色っぽかったこと、安田くんがLIFEでメガネを外してくれたこと、そして安田くんの「生きていることが幸せ」という言葉くらいかな。


25日。関西限定CDデビュー日。
そのことをエイトもちゃんと踏まえていたせいか、雰囲気が若干違った気がした。
なんかこう、あたたかい感じというか包み込むような空気というか。ホーム=大阪だからっていうのもあったのかもしれないけれど。

最後の挨拶で、大倉くんはすばるくんの脱退について未だに納得していないそしてすばるくんが抜ける直前の番組ラッシュの時に自分が聞きたかった言葉が聞けなかった(意訳)と言っていた。
一方その当時のANNで大倉くんは「現段階ですばるくんが言えることの最大限を言っている」とも言っていた。だから、すばるくんがどの番組でも一定の型通りの挨拶に終始した点についてちゃんと理解はしていたんだと思う。
だけど大倉くんは、多分そういう理性的なものではなくて、すばるくんのもっと感情的で本質的な部分を聞きたかったし、それを聞いてケリをつけて、自分自身を納得させたかったんだろうなと挨拶を聞きながら思った。
でも、確かに言葉は聞けなかったけど、最後の関ジャムセッションでその核心を感じられた、20年一緒にやってきたからこそそれが分かったって。
フラフラの活動に否定的だった大倉くん、その数年後すばるくんのThe coversを見て「”うちの”ボーカルかっこええ」と誇らしげに語っていた大倉くん。
会見で言っていたように、これからも関ジャニ∞としてすばるくんと共に夢を見続けたかったんだろうな。


26日。
この24時間のあいだに何があったんだろう?と思うくらい、安田くんの動きが前日とは違っていた気がする。
もちろんまだ十分に動けてはいないけれど、跳ねたり、しゃがんだり、軽いステップを踏んだりと、札幌の時から考えると信じられないくらいにアクティブに見えた。

最後の挨拶で安田くんは、今回のことについて心配をかけてごめんなさいと謝っていた。その際の「謝ることじゃないかもしれないけど」という付言に、”安田くんが悪いわけじゃないんだから謝って欲しくない”というファン心理をちゃんと汲んでくれているのを感じた。

安田くんが手術にあたって入院していた時の状況や心境は、29日付に更新されたボク。を読むのが一番良いと思う。他でもない本人なんだもの、他者が要約した140字なんかより、彼から発せられるものが一番真に近いし正しいに決まっている。

しかしながら、私はエイトが6人になったことについて整理はついたものの安田くんのことについては正直まだ全っ然、心に整理がついていない。

札幌で安田くんは「病気をして良かった」と言っていた。その言葉の真意は前述のボク。に書かれていたことなのだろうけれど、それでもやはり…というか赤の他人だからこそ、私は手放しでそんなことは思えない。
安田くんが病気にならず、怪我もせず、メガネをかけなくても大丈夫な身体だったならばどれだけ良かっただろうと何度だって思ってしまう。
”神様は乗り越えられる人にしかその試練を与えない”とかそういうのはさあ、もういいよ。試練なんて与えてくれるなよ。神様ただの意地悪か。
あゝ、本当に世界は残酷だ。

ボク。の「(手術が)うまくいかなかったらこの世からいなくなるし」という一文を読んだ時、知らないうちに安田くんがこの世から居なくなってしまうかもしれない現実があり得たんだということに改めて気付かされて、あまりのショックにそれを読んだのが寝起き&朝4時台だったにもかかわらず涙がポロポロこぼれてしまった。
ファンとしては無理だけは絶対にしてほしくない。病や怪我を押して仕事をすることは美徳などでは決してない。あんな身体なんだから、コンサートにだって別に出なくても良かったのに。
でも、出ると決めたのは安田くん自身だしそこを否定してしまうのはファンとして一番間違っている気もする。気もするけど、ファンが彼に望んでいるのは”2018年夏にステージに立っていること”それだけではない。これから先何年も何十年もステージに立ち続けてくれて、何年も何十年も健やかかつ幸せで居続けてくれることなのである。
しかし、”2018年の夏に無理をしてでもステージに立つ”ことを決めたのは安田くん本人だし、そもそもこういう過度の心配や一方的な気遣い自体彼にとっては雑音で、煩わしいだけなのかもしれない…という、最早延々とそのループである。
ま、結局のところ赤の他人のいちファンがあれこれ思い巡らしたところでそれは悲しいかな不毛に過ぎないわけで、そんなことよりも目の前の楽しいことを全力で楽しむ方が健全であり正しい姿勢なのだろうと自分にそう言い聞かせながら、残りの公演も楽しもうと思います。

とにかく現実が、2018年8月31日午後8時30分この瞬間に安田くんが生きて歌っている慈悲深い世界で本当に良かった。
Mステの関ジャニ∞、最高でした。
安田くんの、関ジャニ∞のこれからがどうか素晴らしいものでありますよう、神様よろしくお願いします貴方は決して意地悪なんかではないはず。




…コンサートの備忘録のつもりが、安田くんについて吐露し神様に圧力をかける記事になってしまった。
とりあえず、東京公演でも大倉くんはHGのモノマネをやってくれるのか?それを楽しみにあと一週間日常を頑張ります。

GR8EST名古屋公演を見にいったのでそのことについて綴る。

7月21日から23日まで、GR8EST名古屋公演を3日間見に行ってきた。

札幌公演から僅か6日。
仙豆でも食べない限りたった6日であの状態の安田くんが劇的に回復するわけもないのが現実で、しかも今回は連続3日間。
札幌の時と近からず遠からずな不安とそれなりの楽しみがない混ぜの心境で名古屋に向かったのだが、結論からいうと、札幌公演と名古屋公演はもう、まったくもって別物だった。
もっと言えば、名古屋1日目と名古屋3日目ですらあらゆる箇所が違って見えた。



名古屋公演1日目。
そこには札幌の時のような重く強張った空気は無く、双方の不安定な感情が渦巻いていたあのヒリヒリとした空間ではもうなかった。
特に札幌では終始表情が固くあまり笑っていないように見えたヨコが、何度も破顔している姿を見られて安心した。
最後の挨拶で皆が言ってたように、とりあえず札幌を無事終えられたことがものすごい自信になったんだろうな。6人とも、見ているだけのこちらなんかが想像できないくらいの不安と緊張を抱えていたのだろう。



2日目は前日よりもさらに6人が逞しくなっているように見えた。
MCも本当にくだらない話ばかりで、自分も以前と同じような気持ちで公演を楽しめていたような気がした。



1日目の夜、コンサート直後のANNで大倉くんは安田くんのことについて「ヤス、元気」としながらも「たとえ札幌の1日は乗り越えられたとしても名古屋は3日間立ち続けなければならないから、もし自分が見ていて無理だなと思ったら独断で(ヤスくんの)出番を減らさせると会社の人に言った」と言っていた。
安田くん自身も「自分は名古屋も3公演全部出たいけど、札幌は自分が今できる全力でやってみたけど、これを3日間というと自分でもわからないレベル」だと言っていたそうで、エイトは皆かなりの覚悟を持ってこの3日間に臨んでいるということを吐露していた。
「(ヤスくんはステージ上で)立っているだけでいい、あなたの笑顔が見られるだけでいい、普通なら(今のヤスくんは)ステージに立てるような状況じゃないのにそんな中で立っているだけであなたは偉い。」と、同じ趣旨のことを何度も繰り返し言う大倉くん。
「(ヤスくんが)楽しそうにしていて、いい笑顔で、良かったな…って」と、名古屋も一応は乗り越えられそうな目処がついて、一先ずは安心している様子だった。



名古屋公演3日目。
安田くん自身も”できるか分からない”と言っていたらしい3DAYSの最終日。
この日の午前中にどうしても休めない仕事があったため、行こうかどうしようか直前まで迷っていたのだけれど、心底行ってよかった。
本当に、本当に良い公演だった。


私は札幌でも多少ウルっとはきたけど正直悲しさよりショックの方が強かったのか涙は流れなかったし、名古屋の前二日間も楽しいが先立って泣くことはなかったんだけど、この日はなんか…会場の雰囲気のせいなのか否か、初っ端からやたらこみ上げるものがあって戸惑った。
そして、今回いつ・誰がメインで・どんな感じで歌うのかも既に把握しきっている、しかも今まで腐る程聞いてきた上にサビの歌詞もイェイェイェイにブンブンという泣き所など皆無の「ズッコケ男道」で、何故か急に涙が止まらなくなってしまった。
すばるくんの声の印象が強くて言わばエイトの名刺代わりみたいな存在のあの曲を、ヨコがメインボーカルとして堂々と歌い上げている光景の情緒は、ちょっと言葉では説明できない。そして追い討ちをかけるかのように聞こえた「安田章大!」の声(※ヨコかと思ったら錦戸さんが言ってたらしい)。その声を受けて笑顔でギターソロを弾く安田くんを見て、涙腺が完全に白旗を上げてしまった。


最後の挨拶。
この時だけヨコの表情が札幌の時のようだった。
「すばる」という名前を出す直前に、腹を決めたように一呼吸置いていたのが印象的だった。

まるちゃんは、すばるくんが抜けたという事実について後からショックを覚えたと、この件における自分自身の情況についてはじめてちゃんと触れて、言葉にしてくれた。
まるちゃんがすばるくんに執着していたことは重々理解していたからこそ、その言葉が本当に重かった。
最後は「ついてこい」って。耳馴染みのない命令口調に客席が湧いていた。

大倉くんは「コンサートに来ているファンはもちろんそれぞれ誰かの団扇を持っているわけだけどいわゆる”オンリー担”じゃなくて、他のメンバーも併せてグループごと愛でている人が多くて嬉しい」という気持ちを上手く言い換えようと「関ジャニ∞の公式アカウントがあるなら、皆それをフォローしてくれているみたいな…」とよく分からなすぎる例えを持ち出してきて一人で勝手にクラッシュしていたのが興味深かった。
でも、ラジオその他の媒体で言いたいことは既に言い尽くしてしまった故の事故であり、そちらではちゃんとしていたからこそ今回ばかりは致し方ない。
また言いたいことができたらその時はちゃんと言葉にしてくれるらしいので、その際はどんな秀逸な例えを持ってくるのか…、過度に期待しつつ楽しみにしておきます。

錦戸さんは「関ジャムでめっちゃ泣いたことで整理がついたから、皆も感情は表に出した方がいい」って、経験に基づく説得力のある言葉をくれた。
なんか、錦戸さんは普段から”eighter”という言葉をファンに向けてあまり使わないし、そもそも”ファン論”とか”おたく論”的なものに言及している印象がなくて、だから今回所謂”すばる担”がどういう心境でコンサートに来てるのか、ものすごく察しかつ踏み込んで直接すばるくんのファンに対し言葉を発している姿にグッとくることが多かった。
もしかして「渋谷ファンは今後の関ジャニ∞のコンサートに来てもいいのか?」的な不毛な論争があちこちで起きていたのを把握していたのかなぁ。
その論争の帰結が何なのかは分からないけど、「今日6人のエイトを見てまた見に行きたいと思ってくれるなら嬉しいし、やっぱりすばるくんがいいと思うならすばるくんを追えばいい」からの「もっとシンプルに考えて、自分が好きな人を追いかければいい」という錦戸さんの言葉以上の回答は、もうきっと無いと思う。
最後に「これからは自分たちが先導する」と、ハッキリと言い切っていた。この人は、いつの間にこんなにも強く頼もしくなったのだろう。

そして安田くん。
実は8月23日からの大阪公演に照準を合わすべく札幌名古屋は出演しないという案が現実としてあって、だからこそこの3日間が彼にとってどれほど大きな課題だったかを目に涙を浮かべながら丁寧に言葉にしてくれた。
この日の安田くんも勿論、然程動かず踊らずで、本調子とは程遠かった。
安田くんのパフォーマンスが好きな人は、あの安田くんを見てもしかしたら何か物足りなく思うこともあったかもしれない。でも、大倉くんが「それで、もしファンから"ステージに出ているなら、もっとちゃんとパフォーマンスして欲しい"と文句を言われたら、その意見も全員(つまり他の5人も)が背負っていくと決めた」と言い切っていたことを知ってほしいなと思った。…ほら、ANNではちゃんと良いこと言えてたんだよ大倉くん……。
メンバーへの感謝の気持ちを口にする時、ちゃんと左右に体を向けてお礼を言っていた。
「『男が泣くのはよくない』って親から言われていたけど…」と言い訳をしながら、目に涙を浮かべていた。
大阪では万全の状態でステージに立つ…と言っておいて立てなかったら寂しいから、と若干の弱気も垣間見せていた。
「涙を流した分、これからは笑顔のお花を咲かせたい」と自らのキャラに合わせてなのか(すぐに花を咲かせたがる)すばるイズムのそれなのか、顔が綻ぶかわいい表現で挨拶を締めていた。
こんなすてきな人に、これ以上つらいことがありませんように。

安田くんのこともすばるくんのこともきっと本人の中では深刻で辛い出来事のはずなのに、そういう一面は一切見せようとしないヒナちゃんは素直に格好良い。
悲しい側面は全部自分達が背負っていくから、ファンには楽しむことだけ考えて欲しいっていうのが彼の心からの本心であって理想のようなので、こちらもなるべくそうありたいなとは思う。
 

本編最後の大阪ロマネスク。
涙で声を震わせながら歌う大倉くん。彼だって、いつ何時も笑顔で頼もしい(例えがヘタクソな)株主ドラマーっていうわけではない。
6人のそれぞれの言葉にグッときている上にまるちゃんや安田くんや大倉くんも泣いたりするし、しかも歌う曲はロマネスクということで、会場の雰囲気はある種異様なものになっていた。
なぜこんなにもこみ上げるものがあるのか、その理由がよく分からない涙で溢れかえっている空間に錦戸亮が「名古屋笑え!」と檄を飛ばす。そんな怒声すら泣けてくる、とても不思議な空間だった。

曲が終わり、客席を見回しながら「よう泣くなぁ…」と呆れた感じで言うヒナちゃんに「すまん!!!」と謝る大倉くん。貴方の同僚が「感情を表に出した方がいい」って言ってたし泣くことは悪いことではないけれど、あまりにも泣いてしまうと同じ人から「笑え!」と手のひらを返されてしまうのでその点はくれぐれも気をつけてください。

アンコールでは間近でヒナちゃんと楽しそうに戯れる安田くんが見られて本当に安心した。
ステージからいなくなる直前にヨコが安田くんを労う感じで優しく頭に触れていたのが印象的だった。
退場する直前に眼鏡を外す安田くん。客席からは大きな拍手と歓声が。
結局最後まで安田くんの出番が減らされることもなく、無事名古屋3公演を完遂。
地元大阪でもない名古屋開催でかつツアー初日でも最終日でもない中途半端な4公演目だったのに、なんだかまるでオーラスのような特別感がある公演だった。


今回のツアーは本当に独特だと思う。
その理由はすばるくんが抜けたこと、安田くんの体のこと、それらが重なってしまったことに尽きるとは思うけど、まだ序盤の4回が終わっただけなのにその間にも彼らはどんどん変化していく。
ANNで高橋優くんが「ただ安定した一つのものだけを見たい人からすると、(コンサート中に)『休んでいい?』なんて言葉は許されなかったりするけど、(ファンは)コンサートを見に行ってるわけではなくて"人間関ジャニ∞"のドキュメントを見に行ってる感じ」と明察されていたけどもコレは本当にそうだなと思って、見ているこちらはその経緯の目撃者というだけじゃなく、モブとしてその貴いドキュメントに参加させてもらっているような感覚すらある。

正直、今ツアーには突飛な演出もなければ前衛的な試みもこれといってない。セットも比較的簡素だし、衣装も地味というかシンプルなものばかり。
言わば、”ただ6人がステージに立っているだけ”のコンサートのようにも思える。
それなのに、その光景がひどく胸を打つ。
相当な覚悟を決めた6人が命がけでこのグループ史上最大の危機を一丸となって乗り越えようとしている、その彼らの生き様があらゆる演出を超えてエンターテイメントそのものになってしまっている。


エイトのコンサートをはじめて見てから早11年。
”全ステはしない”を信条としているものの何やかんやで数える気さえ起きない回数のコンサートや舞台をこの間に見てきたような気がするけど、時間が経った今もその時の雰囲気や感情、表情や挙動が鮮明に思い出されるほどに心が動かされ記憶に残っている公演なんて、その中にいくつあるだろうかと思う。
札幌のこと・2018年7月23日の名古屋のことは、きっとこれからも自分の記憶の中に鮮やかに残っていくはず。そしてそんな彼ら6人のドキュメントは、まだ始まったばかりなのである。

大阪東京福岡そして台湾も良い公演になりますように…とこちらが願わなくとも絶対に良い公演になる確信はあるので、とりあえず安田くんは一ヶ月間、ゆっくり過ごして大阪公演に臨んでください。

GR8EST札幌公演を見にいったのでそのことについて綴る。

GR8EST札幌公演に行って、6人の関ジャニ∞を見てきた。
正直いろんなことがまだまだ全然消化しきれていないのだけれど、何かで頭が更新される前に札幌で感じたことを書き残そう。


当然に、ネタはバレる。
ので、巨大小樽ビールをばらん的に挟んでおく。



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…でかい。





それまで結構平然としていたのに、開演前のGR8EST BABYによる注意事項のVTR(あれ、メンバーの誰かがアナウンスしてるのかな?)が流れ終わって開演まであと少しってなった時、急激に動揺し出した。
本当に今日すばるくんはいないのだろうか?冗談抜きで6人?ヤスくんはいる?大丈夫?と、コンサート前とは思えないくらい負の感情ばかりが押し寄せてきて、参った。


オープニングVTR、モニターに並んだ顔が6つだった。
ここまできてもすばるくんがいないなんて信じられないと思ってしまった。
”REBORN”という文字が印象的だった。
そうか、関ジャニ∞は生まれ変わるのか。


ステージにバンドセットがあってサウンドチェックも直前までしてたから、一曲目がバンド形態なのは予想がついた。やっぱりLIFEなのかな、と思ったりしていたのだけれど、始まったのは応答セヨだった。
7人として最後のシングル。コンサートで歌われたのは2017年9月10日の福岡公演たった1回だけで、バンドで披露されることは結局一度もなかった曲。
「すばる」という名前は周知の通り星(の集まり)の名前で、そんな名前を持つ人がいなくなって最初に歌うのが星に呼びかける曲って、どんだけドラマを盛り込んだら済むねんこのグループはと思いながらも、本当にエイトは6人になってしまったんだな…と目の前の光景にじわじわと衝撃を受けた。
周りには、泣いている人がたくさんいた。


バンド形態の曲のすばるくんが歌っていた箇所は大半を錦戸さんがフォローしていた。
多分歌う量は今までの二倍近くになっていたんじゃないだろうか。単純に相当な負担であっただろうに大したミスもなくやりのけていて、ああこれからはこの人が"関ジャニ∞のメインボーカル"になるんだなということを開始して早々に実感させられた。

あの曲もこの曲も、すばるくんが歌っていた箇所はすばるくんの声でしか再生されない。だから、違う人の声が聞こえたら違和感を覚えるのは致し方ないことで、それは見ていた客の全員がそうだったんだと思う。
そういう状況の中、そんな客の違和感をしばき倒すように歌う錦戸亮の「手のひらが背に触れた」の一節は本当に最高だった。
客席から感嘆の声が上がり、会場の空気が一変したのを肌で感じた。
見た人はきっと皆思ったことだとは思うけど、札幌公演の錦戸亮は本当に凄かった。もう「凄い」としか言いようがなかった。
凄まじい覚悟と責任を背負いながら、関ジャニ∞とそしてすばるくんのことも背負いながらあの場に立っているんだということが、見ていてあからさまに分かった。
これからの名古屋大阪東京福岡台湾公演がどんな感じになるのかは勿論わからないけど、この日の錦戸さんのことはきっとこれからも忘れられないと思う。

勿論すばるくんがバンド曲で歌っていた箇所の10割を錦戸さんが歌っていたわけではなく、他のメンバーも随所随所で歌っていた。
特に印象的だったのはズッコケ男道。ヨコがマイクを持って、前面に出て来てメインボーカルとして歌い上げていた。
自分たちの代表曲ともいえるこの曲をこういう形にしようと決めたその経緯を思うと、素直に胸が震えた。

大倉くんはBJの1番Aメロをすばるくんに代わって歌っていた。ま、あの人もともと2番のAメロ歌ってるからね。
それにしてもBJは本当にいい曲だよね(皆までは言わない)。


私の中の安田くんの印象は、小さくて可愛い人。弾むように動く人。踊りが上手い人。
そういう意味では、この日の安田くんは今まで見てきた安田くんとはまったく違う安田くんだった。
ギターを弾いてる最中も極力体を動かさず、みんなが踊っている最中は手だけ動かす感じ。歩く速度もゆっくりだし、お辞儀すらまともにできない。
痛々しさを感じなかったといえば嘘になる。
でも、安田くんは見ている人からそう思われてしまうことをちゃんと承知した上でステージに立とうと決めたわけで、思うように動けない中でも出来る範囲で動いて、ちゃんと弾いて、歌って、手を振って、最後まで笑顔だった。その生き様そのものを生業とする”アイドル”という仕事を、全力で全うしていた。
そんな安田くんのことを、5人はそれぞれ気にかけていた。
ふとした時に安田くんに寄り添ったり、話しかけたり、遠くにいる安田くんに目線を送っている姿も公演中何回も目撃した。初日だし、それぞれ自分のことだけで十分手いっぱいなはずなのに。
でも、この人たちの強固な関係性を目の当たりにしながら、私は何故かすばるくんのことを思い出したりもしていた。

腰と胸を痛めてるわけなのだから大声を張り上げるのだってつらくないわけはないだろうに、安田くんはリップシンクすらすることなく、歌をほぼ完璧に歌い上げていた。
唯一歌詞を間違えていたのが、彼自身が作詞作曲した「わたし鏡」だった。…なんでや。


安田くんはわたし鏡。ヨコとまるちゃんはパンぱんだ、そして大倉くんは錦戸さんとtornを歌っていた。
イントロが流れた瞬間「まだやるんかtorn」とも思ったけど、まあ記念すべきtorn10周年だしね。
でもあの曲の醍醐味は後半の畳み掛けるようなわざとらしい接触にあるんだし、当時34歳と33歳だったヨコヒナを見習って34歳の錦戸さんと33歳の大倉くんがその点も忠実にやったとしてもそれはそれでアリだと思うよ。

ヒナちゃんはKINGだった。元気が出るLIVEでは6人をバックダンサーとして従えていたけれど、今回メンバーからは錦戸大倉の二人だけ。
安田くんが踊れないなら自分が踊ると言い切った二人が有言実行していた。

とはいえ、今回は踊る曲が本当に少なかった。当然安田くんがまったくもって踊れないことを配慮したからなんだと思う。
一旦中止が決定したにも関わらず、それでもと開催に踏み切った彼らが考えに考え抜いた結果であることがよく分かる構成だった。


バンド形態以外の時は、比較的まるちゃんがすばるくんの歌っていた箇所を多く歌っていた気がする。
そんなに音域が上下しないようなところはヨコとヒナちゃんと大倉くんが、高音や声量が必要なところは安田くん…と、パートの振り分けはかなり考えてされたのだろうなと思った。
だからこそ、たった一週間前のMステ・MUSIC DAY・関ジャムで、すばるくんが今まで通り自分のパートを歌っているのを側で聞いて、6人はいったい何を思っていたのだろうかと、そんなことを考えてしまったりもした。

すばるくんは名実ともにメインボーカルだった。歌う量だけじゃなくて印象的な一節もその多くを担っていた。
すばるくんの声の印象しかないあの曲のあの箇所はいったい誰が代わりに歌うんだろう?ということはきっと誰しもが考えていたことだろうけど、へそまがりの第一声はまるちゃんが、オモイダマの落ちサビはヤスくんが、それぞれちゃんとすばるくんの魂ごと引き継いで歌っていた。
でも、キングオブ男で錦戸さんと向かい合って握手し合う相手だけは唯一誰も引き継がなかった。いや、引き継げなかったのかもしれない。
グループのフロント二人によるあの一節は、京セラドームではじめて披露されたその時から最後まで、漏れなくすべてが最高だった。
そうかー、あの日USJで二人が手を握ったあの時が、本当に”最後”だったんだね。


6人全員が一人ずつ挨拶。
「すばるには負けない」とヨコ。
「始まるまで2割くらい不安があったけど、そんなことを思った自分がバカだった」とまるちゃん
「6人としてのスタートを見たいっていってくれた人がとても多かったと聞いた、開演前から盛り上げてくれてありがとう(=大きなエイトコールをありがとう)」とやけに数字や大きさに拘るそこはかとない株主視点が垣間見えた大倉くん
「webとかじゃなくて直接会えてよかった」と安田くん
「言いたいことは最初の方に全部言った」と錦戸さん
「このメンバーだから、グループだからこそ背負っていけるものがある」とヒナちゃん。
特に最後のヒナちゃんの挨拶からは、演者だけじゃなくて裏のスタッフの方々も相当大変だったんだろうなということが伺えて、グッとくるものがあった。

挨拶の時の大倉くんの表情が…充実感ともまた違うなんかあまり見たことないような顔をしている気がして、とにかく安堵に満ちていたのがとても印象的だった。
安田くんのことも含めて無事にここまで来れたことに心底ホッとしている様子だった。


本編最後の曲は大阪ロマネスクだった。
エイトの代表曲。ファンにとってもエイトにとってもものすごく大事な曲。今まで幾度となく歌われてきたし、幾度となく聞いてきた。
私はすばるくんの声からはじまる大阪ロマネスクしか知らない。でも、すばるくんはもういない。
歌い出しは、関ジャニ∞6人全員だった。
各々が歌う箇所も大幅に変更されていて、これからも6人は各々でこの曲を背負って歌っていくんだなと思った。


アンコール。
最後になって安田くんから「報告があります」と。
水を打ったように静まる会場。妙に間を置いてためる安田くん。
会場の空気が完全に止まる。そして私の前方にいた全員青色の安田くんファンの女の子は「え…やだ…」と言いながら今にも泣き出しそうだった。
まあ結局その報告は新曲が出るということだったんだけど、本人は見るからに満身創痍なのに突然客に対してサディスティックになって、なんかちょっとだけ安心した。
でも、決して無理はしないくださいね。はやく安田100%になるよう祈っています。

新曲はAメロを聞いた時点で「これ絶対にWANIMAやん」と思った。「仮にWANIMAじゃなかったら、絶対にパクリ論争起きるレベルでWANIMAなんだけど」という心配虚しく新曲はWANIMAからの提供曲だった。
全部歌い終わった後、安田くんからその旨ちゃんとお知らせありました。


その後は手を繋いで「最強で最高の関ジャニ∞」。
関ジャニ∞は6人になっても相変わらず最強で最高だった。




この目で見るまでは信じられなかったけど、関ジャニ∞は本当に6人になっていた。
6人は本当に格好よくて、たとえ6人でもそれは間違いなく私が好きな関ジャニ∞だった。強くて優しくて頼もしかった。6人でもきっと大丈夫だろうと素直に思えた。

でも、それとすばるくんがいないことの虚無感はまた別のところにある。

当たり前だけど、最後まで会場のどこを見てもすばるくんの姿は無かったし一瞬たりともすばるくんの声は聞こえなかった。
言われる度に正直むず痒かった「eighter」という呼びかけもなかった。
つん裂くようなブルースハープの音もなかった。
フロートカーの上から心許なげに客に向かって手を振る姿を思い浮かべたりもした。
MC中に絶妙な間で入って来てスマートに笑いをとりそして皆でバカ笑いする様を恋しく思った。
7人を、恋しく思ってしまった。

すばるくんがいないことを実感するたび、本当に、どうしようもなく寂しかった。


でもこの寂しさは確かにすばるくんがいた証で、それは無理に消さなくても良いって彼らが言うから。
だから、もうしばらくこの寂しさを堂々と抱えて6人を見ていこうかなと思っています。

いつか舌先でその跡に触れることがなくなるその日まで。(※錦戸亮の"歯の例え"参照)