SUPER EIGHT「超DOME TOUR 二十祭」大阪公演について綴る。
【大阪/1月11日/京セラドーム】
年が明けての大阪。最終地。
冒頭の挨拶で大倉くんもヨコも「ただいま〜」と言ってくれて、それに対して全力で「おかえり」と言える状況に改めてグッと来た。
3箇所目ともなると初見の人はかなり少なくてエンカウント時の悲鳴もそこそこ…かと思いきや8UPPERSの箇所、特に煙草ポイ捨てのところは相変わらずの盛り上がりだった。
<MC>
お正月は何してた?話。
ヤスくんは正月も朝からずっと飲んでたけど、愛犬が具合悪くなっちゃって病院に行ったりもしたそう。あと、木更津キャッツアイとかIWGPを見たり、母親お手製のお餅もたくさん食べたんですって。
まるちゃんは近所のお店で一人用のおせちを買って食べた話から、いつものアレ(ワン パック)。まるちゃんのお腹に虫刺されがあるのを目ざとく見つける大倉くんが新年早々いじわるで最高だった。
大倉くんも家族で飲んでたお正月。
父親が高い牛肉を買ったことを自慢してきたそうで、あの大倉家も新年は鳥ではなく牛を食べるという情報を得た。この現象を「鳥休み」というらしい。
ヨコもお正月は飲んでいて、その結果、太ったそう。でもコンサートがあるからすぐに戻したらしい。さすがプロ。
ヒナちゃんはずっと家にいて、家の片付けなんかをしてたそう。
ちなみに年越しした瞬間は入浴中だったらしい。
京セラで昔やっていた単独カウントダウンコンサートについて「楽しかったな〜」と言い合う5人。復活してくれて全然問題ないよ!
今年の京セラ公演はKinKi Kidsだったという話から、年明けすぐ堂本剛くんから連絡が来たとヤスくんが。
一方、年明け早々ジェシーから連絡が来て、ジェシー宅でめっちゃお酒を飲んだまるちゃん。数日前にも誘われたらしく、ジェシーとは良い飲み友達らしい。
自分たちの自己紹介ギャグをちゃんと覚えてるかどうか試すためにまるちゃんにやってもらおうと振った結果、逆にまるちゃんが生み出した想定外のギャグをやらされてすさまじい被害を被る(オレ)レオくん。でも、ちゃんと堂々と立ち回っていて偉いなと思った。肝座ってる。
そんな(オレ)レオくんは、最近誕生日プレゼントとしてまるちゃんから靴下100足をもらったらしい。…いくらなんでも多過ぎるやろ。
「10年後の今日の日も」歌唱後、いい加減サンタorトナカイ論争に決着を付けようという話に。
サンタ派の大倉村上VSトナカイ派の安田横山。まるちゃんが、客に聞いてみようと提案。
実はどっちでもいい派のヨコの進言で”サンタorトナカイorどっちでもええ”のどれかに拍手で投票することに。
結果、どっちでもええ派が大多数でエイト側がザワザワする中、突然「まだサンタって決まったわけじゃないから!!”#$%&」と理不尽にキレだすヤスくんに戸惑う4人+45,000人。
ヤスくんのその台詞が妙にツボにハマったヨコが何回も復唱した挙句、「ハッシュタグつけて”まだサンタって決まったわけじゃないから”って呟いて!」と客にお願い。その結果↓

四十路のソロのところで、突然現首相にキレ出すヒナちゃん。それに対して素でドン引きするまるちゃん。これは確実に映像に残らないな…。
バンド(2回目)のところでは、ヤスくんのテンションが終始高めで、仕上がれの途中で「男前5人揃ってます!」と当たり前のことを言ったかと思うと、曲の終わりでは高速で「センキュー!センキュー!」と言いながらギターで地面を掘ろうとしていた。
それはさすがに無理やで。
<挨拶>
村上「お正月に、ふと”二十祭はあと3回しかないのか”と思って寂しくなった。」
「関ジャニ∞より長くSUPER EIGHTを続けたい。この5人であれば、この今世の”村上信五の人生”を全うできると思う」←おいおいなんてことを言うんだ…と胸がギュッとなってしまった
二つ言いたいことがあると安田くん。
一つ目は「デビューできてよかった」と。もしデビューできてなかったら、今こんな時間を過ごせてないから、と。加えて「デビューさせてくれた人に感謝してます」って。名前は出さないけど、誰のことかは分かっている観客。
二つ目は「生きのびて良かった」ということ。生きてなかったらこんな嬉しい気持ちになれなかった、命があることが幸せだって泣きながら急にそんなことを言いだしたので、終演後に同行者と「今日もしかして親御さんでも来てたんかな?」って話してたんだけど、実際、来てらっしゃったらしい。
初めて京セラでコンサートをした日、「ここで”Do you agree?”が流れるのか…」って呟いたっていう”ラッキーDo you agree?”の話も。
最後の方で「SUPER EIGHTを産んでくれた大阪、そしてそれぞれの都道府県…」と全都道府県まんべんなく感謝し出したのがヤスくんらしくてちょっと笑った。
大倉「デビュー当時は、せっかく全国デビューしたのに”大阪”っていうワードがついてまわるのが恥ずかしかった。でも今は”大阪”を誇らしく思ってる」…ありがとう!by大阪府民
「メンバーと毎年『今年が勝負や』と言い合いながらやってきて、その間にメンバーが抜けてたり、ヤスも死にかけたりしたけど、ファンのことを思うと止まることができなかった。ヤスは命懸けでステージに立ってるし、もうここまでくると、このグループでやってること自体が僕ら5人の人生そのもの」
丸山「このツアーはコンサート中にメンバーと目で会話することが多かった。そういうことは当たり前じゃない。以前はグループをいつまで続けられるのだろうか?って思ってしまうこともあった。でも、今はどこまでも行けるような気がしてる」
横山「15周年頃から活動に霧が出てきたような感じだった。20周年にはグループがどうなってるか全然わからなかったけど、名前が変わって、角が取れて、丸くなって、その分芯がしっかりしたような感覚がある」
「同じ時代に生まれて同じ時間を過ごしていることは運命だと思う。これからもこういう時間を過ごしていきましょう」
アンコールの衣装は、エイタメ冬の豹柄の衣装。まるちゃんがあの時みたいに片側だけ髪の毛を耳にかけていたり、大倉くんがサングラスを着用していたり、おいおい粋なことをしよるなと思った。残念ながら今の大倉くんにはあの衣装のサイズが若干いやかなり合わなかったようで、特にパンツに関してはずっとキツそうに苦しんでいたのがおもろかわいかった。
旅人のイントロで「今年もあの夏がやってきた。でもみなさん、今は夏じゃなくて…冬です!」と謎に冬の紹介をする大倉くんが面白かった。もはや冬のアンバサダーだった。
軌跡とキセキ。
例の名前リレーのところは東京3日目と比べるとだいぶ短かった。流石に長過ぎたものあの日。
あと、最後のメンバー紹介のところで、Peachさんがダイエット中なことをバラされていて地味に不憫だった。
【大阪/1月12日/京セラドーム】
<MC>
MCが始まると同時にトイレにかけこむ客があまりにも多かったため「20年もやったらファンのトイレも近くなるよね」と。←大きなお世話過ぎる
音姫の機能なんて使うか?という話。女は普通にめっちゃ使うけど、男は確かにどうなんでしょうね。
なんで「姫」なのかと性差に敏感なヨコ。大倉くん曰く「男子トイレは彦星でいいのでは」とのこと。…\TOTO〜‼︎/
それに続いて未来の便器の話から、おもらし時には大体トイレに行く夢を見るよねというあるある話。
お年を召したファンの方もいるので、特効の音なんかも心臓に良くないかもしれない、だから「◯◯秒後に音が鳴ります」的なお知らせをモニター等で出した方がいいのでは?という話。
美術館みたいにイヤホンして副音声でライブを楽しむのもアリなのでは→いや、ナシやろの流れが綺麗だった。
いろんな客層がいるうちのグループは、出戻りもOKという話から、途中「出戻りの人〜?」と客に挙手を促したりしていた。そこそこいた。
もはやなんでもアリやな。
昨日の公演にヤスくんのご両親が来ていた話。
ヨコ曰くヤスくんのお父さんは十数年前にビンタされた時のままで、「横山くん、大きくなったな〜」と言ってたそう。
安田「俺のオカン可愛いでしょう?」
横山「オカンを勧めんなよ」
大倉「子供できたらどうすんねん」
横山「抱いてるやん」
の流れ、いろんな意味で流石やなと思った。
エイトにいろんな自己紹介を延々とやらされた大内リオンくんの自己紹介が最終的に「ライオンだよガオオォォ」になっていたのが面白過ぎて笑い死にそうになった。
その流れで自己紹介を振られたまるちゃんが「まるやま〜りゅうへいだよ〜?」とにしおかすみこのモノマネを引っ張り出してきた時は、さすがにこの人天才かと思った。
普通思いつかんやろ、令和7年ににしおかすみこは。
「10年後の今日の日も」の大倉くんの鈴は、抑揚と情緒がないトナカイ仕様。
大倉くん曰く「トナカイならあんなもん」らしい。
仕上がれでヒナちゃんが「日頃のストレスを俺らにぶつけてこい」みたいなこと言ってたけど、そんなこととてもじゃないけど申し訳なくてできません。
あと、途中どこかでヤスくんが「もっと愛されたい!」と言ってたので、ヤスくんのファンの人はもっとヤスくんのことを愛してあげてください。私も他担なりに愛します。
仕上がれからLIFEまでの無音だった時間が、いつの間にか挨拶とLIFEの曲紹介の時間になっていた。ここでも曲間でもヨコがあまり見たことない煽り方をしていて、すごく楽しそうだったな。
<挨拶>
村上「15周年くらいから、どうしたらいいか分からない時間が長かった。デビューして時間が経つにつれて、メンバーとの関係や各々のやりたい仕事の方向性が変わっていった。グループ名も、いろんな思いを込めてつけてもらった名前だったのに、使えなくなってしまった。それでも続けようと思えたのは、みなさんのおかげ」
「嵐と同世代だったので比べられることが多かった。コンサートを見に来た関係者から『踊れるんだね〜』と言われたりして、顔は笑ってるけど内心カチンときていた。」
「20年間続けてきた僕たちだけしかできない、その特権を最大限に活かしたコンサートができた。SUPER EIGHTで関ジャニ∞の19年を超えたいと思っている。ここから20年後…なんとか長生きして、一緒に過ごせるようにしましょう」
安田「20年後の60歳でも踊ってたい。不思議なもんで、40歳超えた今が一番踊れてるし、元気です。衰えていってるのではなく、進化していってる感じ」←確かにWASABIのヤスくんの躍動感ったらすごかったそれこそ元気の時以上に
「初めての試みなんですけど…」と真っ青だった客のペンライトを真っ赤にさせるヤスくん。これは、5人にも流れている血の色、って。
それに続き、会場をピンク一色にさせるヤスくん。「彼は早くに旅立ちましたが…」の言葉に漏れる苦笑。
そして黄色。黄色は赤い太陽に照らされているお月様の色。「あいつも自分なりにもがいて、人のために何かしようとしたけど、自我が強くて悪者になったこともあった。そういうところも全部含めて、メンバーみんなが愛した錦戸亮だった」って言葉を聞いて、本当に情が深い人だなヤスくんはと思ったのでありました。
とはいえ、ペンライトの色の話の後に口にしていた「今後技術が進めば、いつか黒い光も作り出せるかもしれない…」が面白過ぎて感傷的な気分は秒で一掃されたけれど。
大倉くん曰く、今回見にきた関係者からも「これほど客の声が揃ってるコンサートは珍しい」と言われたそうで、
「今日、めっちゃ盛り上がってるなーってドラム叩きながら他人事のように見ていた。ドラムってそういう位置なんです。僕を好きでいてくれる人には、近くに行けなくて申し訳ないけど」←大倉くん的に自分のファンはちゃんと別枠&しっかり特別扱いなんだと改めて実感して感謝カンゲキ雨嵐smile again状態だった
「自分が最後にグループに加入して、最初の頃は何もできなかった。その頃は"お客さんを盛り上げるのが上手い人たちだな"とお兄ちゃんたちを見ながら思っていた。今日コンサートを見ていて、お客さんもあの人たちにそうさせられた身体なんだなって思った」←十八祭に続き”他人から○○状態にさせられた身体”について実にセンシティブな人やなと思ったりした
「今はこんな豪華なセットを作ってもらってライブができてるけど、昔は会社からも好かれてないな、セットもしょぼいなってみんなで言い合ってた。でも、ドーム常設のモニターだけで頑張っていた日々が僕らを強くしてくれた。みなさんも、 悪い状況でも続けてたらいつか何とかなります!」
最後、既に3時間近く公演したことを謝罪して「まだもう少し続くよ!」と言って、終わっていった。
途中「timeleszのオーディション番組のせいで怖いイメージを持たれてしまっている…風磨に声かけられた時に行かんかったらよかった😢」って言ってたな。かわいいね。
初めて来た人たち、そうじゃない人たち、それぞれから声を募ったりウェーブさせたり、パーン!させたりするまるちゃん。「僕らは結局エイターに転がされてるんですよ。これからも、こういう風にやっていこうよ」って。
横山「すばるの会見のときめっちゃ泣いてたけど、あの頃のことを今こうやって話せるのは、今こういう景色が見れているから。この時間が、ずっと続いて欲しいと思った」
「抜けたメンバーともどこかで繋がってるって思ってるし、これからもお互い切磋琢磨して…綺麗ごとって言われるかもしれないけど、みんなが幸せになれたらいいなって」
「みんなとだったらまだまだいろんなことができるし、最後に花丸をつけられる人生を送れると思ってる」
この日の横山さんは、挨拶の時はなんとか耐えていたけれど「LIFE GOES ON」では結局感極まって歌えなくなる瞬間も。
アンコールの衣装は、8UPPERSのレインボーの衣装。でも、大倉くんの下半身はスウェットでもムートンでもなくて若干消化不良感があった。しかも途中からまたもやトイレ我慢モードに入ってしまい、なんでアンコール前に行けへんかったんやそのくらい待つのにと思うばかりだった。
この日も旅人のイントロで冬の紹介をしていた大倉くん。「みなさんよく考えてください!今は…冬です!」と冬アンバサダー。知っとるわ。
軌跡とキセキ。
例の箇所で、ヒナちゃんとの掛け合い中にヨコが大山田をサラッと「年下3人」って呼んでたのにちょっとグッときたんだけど、既に膀胱が不穏だったらしい大倉くんが必死に巻こうとしてたのが本当…!
最後の手繋ぎのところで、ヨコが「京セラの蓋が取れるくらいの声を出そう」って言った時にヤスくんと大倉くんが京セラの天井をめっちゃ怖がってたのがバカバカしくてよかった。
いよいよ尿意が限界だったようで、銀テープが飛び出して間もなく「お先!」と言ってステージから捌けていった大倉くん。ちゃんと間に合っていますように、いやむしろ間に合っていませんように…。
【大阪/1月13日/京セラドーム】
オーラスはいつも楽しみ半分、寂しさ半分。
今回は、何やかんやで夏から続いていたコンサート期間が終わってしまうということもあり、寂しさがいつもより2割増しだった。
オープニングの映像には「FINAL」の文字。上がる大歓声。
もう既に何度も見ているのに、いろは節での登場も、白い袴も、NOROSHI〜キン男における"関ジャニ∞"の送り方も、無責任の始まり方も、あおっぱなのダンスも、ズッコケのポケバイも、プリンの映像のさじ加減も、8UPPERSへの入り方も、当時を思い出さずにはいられないモノグラムも、夢列車の終わり方も、ソロ・ユニットの選曲&アップデート具合も、だってアイドルだもんからアグリへの移り方も、ドラムセットを一旦後ろにも持ってくるところも、絶妙なタイミング放り込んでくるcool magic cityも、アカイシンキロウで踊るヨコヒナも、浮世でファンサを一切せずに通路を闊歩するまるちゃんも、特攻服を着ると尼みが滲み出て止まないヤスくんも、どの曲でも誰より美しく誰より格好よく踊る誰より素敵な大倉くんも…、どれもが本当に漏れなく良過ぎて、改めて「ファンの妄想の産物のようだ…」と見ながらしみじみ感動していた。
<MC>
オーラスはやっぱり他の日とはちょっと違うという話。
まるちゃんが「オーラスっていうのもあって一曲目から飛ばし過ぎて途中何をやってるか分からなくなった」と言っているのに対してヨコが言った「それ、間違えたことの言い訳してるだけやん」は、ほんまにそやなと思った。
その流れで「マル、それビデオに残るで」と言った安田くんに「この時代に"ビデオ"て。」と突っ込んだ時の大倉くんの顔が意地悪で大好物なやつだった。
大阪弁の話。
ヒナちゃんは「マガジン」と「たかじん」のイントネーションが同じというそのワードチョイスにものすごく浪花を感じた。
誰かが言った「関西弁の男子ってモテるんかな?」という疑問に対して大倉くんが「俺らが関西弁だから良いんでしょ〜?」って即答したのが大好きだった。ホンマにそうなのよ。
横山「村上は、プロポーズで絶対愛してるなんて言わへんやろ?」
村上「言わんな…『一筆書いてくれへんか?』は言うかも。でも『愛してる』なんて言える?』
丸山「俺は言えるな」←即答
村上「お前は言うよな」
大倉「お前、別に彼女じゃなくても言いそうやしな。メイクさんとか。」
丸山「ま、頑張ってくれてるから(メイクさんが)」
この流れ、良過ぎた。
最近ヒナちゃんがどら焼きを食べてないとヨコが不満げに吐露。
それに対してヒナちゃんは「昨日、ひとつよばれました。」と。
それを聞いて「”よばれました”!おばあちゃんの言い方や〜😆」と嬉しそうな大倉くんが実にかわいかった。
ちなみに東京のMCで食べたどら焼きは、一時ファンが殺到したため買えなくなったそう。
今日のケータリングにはプリンとロールケーキがあったそうで、それを受けて
「おまえのええところはハムって食べるとこやねんから、プリンじゃなくてロールケーキ食べろよ💢ロールケーキの方がいい💢おまえは自分が思ってるよりはるかにハムっとして食べてるからな💢」と何故か執拗にロールケーキを勧め出したヨコの圧がすごかった。
そしてついに「ロールケーキ持ってきて!」と。
おそらく取りに行くついでにお花も摘んで来たであろう大倉くんがロールケーキを持ってステージに登場。「みなさん、並んだらダメですよ!…堂島ロールです!!」って。
「あんまり他人の目を意識するな!ロールケーキのことだけ考えろ!」
「ここもハムっとしてほしい」←自分がヒナちゃんに食べて欲しい箇所を指示していた
「いいぞ!よし!!!」
「うわあぁぁ〜ええなあ!」
…ヨコが周りを完全に置いてけぼりにして村上くんにロールケーキを食べさそうとする様が、もはや怖かった。
ちなみにこの最中、ヨコがずっと堂島ロールのことを「堂島ロールケーキ」呼びしていたのも地味に気になった。
しゃけこんぶおかかこと岡くんが東京公演で”すかしっぺ”をした話から、大倉くんが滝沢カレンの前で同じようにすかした屁をして、カレンちゃんが素で屁の臭いの出所を探していた話。この話が大好きなヨコが終始一人で大爆笑していた。
最終日、サンタはご機嫌で帰って行かれました。
四十路少年、10年前のオーラスと同じ「コンコンコンコンスタントにレディーガガ」を期待している客を尻目に「コンコンコンコンバンワ!アニョハセヨ!」という聞いたことがない一節を放り込んでくるまるちゃんと、10年前のオーラスと同じ「30代最後の四十路少年でした。」という台詞を言って曲を締める大倉くんのコントラストよ。
「本気で音楽しましょう…本気でかかってきてください…」と、なんか見たことない感じで聞いたことない感じのことを横山さんが言い出して、そのままズッコケ、仕上がれへ。
この日はセンターステージ前の席だったので、バンド(2回目)の最中はほぼ前方、メインステージを見ていたのだけれど、ヨコとヒナちゃんが背中合わせでギターとショルキーを弾きながら歌っている光景には、目前ということもあって流石に目が釘付けになってしまった。なんか、最後にものすごいものを見てしまったというか、なんか、最後にご褒美をもらった感があったな。
アウトロになっても、歌声やドラムがなかなか鳴り止まなくて、なんかこう…音の渦?グルーヴ??みたいなのが会場内に充満してるみたいに感じて、なんか…すごかった。
この日の仕上がれは、十五祭のオーラスを超えたのでは?どうです??
最後のLIFEのアウトロのドラム、大倉くんは名残惜しそうに延々と叩き続けていて、全然止めようとしなかった。
観客の拍手も、なかなか鳴り止まなかった。
<挨拶>
「みなさんとも長い付き合いになりました」とファンに向けて言ったのちメンバーについて触れ出したその瞬間、一気に涙が込み上げて喋れなくなってしまったヒナちゃん。
「20年を振り返ると、嬉しかったことの方が多い。人生は何があるか分からないけど、今日ここに5人で立てたことが自分にとっては幸せなこと」
そして、「先輩の福原くんが、コンサートを見にきてくれて…」と口に出した瞬間、これまた堰を切ったように泣き出すヒナちゃん。
「『これから何があっても続けてな』って言ってくれて…15周年くらいから、周りの人も僕たちに無責任に「続けて」って言いにくい、そんな空気を感じてた。でも、もうこの世界から離れてはいるけど、素直に『続けて』って言ってくれる先輩がいたことがありがたかった」
「ここまで来たら、しんどいとかそんな理由でやめるわけにはいかない。ずっと自分には根拠のない自信があったけど、それが確信に変わった。今からの20年は、きっと難しいことの方が多いと思う。でも、今までの20年だって乗り越えられなかったことは無かったので」って。
今ツアーは、今まであまり明確に聞けなかったヒナちゃんのいろんな気持ち、特にグループに対するポジティブな思いが聞けて、なんか、有り難かったな。5人になった直後は「5人でやりたいことなんかない」とか「楽しみなんかない」とか、とりあえず続けることだけがモチベーションで、そこにあまり感情が乗っていない気がしたから、今回はそうじゃない言葉がたくさん聞けて嬉しかったな。
安田「20年は早かったですか?短かったですか?」
「とある人が言ってた言葉を伝えたいです」と言ったあと、突然英文を口にしだすヤスくん。” 何になりたいかは知らなかったけど、何になりたくないかは分かっていた”みたいな一節だった。
「素敵なグループはうちにもよそにもたくさん居るけど、僕らは『このグループは一年に一回は見たいなあ』と、ファンじゃない人もそう思ってくれるような、そんなグループになりたい」
最後、「僕からの思いを届けます」と言い、カメラに少し下を映すよう指示を出すヤスくん。いったい何をするのか身構える客。すると、突然トップスの服を捲り出し上半身が露わに、そして乳首にはハートのニップレスが。ざわつきまくる客。そしてそのまま退場。最後までめっちゃ変な人だった…!
現れるや否や「すみませんでした」とヤスくんの奇行を代わりに謝ってくれた大倉くん、和菓子の甘みより優しかった。
「このコンサート、長いなーと思ってたけど、終わるの早かったな。燃え尽きて、空っぽです」
「会場にいる人も(Blu-ray等の)映像で見てくれてる人もありがとう。あなたたち一人ひとりがいたからここまでこれました」
「ここ数年は、試練のようなことばかりだった。でも、立ち止まってしまうと次が踏み出せなくなってしまう」から、先に進むしかなかったということなのかなと思った。錦戸さんが抜けた頃も同じようなこと言ってたしね。
そんな試練まみれの日々の中、「つらくても、カメラを向けられると泣けなかったり」…って言ってたけど、多分渦中では直面してる仕事と先々に控えていることに対応するのに必死で、その現状について精査したり咀嚼したりする時間すら無くて、一昨年の夏以降あたりは大倉くん自身も今現在置かれている状況がよく理解できていないような感じだったのかなと勝手に想像したりした。
「あるとき、一人でお酒を飲んでたら泣けたんです。あ、俺つらかったんやって。…でも、こうやってみんなが笑ってくれてる顔を見たら、そういうのも全部報われたなって」
「ある曲で僕らの旧グループ名が出たけれど…これが会場に来たファンにだけ向けてっていうならいくらでもやれる。けど、この映像が世に出て、ファンじゃない人がそれを見た時に、何を言われるか分からないし、どんな伝わり方をするかも分からない。でも、ファンのみんながこれを良しとしてくれるなら、それで良いって思った」
「ぼくらの真意が電波やスマホを通してだと伝えられない、今はそういう時代。だから、ステージでちゃんと伝えたかった。何も捻くれた気持ちはない。でも…"関ジャニ∞“という名前が大きくなればと思って僕らが頑張ってきた日々が、やってきたその仕事の一つ一つが、嘘になるのが嫌だった」って、もう、福岡初日の時みたいに笑って誤魔化してなんとかなるような状態じゃなくて、なんか子供が泣き過ぎて引きつけを起こすみたいになりながら言葉を発する大倉くんを見ながら(一言一句逃さず見聞きしたいこちらとしても無防備に泣くわけもいかず)ただただ、辛く、堪らない気持ちになった。
そういやいろいろあってここ数年すっかり忘れていたけど、この人は私がファンになってからずっと、終始一貫してソロ仕事も全てグループのため、グループが大きくなることに貢献するためっていう、そういう人だったということを改めて思い出した。そこまで心血を注いできたグループの名前を変えることは、こちらが想像もつかないくらい、それこそ今までの人生を全否定されたような感じだったんだろうなって。
「19年間、8人で頑張ってきたこの日々は、嘘じゃなかったと思ってる」と泣きながら言い切ってその直後にどこを見るともなく天を仰ぎ「はー…疲れた。疲れたな………」とつぶやく大倉くんを見て、私はもう、大倉くんへの慈愛が溢れに溢れて、このままその慈愛で京セラの蓋が外れてしまうかと思った。
「もうゆっくりでいいかなって。こういう(広いドーム一面のペンライトのような?)景色は素敵だけど、ずっと楽しく笑ってる方がいい。もう、どこでもいい。また何かしたいと思えた時に」
そして「…ああ…良かった……」と消え入りそうな声で溢す大倉くんを見守りながら、もうこれからは…まあ前からそうだったけど、よりいっそう、大倉くんにはただひたすら平穏無事かつ健やかで幸せな日々を過ごしてくれればそれで良いと心から思ってしまった。
「みんな一人ひとり、4万5000通りの人生がある。それぞれの人生に僕らを参加させてくれて、いろんな事情がある中で僕らを応援してくれて、その一人ひとりが僕らをここまで連れてきてくれた。ここ(目前のアリーナスタンドあたり)でも、ここ(スタンド最上段)でも……料金が一緒でごめん😭」←爆笑
「これがうちの会社の文化。どこでも楽しめるライブをこれからもやっていきます。」って。
なんか、この日実感したのは、"関ジャニ∞"へのこちらが計り知れない思いと、ヨコが何度か言っていたようにもの凄い覚悟と決意のもとこのコンサートを作ったんだなっていうこと、それと、足を運んでくれたファンに対しての集合体のそれではなく、一人ひとりを思いやり、一人ひとりへ想いを馳せ、一人ひとりに対して有り難く思っているんだなということ。 あとは…今は本当に空虚なんだろうな、と。
少しでも、ゆっくりできていたら良いな。
「いい機会なんで振り返ります」と朝日放送でオーディションを受けた話から、出会いと変遷を順を追って話し出すまるちゃん。ファンならまあまあ知ってるやつ。
メンバーと初めて出会ったときの思い出を時系列で。初対面のヨコはスターの風格で、ヒナちゃんはとても優しかったんだそう。
「その時から…僕たちは始まってたんです」と、涙を堪えながら。で、このタイミングでそういう話をした理由は「初めて来た人にも知って欲しかった」からなんだって。
「内、何年か前に飲んだよ。『まるちゃん、大人になったね』って言われた」
「ネトフリで見たもんすばるくん。あと、最近踊ってるよね」
「ヘドウィグでZeppを回ってるとき、亮ちゃんのサインを見つけたり。そうやって僕らは、今も繋がってる。」
和やかかつ軽快にそんな話をしていたまるちゃんの表情が、急に険しくなった。
「…僕は、辞めたメンバーの名前を出したらダメとか、辞めた人のメンバーカラーはつけたらダメとか、そういうのが大嫌いなんです。でも、もしかしたらこの中に、この話を聞いて心が抉られる人もいるかもしれないし、こういうことを話すことで、メンバーに迷惑かかるかもしれない。でもごめん、今日だけは許してください。」って涙を浮かべながら。
まるちゃんは、20年目も本当に本当に優しい人だな〜と思った。でも、もっと自分も大事にしてくださいねと思うばかり。
横山「メンバー抜けたのは辛かったし、グループ名が変わるのも嫌だった。心が折れそうな時もあったけど、時間が経って、気持ちも整理できて、やっとこうやって話せるようになったってことなんだと思う。脱退した時は、抜けたメンバーに対して『絶対負けへん』とか思ってたけど、今は活躍してるのを見ると、嬉しいなって思えるようになったし、もし何かあったら助けたいとも思ってる。もちろん4人に何かあっても助けるし、俺ができることがあれば何でもするし、そばにいたい。オカンが死んだ時に『俺らが横山くんの家族にならな』って大倉が言ってくれたことを今も覚えていて、感謝してるから」
「当たり前も永遠もない、でもこの5人だったら、信じてもいいかなって」
少し間があって、「こんな時じゃないと感謝の言葉なんて言われへんから…」と。
「村上さんは、ずっと隣にいて自分を支えてくれてたんやと思う。彼がいたからグループがここまで大きくなれた。…これからも、よろしくお願いします。」…ヨコヒナを”夫婦”呼びすることについてあまりしっくりきてこなかった私ですら、これは流石に夫婦にも程があるなと思った。
「大倉は1番グループのことを考えてる。相当な覚悟でこのツアーを作ったと思う。大倉は自分のソロをBステ(バクステ)でやってるんですが、普通ソロとかってメインステージでやりたいと思うんです。それやのに、自分のソロはBステでいいやって遠慮したと思うんです」←暗闇で首を横に振る忠義
「大倉がいたらグループは大丈夫やなって思う。これからも、よろしくお願いします」
「……自分から始めたけど、これ全員分言わなあかんの?!」と言い出すヨコ。そりゃまあ言わなあかんやろとは思った。
「ヤスくん…元気?」に対して、暗闇から「元気です」と答えるヤスくん。「それが何よりです」とヨコ。「札幌で二人で飲んだ時、まっすぐな目で夢を語ってきてくれて嬉しかった。不器用な年上ですが、これからもよろしくお願いします」
「マルは器用で、グループが暗い時も自分から矢面に立ってくれる。マルがいてくれてるから、僕らのパブリックイメージが明るいものになってるんだと思う。これからもマルに頼ることはあると思うけど、よろしくお願いします」
お客さんに向けては「ズッコケの時”かかってこい”とか言ってごめんなさい」って。
ヨコがLIFE GOES ONを歌う前に毎回言っていた「今まで僕らに関わってくれた全ての人、スタッフさん、エイター、そして何よりSUPER EIGHTのメンバーの未来が幸せでありますように」という言葉、これといって触れませんでしたが毎回グッと来ていましたよ。
LIFE GOES ONの最後、東京公演の3日目みたいに全員が固まってギュッとしていたんだけど、メインステージとセンターステージの間に居たから目に入ったのかもしれませんが、最後の方でヒナちゃんが左隣のまるちゃんの更に左のヨコの背中に手をやっているのを見て、さすがの私も涙ほろりメロディー状態でした。
最終日のアンコールの衣装は、大方の予想通りデビューの時のあの法被。
「今年もあの夏がやってきた。でも、あの夏って…人によって違うと思いませんか?」と冬アンバサダーから問いかけられてしまったけど、それはまあ、そう。
軌跡とキセキ。
例の箇所で、たまたま近くにいたヒナちゃんがヨコにものすごい笑顔で絡み出した。
横山「着いて来んでええねん」
村上「せっかくやし」←めっちゃ嬉しそう
横山「せっかくやしって…」
村上「”これからもよろしく”って言ってたし」←めっちゃ嬉しそう
…このあたりは翌々日のワイドショーでも結構ちゃんと流れていましたね……。
例の名前をリレー的に呼びかけるところのオーラス的正解が分からず「どうするん…」と困惑する5人。
東京と同じく、”ヒナマルやっさん大倉横山くん”後に、エイターに「行くぞ〜」のパートを与えようということになり、それを踏まえて「みんなが言うのは、『なーにー?』じゃないよ〜」と全力で(ネタを)振りならがも、お約束通りに「なーにー?」で声を揃える観客。
「この20年で学んだんやな…」と感心しつつ、5人と4万5,000人との馴れ合いの時間が延々と続く。
いい加減に〆ようとするエイトに対して、軽くブーイングが起こり、それに対して「別料金になりますよ!?」と脅迫しながらもまったく動じない45,000人。
その様子を見て「経済力!」と叫ぶ大倉くん。「みんなしっかり大人になってんな…」と感慨深そうなエイト。
ま、あの頃は学生だった自分もいつの間にか管理職ですからね…。
最後、「僕らはこの町で大きくなりました、大阪にも大きな拍手を!」という言葉と共に大阪にも拍手ができて、大阪府民的になんかちょっと嬉しかったな。
ダブルアンコール。
「どんなん欲しいの〜?」とヨコ。
声に応えて出てきたものの、「みなさん、もう結構な時間やってますよ…」と。ま、それはそう。
東京の時は全力で拒否された一本締めを一応やってはみたものの、やっぱり締まらないので歌を歌おうということに。
「みんなで大合唱をしたいからオケの音量を下げてみんなで歌ってみない?」とヤスくんから提案が。
流れ出したのは、まあ想定通りの「無限大」。
例によって「友情!真実!」と始まるわけなんだけど、AメロもBメロもサビもエイト側はほぼ歌わず、こちらがその殆どを歌うことになり『いや、まあ確かに歌えるので歌いはするけど、なんなんだこれは…』と思いながら、謎の時間を過ごした感があった。
曲が終わって、またもやヤスくんから唐突に「5人からみなさんに"愛してる"という言葉を伝えたいので、みなさんはそれに返してください!」という実にふんわりした提案が。先の謎過ぎる無限大のこともあったので、これ以上この人にイニシアチブを取らせない方がいいのでは…と思わないでもなかった。
5人が同時に、しかし声を揃えることもなく”愛してる”的なことを言った後、それに対して思い思いに好きな言葉を返す4万5,000人の観客たち。当然、声は揃うわけもなく、またもや謎な時間が過ぎていった。
横山「村上さんは何て言ったんですか?」
村上「それは、”ビデオ”で確認してください」
…なんて綺麗なオチ!!!!!
「明るい未来を作っていこうと決めた5人です。人生は続きます。これからもSUPER EIGHTをよろしくお願いします!」という言葉で、二十祭は全公演無事終了しました。
あーーーーー、本当に徹頭徹尾いいツアーだった!
そしてなんとなく、SUPER EIGHTが0歳のうちに書き(打ち?)上げられて良かった。
明日はバニラモナカジャンボでSUPER EIGHT1周年のお祝いでもしますね。
こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします。
SUPER EIGHT「超DOME TOUR 二十祭」東京公演について綴る。
私は、基本的にコンサートの後iPhoneの「メモ」にその日にあったことを思いつくままにメモメモメモメモ…して残しているんですが、ここまで日が空くと当時自分がメモしたものが果たして本当に見聞きしたことなのか不安に思わないこともないのですが…ま、いいか。
というわけで東京公演の思い出を。
【東京/12月21日/東京ドーム】
会場外に設置されたモニターでは、LIFE GOES ONに合わせて、20年間を20枚の写真で振り返る映像と、チョコ&バニラモナカジャンボの特別なCMがローテーションで流れていた。
いろいろあったこの期間、ずっと寄り添ってくださってありがとうございます森永製菓様。私はどちらかといえばバニラモナカジャンボ派です。
東京ドームは、やっぱり他のドームとはまったく違う。兎に角でかい。広い&でかい&人が多い。
行く度に、その風圧と共に圧倒される。
観客の反応的に、案外初見の人が多そうな感じだった。
初日までとは言わずとも「Jackhammer」の悲鳴はそれに比肩するほど凄まじかった。
印象的だったのは、∞o'clockの終盤、音楽が一瞬止まって横一列になった時の大歓声。
東京ドームという日本で一番大きいドーム会場故にだったのかもしれないけれど、ステージ上に5人がただ並んでいるだけのその姿があまりに格好良いために観客から思わず漏れ出たかのような歓声が一瞬置いて響いて来て、グッときた。
<MC>
「今ツアーは今までと比べて深みが違う、過去や思い出をファンの皆と共有できるこういうコンサートは、20年続けないと出来ない」と各々に噛み締めつつ言い合っていた。
そんな中、ヨコから「最近のヤスは歌詞と同化しててやばい」という話が。
ヨコ曰く「Kicyuを歌っている最中、ヤスはずっとキスとチューの違いを自問自答しながら歌ってる」そう。
ヤスくん的には「君も僕も」をそのまま歌うとちょっと寂しいのだそう。いろいろ考えた結果、「”ヤスも、キミも”で行こう!これや!!」と一方的に結論を出していて自由な人だなと思った。
ヨコは、Kicyuに限らず、近頃ヤスくんは曲中でコメントが発することが多いことを気にしてるそうで、「このままいくと十年後には俺らの曲に曲間無くなるで。全部ヤスが喋ってしまうから」って。
さて、どうなるんでしょうね。
この日の前日、表無しでおなじみ浦くんが二十歳になったそう。
村上「なんか欲しいもんある?」
浦氏「ダンスしまくってるせいで靴がボロボロなので、靴が欲しい」
村上「買うたる」
真弓「最近読んでる新聞のサブスク料金を払って欲しい」
村上「払ろたる」
一太「来年短期留学するからその費用を…」
村上「勝手に行け」
NSCの教科書に載っているかのような美しい三段落ちで感心した。
「10年後の今日の日も」で、クリスマス感を出すために鈴をシャンシャン鳴らす役を担当している大倉くん。
この日はマイクから距離をとって、サンタさんがめっちゃ遠くからめっちゃゆっくり来る様子が浮かぶように鳴らすも、大倉くんの鈴の音をサンタのそれではなく延々「トナカイ」呼びするヤスくんに注意をしだす。
「トナカイじゃなくてサンタや」「俺がやってるのはパーカッションじゃない、サンタや」とサンタであることについて一生懸命説得する大倉くんに対して、「サンタ…とトナカイね」とトナカイを頑なに譲らないヤスくんが怖かった。
この日の四十路はヨコヒナのパートでヨコが噛んでしまって、結果的に自分のアホさを認めていた。
あと、「water drop」は、水のアーチの中ではなくセンターステージで踊る仕様になっていた。
あとあと、何故かこの日だけヒナちゃんのピアノがグランドピアノじゃなくて普通のピアノだったな…搬入が間に合わなかったのだろうか…。
<挨拶>
村上「20年はあっという間だった…とは僕は言えない」
「なんでもやるアイドル、そしてこの5人じゃなければ出来ないコンサートだった。これからもすごいグループはたくさん出てくると思う、でもこんな強いグループはなかなか無い」
…ヒナちゃんは以前からよく、もう名前を出せなくなったある人が、エイトがいないところで「関ジャニ∞は強いよ」と後輩達に言っていたという話を嬉しそうに口にしていた。たとえ表には出せなくなっても、過去のそういう出来事一つ一つがちゃんと彼らの血肉、糧になっているんだなと改めて思ったり。
「健康第一に、長く続けられるグループでありたい」←それはそう!本当に!!
安田「グループが強くなるためにはいったん弱くならなあかんかったのかも」
「僕らのことを昔好きだった人のことも僕らは好きだし、この会場に来てくれた、別にエイターじゃないっていう人にも感謝している」
…この回に限らず、ヤスくんは自分たちのファンだけじゃなくて、もう担降りした人、初めてコンサートに来た人、出戻った人、これから将来自分たちを好きになってくれる人にまで心配りしてたのが、本当にヤスくんらしいな〜と思った。優しい人。
最後は「生きてるのが楽しいー!」と言い放って去っていかれました。
大倉「昔の曲の歌詞が、こうなる未来を予測してたかのように感じる。だから、あの曲ももう無責任に歌うことはできない」←そんな重責を背負いながらあの曲を歌ってたのか…!と感動しないこともなかった
「この20年を振り返ると、皆必死に生きてきたなと思う。そんな風に続けていたらそういう(袂を分つ的な)こともあるって今となっては思える。だから今は、過去に『嫌だ、悲しい』っていう感情剥き出しの会見をしてしまったりしたことを…反省しております!」←かわいい
「抜けたメンバーと今立っているステージは違うけど、皆それぞれ頑張ってるんだなって、芸能ニュースを見て思ったりしてます。あの時の『嫌だ、悲しい』っていう気持ちはもう忘れてます!だから"脱退会見の態度について大倉は反省してる"とSNSで拡散してください!」←かわいい
当時は本当に絶望的だったけど、その頃の話を笑いながらできる今があって良かった。
あれから六年半か〜。ここまで長かったね。
まるちゃんはロングトーンで「ありがとう」←としか私的メモに書いてなかった
横山「福岡では二日間ずっと泣いてたけど、今日は大丈夫」←と言った3分後くらいには普通にボロボロ泣いてて可愛かった
「抜けたメンバーが活躍してるのを見たら嬉しい。それは、今の僕らが充実してるからだと思う。彼らには、僕らのことを格好良いって思ってもらいたい。」←この元メンバーの話をするくだりでめっちゃ泣いてた
「正直まだSUPER EIGHTっていう名前にしっくりは来てない。でもこれを失敗にするのも成功にするのも僕ら次第。20年前の自分に、20年頑張ったらこんなすばらしい景色が見られることを教えてあげたい」
「LIFE GOES ON」、この日もヨコは泣いていて、自分のパートをちゃんと歌えていなかった。
アンコールの衣装は、私が最後に7人のエイトを見たカウコンで着ていた、アメリカっぽい色合いのやつ。
確かにあれってスパイダーマンありきって感じの衣装だったし、これは下に降りにくそうだなーと思ってたら、どうやら既に後輩に降りていたらしい。(終演後に教えてもらいました)
「旅人」でヤスくん(のちに大山田)がフロート上で踊っていたのが良かった。あれ、後半にはやらなくなっちゃったから、然るべき映像に残りますように。
あと、この日はどうだったか覚えてないけど、大倉くんがたまに関風ファイティングの振りをしてるのも良かったな。
【東京/12月22日】
有馬記念の日だったので、MCはヤスくんの有馬記念仕事のお話がメインだった。
データは一切参考にせず、相変わらず馬の写真(別名:馬のアー写)を見て馬券を買ってるヤスくん。
途中、チャチャを入れるもあまり笑いが取れなかったヨコが助けを求めるようにまるちゃんを見つめていたそうで、
丸山「横山くん、不安そうな顔でこっち見るんやめて。」
横山「…不安そうにマル見るようになったら、俺も終わりやな」
のくだりと、ライオンの真似ばかりしている大内リオンくんを素で「大西リオン」って呼んだところ、めちゃくちゃ笑った。ヨコの「”ライオン”に引っ張られ過ぎた…」っていうコメントも天才だった。
「10年後の今日の日も」演奏後に、確かヤスくんが言った「皆さんには10年後もこの曲を聞いてほしい」みたいなコメントの後にヨコが言った「10年後じゃなくて来年も聞いて!」に確かにそうやなと思ったり。
四十路は昨日に続いてヨコが四捨五入のくだりで噛んでグダグダで、その後のヤスくんも噛んで、まるちゃんもおかしくなって、大倉くんも「今日の四十路、なんやこれ…」が最後の台詞に。
この日はなんかバンド(2回目)の熱が高くて、ヤスくんも仕上がれで急に服を捲り上げて上半身を見せてきたりして、アウトロもヤスくんが煽りまくってかなり尺が伸びてた。仕上がれ後も、それまでは「LIFE」を静かに待ってるだけの時間だったんだけど、直前の仕上がれがあまりに盛り上がったので、自然と大きな拍手と歓声が何度も上がっていた。
漠然とした感覚に過ぎないんだけど、全体的な温度みたいなものがこの日の「LIFE」はちょっと突出してすごくて、アウトロでも大倉くんが長めにドラムを叩いていたりして、みんなが本当に楽しそうに演奏してるのが見て取れた。
生演奏って面白いね、日によって仕上がりや受ける印象が全然違う。
<挨拶>
いや〜今日の「LIFE」は実に良いLIFEだったな〜〜と思ってたら、ヒナちゃんが挨拶の途中で急に堰を切ったように泣き出して「こんなにも楽しく音楽ができる日が来るとは、夢にも思ってなかった…」なんて言い出すもんだから、見てるこちらも動揺してしまった。
「自分で言うのもなんですけど、今日の僕らは世界で一番カッコよかった。そんな音楽を届けられたメンバーに心から感謝します」って、子供みたいに泣きじゃくりながら話すヒナちゃんの挨拶中、客席のあちこちからも啜り泣きの声が聞こえてきた。
ずっとみんなから「ショウタ」って呼ばれたかった安田くん。客に自分のことをどう呼んでるかヤスorショウタでアンケートを取るも、完全にヤスが優勢。
「僕が、”ヤス”で良いやって思えるようになったの、最近なんです」という発言にどよめく55,000人。そらそやろ。
「呼ばれ方も含めていろんなことに執着がなくなった。これからは、誰も見たことのない”ヤス”になる!」とかなんとか仰っていたけれど、なんかこう、意味が分かるような分からないような、不思議な時間でした。ホンマに変な人や…。
大倉「昨日、過去の会見の態度を反省してることを拡散してくれって言ったら、Xが不機嫌な僕でいっぱいになりました。非常に困っているので、もうやめていただきたい!」←かわいい
「グループ活動っていうのは、みんなで山登りをするようなもの。今はようやく平坦な道になったっていう感じ。今までも、いいところまでいったと思うとまた何かが起きたり。もうこの山を降りようかなと思ったこともあったけど、みんなのおかげで先に踏み出せた。辛いことがあったのに諦めずついてきてくれた人もいるし、途中で諦めた人もいると思う。そんな、もう僕らのコンサートに来なくなった人にも、僕の不機嫌な顔じゃなくて(←かわいい)、僕らが今も楽しいコンサートをしているっていうことが届けばいいな」
丸山「コンサートはその日によって感じるものが違う。音は空気の振動で響いていてそれが繋がってるっていうのもあるけど、よりすごいエネルギーがこちらにも返ってくることもあって、で、信ちゃんがあんなことになったりする」
「さっき裏で話してたんですけど、今日のLIFEは、なんかすごいLIFEだったんです」
客に「なんでもいいから僕に声をかけて欲しい」とまるちゃん。
「悪口でもいいですし、”大好き”でもいいですし」の後の客の『お寿司ー!』の声の揃い方に感動した。調教が行き届いているにも程がある。
横山「マルが言ってたように、今日はLIFEがぶっ刺さりました。」うんうん、本当に良いLIFEだった。これだけ歌いまくってきたこの曲が…たとえば十五祭オーラスの仕上がれみたく特別な日のそれでもなく、何かの記念日でもなんでもない12月22日に、LIFEがこんなことになるなんて、メンバーも吃驚したんだろうなと思った。
ヒナちゃんが泣いてる時にヨコは泣かない的法則が本当にあるのか無いのかは分かりませんが、確かにヒナちゃんが号泣していたからか今日のヨコは若干涙控えめかなとは思いました。
この日のアンコールの衣装は、GR8ESTのER2なんかを歌っていた時の衣装。
正直あまり印象にない衣装だったんだけど(∵GR8ESTの映像をほぼ見返してない)、珍しく青を纏っている大倉くんを見た瞬間一気に記憶が戻って「あ!あれだ!!」となったのでありました。
アンコールの終盤、大倉くんがめっちゃトイレに行きたそうで、しまいには足をクロスにして全力で我慢してますアピールをしだし、普通に「これだけ汗かいてんのに、この人膀胱の許容量かなり少なめなんやな」と思ったりした。そういやソロイベントでも開始1時間くらいでトイレに行ってたな…。
【東京/12月23日/東京ドーム】
こちらの公演に関しては、取材日だったっていうこともあり、詳しいレポート的なものが現在発売中のTV fan CROSSはじめ各種媒体に掲載されているのでそのあたりは割愛するとして。
・kicyuで「ヤスも」「キミも」が実現して、ヨコの周囲を蝶のように舞い踊り狂喜乱舞するヤスくんがおもろかわいすぎた。あんな上機嫌な四十歳、今まで生きていて一度も見たことがない。
・前日に続き尿意を我慢できなくなった大倉くんがMC途中で抜けてトイレに。それを見たまるちゃんが「すばるくんもコンサート中にトイレ行ってたな…」と懐かしんでいて、排泄キッカケで思い出されるってすばるくんもいい迷惑やなと思った。
・トイレから戻ってきた大倉くんが誰かから「おしっこ先輩」って呼ばれてたけど、4人も当たり前にするくせに大倉くんにだけその肩書き背負わすのは卑怯やなと思った。
・MCはヒナちゃんに対する”誘いどら焼き”話一辺倒。ヒナちゃんが和菓子を食べる時の口元の”ハム”感に夢中&それが見られて一人大興奮のヨコに、大笑いしつつも若干引いた。
・∞ o’clockでヤスくんが眼鏡をズラすところがあるんだけど、眼鏡をし忘れて出てきてしまってヤスくん自身もあたふたしてその結果紹介されるヒナちゃんが迷惑を被っていた。
・「四十路少年」、”コンコンコンコンスタントにレディーガガ”で悲鳴まじりの大歓声が上がる現場、独特過ぎる。大倉くんの最後の一言は「グダグダや」でした。
・前日はLIFEだけがやけに熱が高かった印象だったけど、この日のバンド演奏(2回目)は全体的温度が高くて終始心地よかったな。
<挨拶>
村上「こんななんでもできるアイドルって、すごくないですか?」って、四十路を超えたヒナちゃんが二十数年間アイドルを続けてきて、その間特に昨今いろいろあったことを踏まえて、改めて自分の職業に対してプライドと敬意をもってこう発信することにグッときた。
安田「嬉しいときは言葉はいらない!雄叫びを大事に!(と言って雄叫びをあげる)」←変な人過ぎる…!
大倉「正直、十五祭の時ドームをやれるのはこれが最後かと思っていた。」…十五祭オーラスの前日、大倉くんが東京ドームの55,000人を慈しむかのように何度も「エイター!」って呼びかけていた時間があって、その時に…まあ私は十五祭後にもしかしたら解散するかもしれんと思っていたのもあったのであれが本当に最後の呼びかけみたいに感じてしまって、で、その二日後に47ツアーが発表されて拍子抜けはしたんだけど、あの行動の基にあった真意みたいなのはあの時自分が思っていたものとそう遠くも無かったんだなと5年経って答え合わせができたような感覚があった。
「昔、ボスから『究極のマンネリって素敵だよね』って言われた」と。そして、「それを続けていくと、伝統になる」っていう考えは、大倉くんがこの二十年間で辿り着いた一つの結論なんだろうなと思った。
2年前の日産スタジアムで、現在エイトを一番に応援しているっていうわけでもなさそうな人たちもそれなりにいるであろうにもかかわらず、ズッコケやがむしゃらが流れると当たり前のように会場の皆が同じフリをしていたその光景を見て、二曲とも全然泣ける曲ではないのに涙が溢れてしまったことを思い出したりした。
エイトもこの20年でそういうものがちゃんとできたってこと。
丸山「いろんなことがあったけど、こんな大変なグループを応援し続けてくれて、本当にお疲れさま」
…こっちは勝手に好きになって勝手に見たい聞きたいってなって飽くまでも自分のためにお金と時間を使ってるだけで、むしろいろんなことがあったのに5人が続けてくれているからこそ今もこうやって変わらずに好きでいられるだけなのに、そんな労いの言葉をいただけるなんて…恐縮です!といった感じだった。
昨日とはうって変わって泣きっぱなしの横山さん。メンバーの一人ひとりに言葉を送っていた。
「大倉は、覚悟を持って今回セットリストを作ってくれた」「マルは、すごいのにそう思わせないところがすごい」「ヤスはピュア。この前北海道で二人で飲んだときも、”まだまだSUPER EIGHTでやりたいことがある”って言ってくれてうれしかった」「よく村上が”今の自分がいるのは横山さんのおかげ”って言ってるけど、今まで自分からは言ったことはないけど、それは…僕もそうです」
…私は別に”ヨコヒナ”にテンションが上がったりするタイプではないのだけれど、さすがにこれは面食らった。
「LIFE GOES ON」、相変わらずヨコは泣いていた。最後にセンターステージに全員が集まるところで、そんなヨコに大丈夫だと言わんばかりにヤスくんとまるちゃんが寄り添うのは毎度のことではあるものの、この日はメンバーへの愛しさが溢れたのか、ヒナちゃんがメンバー全員をハグしようとして、それにグッときたまるちゃんまで泣き出しちゃったのが、なんかもう堪らん光景だった。
アンコールの衣装はFIGHTのユニフォーム。
これは制作過程も特典映像についていたし、これがモチーフのキーホルダーなんかもあったので、個人的にものすごく印象に残っていた衣装。全アンコール衣装の中で、これを見られたのが一番嬉しかったかも。
「軌跡とキセキ」。
この日の公演の盛り上がりも手伝って、それぞれの名前を呼ぶところでなかなか「行くぞー!」にならず、その正解を考えあぐねる5人。
最終的に”ヒナ→マル→ヤス→大倉→横山くん→エイター”に落ち着いたのだけど、ここに至るまでの5人と55,000との阿吽の呼吸が素晴らしかった。大倉くんじゃないけれど、完全に”そういう身体”にさせられていることを実感した。
いつも通りにアンコールが終わるも、これでは終われないとばかりにまったく止まないエイトコール。
ここ数年、エイトはオーラスにしかダブルアンコールに応えてくれなくて、それを客側もなんとなく分かっているのでお互いに大人として空気を読んでる感はあったんだけれど、この日ばかりは”絶対にステージに引っ張り出してやるぞ”という気概をひしひしと感じた。
執拗に粘る客。規制退場のアナウンスも始まらないため、これはイケると思ったであろうその声が一層大きくなり、最終的にしゃあないな〜とばかりに再度ステージに出てきた5人。多分本当に出る予定は無かったんでしょう、大倉くんは既にサンダルだった。
「もーどんなん欲しいの〜?」とヨコ。ファンがみんな好きなやつ。
歌ではなく、まるちゃんの一本締めでお茶を濁そうとするメンバーVSブーイングを起こすエイター。
一本締めに入ろうとする度に客からブーイングを受けて悲しそうな顔をするまるちゃんが不憫で可愛かった。
やる曲がない〜とメンバーが言い合う中、スタッフさんと何やら淡々と確認しつつ「いや、あるで。」と声を上げる大倉くん。足元サンダルなのにめっちゃ格好よかった。
始まった曲は「無限大」。
前奏が流れ出した途端に何の疑問も躊躇いもなく「友情!真実!」と声を出すファン。これはもう、完全に”そういう身体”なので、仕方ない…。
終演後に時計を見ると、既に20時前だった。福岡後、かなり余裕をもって新幹線を予約したのに結構ギリギリになってしまったことに驚愕しながら急いで東京駅に向かって売店に入ると、私の前にレジに並んでいた同じく二十祭帰りの女性が、当然のようにどら焼きを買っていて口角が上がってしまった。
3日間ともそれぞれに当たりクジのいい公演でした。
さて、次。←五条が花御を殺した後の時の感じで
SUPER EIGHT「超DOME TOUR 二十祭」福岡公演について綴る。
『超DOME TOUR 二十祭』が先週の月曜日に無事終わりました。
オーラスから一週間が経った今もSNSには公演に関する感想や思い出の言葉が散見されて、でもそれは終わって寂しいとか…もちろんそういう気持ちもあるんだろうけど、本当に皆それぞれにあの素晴らしかった公演の余韻を御堂筋線の写真と共に延々と振り返りつつ、楽しんでいる感じ。
そんなこと、正直今までに無かった気がするから、それだけあのツアーが素晴らしかったということ。
福岡も東京も大阪もそれぞれに他に代え難い良さがあった。ので、公演後にメモしたものとSNSに載せたものを元にまだ記憶が新鮮なうちにまとめてみようと。
多分、その人の背景によってあれを見て思ったり感じたものは違うと思うので、飽くまでも自分のための記録。
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【2024年12月7日/福岡/PayPayドーム】
初日。開演1時間前くらいに入って、開演を待った。
メインステージにはビル群のような映像が。時間の経過と共に、そのビルの間をエイトくんやエイトレンジャーやらが飛び交う。開演前から、謎にノスタルジーを刺激されたのであった。
20分前からモニターでカウントダウンが始まった。
以前にもあった演出とはいえ、同行者と「こんなことをしたら何があっても絶対に開演時間を遅らせられない!怖い!」とお互いに社会人の顔をしながら話していた。
カウントがゼロになり、落ちる照明。上がる歓声。
モニターには十八祭のコンセプトであったエイトレインの映像が。お前まだ走っとったんか…!
1ヶ月前までやっていたアリーナツアーのコンセプトが”1000年後から来た未来のヒーロー”だったんだけど、そんな彼らのコールドスリープを解除するところからオープニングがスタート。
途中解除後の様子として誰かの顔がインサートされてたんだけど、初日は勿論最後までどれが誰か分からなかった。
印象的だったのが、OP映像から1曲目に入る流れがとてもスムーズでいつの間にか本編が始まっていたというか、OP映像と目の前の光景が地続きな感じがして、そこにとてもグッときた。
1曲目はまあ流石に『浪花いろは節』だろ〜と思っていて、実際にいろは節だったのだけれど、あの最初から最後までほぼほぼ渋谷すばる(たまに亮内)(さらにたまに山田)といったあの曲を!5人で!いったいどうするんだろう…とドキドキしながら見守っていたところ、Aメロの途中で突然歌が聞こえなくなった。
モニターを見ると、ヨコが後ろを向いて歌えなくなっていた。
え、初っ端から…?と若干動揺する客。そのあとは気を持ち直して歌っていたけれど、その後も観客を指して度々「かけつけてくれた」っていう表現をしていたし、福岡のチケットは公演日直前まで一般のチケットが残っていたことなんかをヨコも知っていて、でも最終的に上の方まで満員だった客席を見て、込み上げてきてしまったのかなと思ったりした。
いろんな人が言っているけれど、オープニングの衣装が本当に!本当に!!素晴らしかったのです!!!
喧しさや派手さはあるけど(北九州の)成人程度では醸し出せない大人っぽさや色気もあって、何よりこの記念すべき20周年ツアーの幕開けに相応しい華やかさと目出度さで、あの衣装に着られることなくちゃんと着こなすことができるアイドルは、エイト以外にいないだろうと思う。
その衣装のまま『NOROSHI』を歌いだす。
メインステージの高い場所から登場した彼らが、歌いながらゴンドラでゆっくりと下に降りてくる。
初日、ゴンドラが全て降り切ってから漸くメインステージ上のモニターに何か文字が書いてあることに気づいたのだけれど、一瞬本気で見間違いかと思ってしまった。というのも、初日は一塁側のサイドステージ近くでメインモニターを正面から見られる位置ではなかったので、横からだとそれが若干歪んで見えたから。
でも、メインステージを捉えている別モニターを改めて見て、本当に見間違いではなく「関ジャニ∞」と書いてあることを確認して、流石に鉄の涙腺でおなじみの私も涙がこぼれそうだった。
すばるくんが脱退する直前のMステで「関ジャニ∞」とだけ書かれた白い布を背に赤い照明の中でNOROSHIを演奏する7人を思い出した。あー漢字とカタカナと記号のこのお世辞にも格好いいとは言い難い名前が、私は大好きだったんだよな…としみじみする一方で、今どういう意図でこの演出をしてるんだろう?とも思った。
夏のソロイベントで「”関ジャニ∞”が成仏してない感じがする…」と不満げに言っていた大倉くんだったから、このツアーの演出を担うにあたって何かしら「関ジャニ∞」に餞を送る展開はあるだろうとは思っていたけれど…と考えている間に次曲の『キングオブ男』のイントロが流れ出し、特効が爆発した。すると同時にモニターの「関ジャニ∞」の文字が一瞬にして「SUPER EIGHT」に。なんと「関ジャニ∞」を火薬と共に爆破させ、SUPER EIGHTに成ったのであった。
態とらしく涙を誘うこともストーリーを付してしんみりさせることもしない、なんて彼ららしい餞なんだろうと感動しながら、心臓は相変わらず早鐘のようだった。
4曲目の『無責任ヒーロー』のイントロが普段よりだいぶ長めにとられていた。
一部照明は点灯しているものの会場がほぼ真っ暗でドラムの音だけが鳴り響く中、何の曲かわからないまま(初日なのでね)とりあえず手拍子だけは続ける観客。
いつものイントロが始まるとともに照明が点き、ステージ上には先ほどとはうって変わって明るい水色の衣装をまとった5人が。その変わり方があまりにも鮮やかだったため、客席からは感嘆の声が上がっていた。
3曲目までにエイトのシリアスな事情をすべて昇華させ、雰囲気を一気に変えるその間と演出が素晴らしかった。
センターステージで『あおっぱな』。踊っていた!
次の曲は『ズッコケ男道』。
センターステージに現れたポケバイと特攻服を現認した客から次々に上がる悲鳴。歓声じゃなくてあれは悲鳴だった。
ヨコのポケバイがまったく動かなかったのは福岡2日目だっけ?あれは普通に可哀想でしたね…。
最後、アウトロで一列に並んで踊るところまでちゃんとやってくれて、なんていうか、サービス精神が旺盛過ぎる!と思った。
無責任・あおっぱな・ズッコケという聞き慣れたどころか正直耳タコ状態のこの3曲が、見せ方ひとつでこんなにも変わるのかと素直に感動した。
ブリッジのVTR。
ファンなら知ってる例のプリン事件をモチーフにしたスマートな映像。結局あれの犯人って誰だったんだっけ?内くんだっけ??
映像の質感が8UPPERSっぽいなとは見た人みんな思ったとは思うけど、初日は「いやーまさかね」感が強かった。「さすがにそれは無いでしょう!」っていう。
そのVTRの後半、突如電話のベルが鳴り、出動の準備をする5人。
モニターに映る黒のスーツ5着を見て「え、まさか本当に?」という空気が高まっていく。そして、そのまままるちゃんのソロショットへ。
映像が暗く細部まで見にくいもの手伝って、ここで「あ、やっぱり違うのかな?」と一瞬思わせた直後に面を被る映像でそれが確信に変わるあの演出、本当にニクいよね!客席からは驚嘆、悲鳴、泣き叫ぶ声があちこちから上がっていた。
『Oriental Surfer』が流れ出し、客席は半ばパニック状態。音が止むと同時に8UPPERSのロゴが映し出された瞬間、その日一番の歓声が客席から上がっていた。
『Jackhammer』のイントロが流れ出す。
8UPPERSツアーでこの曲が人気だったその理由の99%はオープニングで錦戸さんが煙草に火をつけて放り投げていたからだと個人的には思っている(残りの1%は落ちサビのすばるくんの地団駄)。
一人一人の顔がアップで映る中、”それ”が誰になるか固唾を吞んで見守る客席。
5人目のヨコが煙草に火をつけた瞬間、先ほど聞いた今日イチの歓声をはるかに凌駕する怒号のような悲鳴が客席から上がっていた。いいなー羨ましいなーと思ったのであった。
『浮世踊りビト』。
8UPPERSツアーのOPで全員がゴンドラから降りてステージに出てくるあの光景が強くて大好きだったな…と目の前を光景を見ながら当時のことを思い出す、そんな時間が今公演中には山のようにあった。ここも然り。
歌いながら移動する5人。まるちゃんだけ一足先にバクステに向かっていて、なるほど次の曲はバクステでやるんですねと思っていたところに流れ出した『アカイシンキロウ』のイントロ。客席からまたもや悲鳴が。(というか、初日に限り悲鳴は全曲毎度漏れなく上がっていた)
まるちゃん、めっちゃ踊ってるな〜と双眼鏡を覗いていたところ、突然目の前の小島に大倉くんが現れ素で仰反った。
私はPUZZLEツアーの、肉付きが良さそうな身体にも関わらずちゃんと踊りながらちゃんと歌うアカイシンキロウの大倉くん(24歳)が本当に大好きだったんですよ…と、当時と同じようにジュニアを従えつつしなやかかつ美しく踊る39歳の大倉くんを見ながら一人感極まっていた(ので、ほぼ大倉くんを見ていたこともありセンステでヨコヒナが踊っていることに気づいたのは東京になってからだった)。
バクステに5人が集まる。アカイシンキロウでいったん8UPPERSのセクションは終わったと思わせておいての『モノグラム』、いやーニクいよね!!
十八祭では待望の!的に披露しながらもお手振りに終始し、より一層溜まったモノグラム推し達のフラストレーションを一気に解消するかのような完璧なモノグラムだった。
一塁側小島近くから双眼鏡で上がっていくバクステを見ている最中、ちょうど照明がこちらの目に直撃して眩し過ぎてバクステ上を見られない時間があった。そのとき、14年前同じように上空のバクステを見た時に照明で目が眩んで苦しんだ思い出が一瞬でフラッシュバックして「あの時と同じだ…!」と前代未聞の感動を覚えたのでした。
…正直、この辺りくらいまでで既に、ツアー前に一介のファンが勝手に想像・妄想していた「〜だったらいいな」を遥かに超え続けていて恐怖ですらあった。
『夢列車』でトロッコ乗車。いい曲。最後はセンステに集まって、まるちゃんがAmbitiousを紹介。
Ambitiousコーナー終了後直後に始まるのは『Kicyu』。
PUZZLEのKicyu、8ESTのKicyu、そして十祭のKicyu。ヨコとヤスくんのファンじゃなくても、ファンなら当たり前に知っているし各々に思い出がある曲。イントロが流れた瞬間、ドーム内からは大歓声が。
曲が始まる直前、バクステに設置された謎の置物。勘のいい大倉ファンはこの時点で薄々気づいたはず。
『だってアイドルだもん』という2008年のソロコンサートのみで披露された問題作を16年の時を経て引っ張り出した忠義の、覚悟のパジャマパフォーマンス、しかと見届けてさせて頂きました。押忍。
音源もないし映像にも残ってないし、ソロコンも当時1回入ったきりの自分的には嬉しい選曲だったよ、くまちゃん。
たっちょんソロが終わって間髪入れずに始まるヤスくんのギター独奏。それが終わるとまるちゃんがベースを独奏。
今回のバンドセクションは、今までみたいな「今からバンドコーナーはじまりまっせ!」感が皆無で、その境目が曖昧なままぬるっと移行する感じが個人的には好きだった。なんか終始滑らかだった。その分、休む時間が無いから5人とも大変だっただろうなとも思うけど。
山田二人のセッション中バクステにドラムセットが準備されているのが見えた。設置し終わったタイミングでバクステに現れる大倉くん。ちゃんとパジャマから着替えていた。
その後にはじまる『Do you agree?』。これは絶対歌うだろうなと思っていた。始まりの曲ですからね。そしてイントロがかかった瞬間に上がる今日126回目の大歓声。
大倉くんのDo you agree?の箇所のペンライト問題に関しましては確かに若干思うところはありますが、ま、次の機会で活かせばいいかと存じます。
『強情にGO!』。イントロですばるくんががなっていたところはまるちゃんが。素直に「懐かしい!」と思った。
『Heavenly psycho』。そしてそして毎度上がる大歓声。
間奏のギターソロ、ヤスくんから錦戸さんになってそしてそれが20周年のタイミングでヨコになるなんて、想像すらしなかった。
大倉くんが軽く挨拶をした後に曲振り、そしてトロッコ移動開始。
とはいえ、さすがに初日はその「せーの」が『ワッハッハー』のそれだなんて気付けませんでしたよ。
ワッハッハーからの『イッツマイソウル』からの『cool magic city』。
クルマジなんてそれこそ20年前の曲なのに、客の手のフリが揃っていて圧巻だった。
MC。
ヨコがいろは節でグッときてしまって歌えなかったことに触れていて、開演前にちょうど20年前に撮った5人だけの写真がiPadに出てきて、それを見てしまったので余計に込み上げた…という言い訳。
あとは和菓子と、便器と排泄の話(…。)をしていた。
終演後、同行者が「今日、MCの内容だけいまいちでしたね」とこぼしていて笑った。
Ambitious3人が楽器を持ってきてアコースティックコーナー。初日だしやっぱりここで真弓くん来ちゃうよね〜と思った。
真弓「前髪切りすぎてオン眉み」←自己紹介
横山「前髪を切り過ぎんかったらええんちゃう」
真弓「大学生なんで実はもう前髪切り過ぎてないです」
の流れめっちゃ笑った。嘘ついてるやん。
『10年後の今日の日も』。十祭でも歌ったことを思い出して「あれから10年か…」とものすごくシミジミした。
この曲に限らず、こういう風に「あれから○年か」と思うその度に、いろいろあったけどここまで続けてくれて本当にありがとうという気持ちになったのでした。
2004年の8人の写真からはじまる、この20年間を振り返るVTR。
初日はあちこちから歓声、泣き声が聞こえてきたなぁ。
イッツマイソウルのジャケットとなぐりガキBEATの7人の写真が鮮明に映った箇所では特に大きい声が。
最後、いろんな画像が集まってクチビルマークになったところでは大きい拍手が。
初日はただ単に目の前の映像にグッときていただけだったのだけれど、「罪と夏」の通常盤のジャケットには毎回フフフとなりました。
『∞ o’clock』。
ここまでこんな至れり尽くせりなのに、この曲までやってくれるのか…と曲が流れ出した瞬間狼狽した。
しかも歌詞は全て新たに作り直されていて、「大倉くん、まだインスタント蕎麦とお弁当一緒に食べてるん…」と自担の変わらぬ食欲に涙腺を刺激された。
『前向きスクリーム!』。
事前にダンス動画を募集していたため、公演前から唯一セトリバレしていたこの曲。
この曲自体もともとあまり好みではないのもあって「ああ、例のアレね。」みたいな感じで見ていたのだけれど、終盤彼らと縁のある方々の前向きダンスが流れ出し、会場はまたもや大歓声に包まれていた。
とにかく、こちらの浅薄な予想や思考を軽々しく超えていく箇所がここに限らずたくさんあって、それらが裏切られる度に感動したのでありました。
モニターに大きく『四十路少年』の文字。その日509回目くらいの大歓声。
歌詞は適宜四十路っぽく変えられていて、秀逸な仕上がりだった。
特に大倉くんの「小鉢で腹パン」のくだりではつい先ほどインスタント蕎麦とお弁当を同時に食べていることをバラされていたことから余計にグッときてしまった。嘘ついてるやん。
最後の「俺(僕?)まだ30代…あっ」にその日516回目くらいの大歓声が上がっていた。
会場が暗くなって何やらガチャガチャ音が聞こえたかと思った瞬間に聞こえた「Limit」。
他の曲とは違い、会場全体から上がる歓声の中で明らかに局地的に泣き叫ぶかのような悲鳴が上がっていた『YOU CAN SEE』。
私自身は正直Aメロがはじまってようやく曲目に気づいたくらいだったのだけれど、近くの村上ファン、丸山ファンそして先の悲鳴の様子からして、二人のファンがこの曲のことをずっと待ち望んでいたことがよく分かった。
暗転後、メインステージでAmbitiousによるコンテンポラリーダンス的な舞いが。
序盤の効果音が『Water drop』のそれと同じだなと思いつつ、でもまあ違うのかなと思わせておいてのWater drop、超ニクいよね!!!
水のアーチの中で歌って踊る姿があまりにも2011年冬過ぎて、不思議な感覚になった。
からの『WASABI』。イントロが鳴った瞬間、その日911回目くらいの大歓声がドーム内で上がっていた。
ジャムでも47でも歌ったとはいえ私は衣装も含めて元気のWASABIが一番好きだった。その大倉くんがちゃんとソフトに残らなかったことを今も恨んでいる。
連れ去っちゃう大倉くんと、落ちサビのtornと、そのtornの周りで5人がヘッドバンキングする光景が大好きだったなーと思いながら見ていたところ、連れ去る大倉くんだけは相変わらずで、2024年もやっぱり最高👍となったのでした。
からの『Sorry Sorry love』。イントロで本日1126回目くらいの大歓声。
前後逆とはいえジャムを思い出させる曲並びなのもあえてやってんのかなーと思いながら、踊りまくる大倉くんを双眼鏡で凝視していた。
メインステージでヒナちゃんがグランドピアノを独奏、その後、ピアノに合わせて4人が『大阪ロマネクス』を歌い出した。
こんな光景が見られることも、10年前は本当に想像すらしていなかった。
落ちサビ後にジュニアマンションならぬオケマンションがお目見えするのだけれど、初日はそれに圧倒されたと共にアウトロが本当に感動的で、無意識のうちに涙が出てしまっていた。
ロマネが終わって間髪入れずに始まる『ツブサニコイ』。
すば亮が歌っていたAメロをすべて大倉くんが歌っていることに感動していると、次に歌い出したヨコの歌声があまりにも聞いたことがない声だったので「!?」と思いモニターを見たら、なんかもう、めっちゃくちゃに泣いていたあの横山さんが。
6月のJAM FES以来の『High spririt』。JAM FESではまるちゃんがブルースハープを吹いていたけれど今回はそれが無くて、初日はやっぱり「あ、無い」と思ってしまった。
さっきまで号泣してたヨコを思い出して「トランペット大丈夫?吹けますか??」と思ったけどそれは杞憂で、ちゃんと吹けていたので安心した。
『象』。
「10年後またここで会おうよ」が耳に届いた時、「ハンドマイクでこの曲を歌ったあの時からもう10年…本当に10年後も会えてるやん…」と、そんなしみじみする曲でもないのに、しみじみしてしまった。
演奏後にヨコが「おかわりいいですか?」と言ったので、先日のアリーナツアー最終日の記憶が蘇り「まさか今やった象をもう一度やる気…?」と一瞬思ったけれどそれは勿論勘違いで、はじまったのは『ズッコケ男道』だった。自分たちの名刺代わりの曲をアレンジ変えて2回やるの、ホンマにニクいよね!!!!
『“超”勝手に仕上がれ』。
これは別に初日の話ではないのですが、Aメロの最初のまるちゃんが歌うパートのドラムのリズムを毎回ちょこちょこ変えてくるのが最高に好きです。でも、丸山!後のベースソロのところは、ドラムの音があった方が個人的には良いかと思います。
仕上がれが終わって次の曲まで若干間があったのだけれど、初日は、例えば名前を叫ぶ人もおらず後半みたいにピアノが流れることもなく、ただ無音が続いていたのが印象的だった。みんな、この後何が始まるのか固唾を飲んで見守っている感じだった。
『LIFE』。これはフルで歌っていた。
節目節目で必ず歌っている曲なので今回も歌うとは思っていたけれど、個人的にこの曲は終盤のサビ前の大倉くんの声がちゃんと出るか毎度手に汗を握って見守ってしまうので、そのパートが終わるまで気が漫ろになってしまうのは否めない。
初日は、どうだったっけな…。
5人それぞれ一人ずつ挨拶。
ヒナちゃんの「20年前自分達がこんな風に音楽ができるようになるなんて夢にも思わなかった、ヤスくんが鍵盤に誘ってくれたから、音楽の豊かさを知れた」という言葉を受けてヤスくんが言った「村上くんが自分で頑張ったからやで」っていうやり取りにグッときた。
なぜかヤスくんの挨拶の途中でペンライトを消させられて揃いにくい台詞を言わせられるくだりがあって「なんじゃこれは」と思った時間があったのだけれど、その後マイクを通さず生声で「ありがとーう」と返してくれて、「なんなんじゃこれは(泣)」となったのであった。
ヤスくんの挨拶のあとは大倉くんだったんだけれど、またもや一塁側の小島付近から突然にゅっと現れたので周りも含めて普通にびっくりしてしまいそれを見た大倉くんに「いきなり現れたら驚くよね〜😁」と言われたりもした。
自分が演出して作り上げたこの公演のことを”僕らの20年の結晶のようなステージ”って表現していたのが本当に素敵だなと思った。
あと、この日の数多の客と同じく、公演中にふと過去のコンサートの一場面を思い出すタイミングが大倉くん自身もあったそうで「自分たちだけじゃなくて、ファンの人にとってもそれらがちゃんと思い出になってることが分かって嬉しかった」みたいなことも言っていて、嗚呼なんて格好いい人なんだと改めて思ったりもした。
途中、「前のグループの名前も公言したらあかんような感じになってるけど、19年、"関ジャニ∞"で頑張ってきました。」と言った途端大倉くんの目にみるみるうちに涙が溜まっていって、「悔しかった」と呟いてから何も喋れなくなってしまっていた。
その後、態とらしく「ガハハ」と笑って気を取り直して挨拶を続けていたけれど、なんていうか、この人は悔しかったり悲しかったりして泣きそうになるその度に、こういう風に紛らわせてきたんだということが容易に分かる仕草で、見ていて本当に胸が痛かった。でも、きっとこれが真に近い本音で、それがやっと聞けた嬉しさみたいなのもあった。
この日「(関ジャニ∞が)成仏できたというか、新しいグループ名も愛していけるような気がした」って言っていたけれど、もしかしたらこれも若干強がりだったのかもなと大阪公演が終わった今だからこそ思わないでもない。
大倉くんの挨拶で会場内が若干しんみりしてしまったからか、まるちゃんが最初から妙にふざけていて、「もう!この人は…!!」と。GR8ESTの時をまるちゃんを思い出してしまい、本当に愛おしい人だなと思った。
最後の挨拶はヨコだったのだけれど、照明が当たっても暫く何もしゃべられないくらいに号泣していた。
「今日のセットリストの曲の歌詞がぶっ刺さって…」と何回も言っていた。さらにロマネスクでピアノを弾いているヒナちゃんを見て余計に涙が出たとも。
「10周年まではすぐ見えた、でも15周年で続けるのは難しいのかなと思い始めて、15周年から20周年の間にはもうダメかなと思ったこともあったけど、頑張ってよかった」って涙をダラダラ流しながら言っていて、ヨコの頑張りを少なからず見てきて知っているからこそ、本当に良かったねと心から思った。
涙でぐちゃぐちゃになっている自分を省みて口にした「これ、あと7回もあるの…?」という一言には笑った。
予想通り、本編最後の曲は『LIFE GOES ON』だった。
相変わらずヨコは泣きっぱなしで、必死に声を絞り出そうとするもあまりちゃんと歌えない感じで、途中で他のメンバーに申し訳ないって感じで謝っていた。
アンコール。フロートカーでシングルメドレー。衣装はなんと2008年春のガウン。大倉くんがまだ沈黙のセクシーピッグの名を欲しいままにしていた頃のあれ。
個人的に『大阪レイニーブルース』が久しぶりに聞けたので嬉しかった。確かどっちかの日に「この曲はいつもマルがセトリに入れたがるけど全然入らなかった曲です〜」とかなんとか紹介されていた。良かったねまるちゃん。
最後は『軌跡とキセキ』。
この長丁場で拾い切れなかったあれこれを救済させつつ今公演の復習も兼ねたこの選曲、ニクいよね!!!!!
ヒナマルヤス大倉横山くん行くぞーのくだりは、他公演に比べてスムーズに進んだ(初日だからね)。
行くぞ後の映像に、あえてDye d?のリハーサル風景なんかがチョイスされていたのが、愛だなと思った。
徹頭徹尾、最高だった。
公演後、一番最初にSNSに吐露した感想は「大倉くん天才か!」と「オタクの妄想のようなセットリストだった」の二つだった。
勿論、今もそれは変わりません。
【2024年12月8日/福岡/PayPayドーム】
MCと挨拶を主に初日と異なった箇所をメモをもとに。(以下全て意訳)
<MC>
・ヨコが大内リオンくんのガオーにだだハマり
・福岡ドームの名前の変遷に戸惑う5人(ヤフードーム→ヤフオクドーム→PayPayドーム…結果「もう孫さんドームにすべき」とヒナちゃん)
・安田「エイター同士って皆お互い仲良くなりたいって思ってるじゃないですか」
大倉「人によるやろ」←最高
<挨拶>
村上「僕らだけ幸せになろうとは思ってない、僕たちを応援してくれる皆さんにも幸せになって欲しい」
「心からメンバーを誇りに思っている」
安田「(BGMを指して)これ、何の曲のオルゴールか分かる?(と言ってdesireの一節を歌う)」
「僕は、楽しくて仕方なくて幸せだから、涙が出る!俺らの20周年を祝ってくれてありがとう!これからもみんなと一緒に大きなステージにも立ちたいし、次の周年の時には大きな野外にも立ちたい!立てるまでもがいてやる!よっしゃ、俺は消える!(といってステージから走って消えた)(可愛い)」
大倉「周年だからいろいろ詰め込み過ぎてしまった。終演時間遅くなってしまったけど、皆さんちゃんと帰れる?(←ドリカム中村さんのあの騒動のこと、もしかして知ってる?)」
「皆さんがこのライブが良かったと思ってくれたなら、それは僕らのこの20年間の1年1年全てが素晴らしかったという証拠」
「セトリを考える作業は、この20年間の中からどの思い出を選ぶのかという作業だった。皆さんは、あれが聞きたいとかこれが聞きたいみたいなのもあったかも知れないけど、自分は、この思い出が良かった」
「この二十祭も、皆さんの大切な思い出に残っていって欲しいし、こんな僕らを見て生きようとする力になってくれるなら嬉しい」
丸山「今日の公演めっちゃ楽しかった!来られなかった人、すみません!」
「僕らじゃなくて皆さんがすごい!よくもまあ飽きもせず…」
横山「永遠なんて無いって突きつけられたこともあったけど、この5人ならそれを信じられるかもしれない」
「抜けたメンバーのことを応援してあげかったけど、やっぱり寂しかった」
「オカンが亡くなって自分が辛い時にそばにいてくれたのはメンバーだし、今ホテルの予約も厳しい状況なのに20周年だからって来てくれたのはファンの方だし(←そこ並立にしないで欲しい恐縮過ぎる)、辛い時に駆けつけてくれた人達を大切にしたいし、感謝してます」
LIFE GOES ONは、前日に引き続き、泣きじゃくるヨコは全然ちゃんと歌えていなかった。
本人も申し訳なさそうで、別にそれはそれで何も問題ないし大丈夫だし、他のメンバーも表情や仕草で大丈夫だよとヨコに伝えているように見えた。
アンコール。
軌跡のキセキのヒナヤスマル大倉横山くんのくだりは前日比8倍くらいの長さに。「何ー?」はホンマに言うたらあかん。
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…いや、我ながら、いくらなんでも長過ぎるな!
東京と大阪はまた後日に。
2024年の関ジャニ∞とSUPER EIGHTについて綴る。
あと数時間で2024年が終わります。
ま、今年はエイト的にいろいろあったのでちょっと諸々残しておこうかなと思い、大晦日にパソコンを立ち上げた次第です。
2月、改名の日。
グループ名、変わるのか。そうか、変えなきゃいけないのか。別にさー、変えなくてもいいんじゃない?でも変えるって決めたのは本人らだし。でもさぁ…みたいなことを日々ぐるぐる考えつつ、なんか全然現実味がないまま当日を迎えたような。
公になるまでは極一部の人しかそれを知らなくて当たり前に旧名称で周知されていてそれ以外見当すらつかないのに、公になった瞬間からそれを当たり前にしなければいけない感じが、なんか元号が発表される時みたいだなと思いながら配信を待機していたことを覚えている(まあ令和は一ヶ月の猶予があったけども)。
発表の瞬間は…なんとも言いようのない感覚だった。
無駄に仰々しい感じと、当然のようにそう名乗る自分達に全然しっくり来てなさそうな5人と、あー本当に変わってしまうんだっていうショックとで、内も外も混沌が極まり、なんていうか、もうケセラセラでしかないよねって感じだった。
だって19年間、彼らはずっと「関ジャニ∞」だったわけですから。そりゃもう、どうしようもないことはある。
暫く経って、「エイト」は残るんだーそれなら呼び方はそのままで大丈夫だなとか、でも「∞」は無くなっちゃったんだね寂しいなとか細部に目がいくようになったけれど、改めて考えても、いろんな可能性の中で考えうるものの中ではベストといっていいくらいの名称だったように思う。
ただ、歌番組のテロップとか事務所のグループが一緒くたにまとめられた所に放り込まれると、一気に見つけにくくなってしまったなというのは、度々実感します。本当、見つけやすかったなー「関ジャニ∞」。
改名後すぐに行った「らふらふ」。初回、すっごい辺鄙な場所だったな…。
漠然とした不安が消えない日々の中、二人から直接「安心」をもらった気がして、ありがとうの気持ちを込めてその日にパープルMを注文しました。
春はまるちゃんの舞台とヤスくんの舞台を見に東京へ。
ハザカイキは、よくあの時期にあの事務所所属のまるちゃんにあの役やらせたな〜と。面白かった。
あのよこのよは、見終わってみればタイトルのまんま。
大事な人が亡くなる度に生きることと死ぬことその境目について考えてしまうけれど、観劇後にそんなことをふと考えさせられるような舞台だった。そしてまためっちゃ泣いた(私はヤスくんの舞台を見に行くと大概いつも大泣きしてしまう)。
5月。
らふらふ2回目。開業前のKITTE大阪に入れたのが地味に嬉しかった。
公演自体は前回同様楽しいかつ平和な時間で、二人のことがより大好きになる空間。また行きたいので定期公演でよろしく。
京セラでWE AREを。
アリーナの花道真前というエイトでもあまり座ったことないような席だったのですが、とにかく山田くんと道枝くんの造形が綺麗で自然(発)光がすさまじかったことはハッキリ覚えているものの、まあステージの端から端まで豪華だねっていうことと、フロート上の大倉くんの手の振り方まじで貴族みたいやなっていうことと、何よりエイト出番少ねえなっていうくらいの感想しか個人的にはなかったっスね。
6月。EIGHT JAM FES。(追記)(すっかり忘れていた)
3日間共参加しましたが、3日間とも実に良い公演で、こんな良い催しの主催者が他でもないエイトなことが実に誇らしかった。
対バン相手もゲストの方も、お互いに敬意を払いつつ愛情を持っているのが随所に感じられて、長丁場なのにまったく温度が下がらず参加できた。
最終日、ヨコがいつになく充実しているのが見てとれて、デビュー20年目にしてこんな光景が見られるとはと思ったりしました。
7月。
あまりにも大倉忠義としてのソロ仕事が無い自分のファンを不憫に思った(予想)大倉くんが、大阪と東京で急遽ソロイベントを開催してくれることに。
イベントが決まった時から、「もう今年はグループのツアーに当選しなくてもよいので、これだけは是が非でも行きたい…そうたとえ金を積んででも*1……」とは思ったものの、キャパ的に普段はほぼしない本人確認をする可能性が濃厚であったので、「こればっかりはもう完全に運だから、今回は行けなくても仕方ないな……でも!絶対に!行き゛た゛い゛!!!」という遣りどころの無い衝動の捌け口として、とりあえずひたすら(金ではなく)徳を積もうと、仕事でも私生活でも当落日まであらゆる人のお手伝いをしまくったのであった。その結果(?)無事希望の公演が当選したから良かったものの、もし落選していたらその期間に自分が手伝った分と同等の見返りをその相手に求めてしまった虞が十分にあるので、ただ単に「なぜか快く手伝ってくれたいい人」で終わって本当に良かったと思う。
イベントについての詳細は別に記したので割愛。
ただ、普段は団扇も公式のものしか持たず所謂ファンサービスの類にもさほど関心がない自分でしたが、帰り際に自分がしていたジェスチャーを大倉くんに真似されてかつ声までかけられた時は、完全に現実と虚構があのよこのよ状態になり今すぐに絵でも描けそうな感じにはなりました。
あー本当に行けて良かったなーーー。
8月。アリーナツアー開始。
SUPER EIGHT名義での初のツアー。私は愛知と新潟と札幌へ。静岡は台風で中止に。
公演時間が思ったより短いとかバクステが無いとかトロッコが無いとかいろいろ思うことはありつつも、アルバムの曲をほぼ(※全曲ではない)聞けたことと、ジュニアがついていないので純粋に5人を見たい人しか客席にいないことと、何より5人がどの公演でも楽しそうにしていたので結果的に良かったと思う。
とはいえ、一点。
愛知初日に気狂いがステージ上に上がって大倉くんに暴言を吐いた件については、その後のエイト側のリカバリーが秀逸過ぎた点をもってしても総括の「良かった」には決して包含は出来ない。
気狂いが悪いのは当然として、あと500円チケット代を上げてもいいから、ステージの上下内外にいる数多いる警備のスタッフさん達はちゃんと自分の仕事を全うしてください!金もらってんねやろ?!と切に思いました。
9月。KAMIGATA BOYZ。
WE AREで懲りたので申し込み自体遠慮したものの、公演日直前に誘っていただいたので全国デビュー日というのもあってふらりと長居競技場へ行ってきた。
事務所がああいう状況の昨今、せめて西の秩序だけでもなんとかしようとする大倉くん及び現所属タレント達の気概がめちゃくちゃ伝わった。関西のグループが全て漏れなく好きな人にはたまらんイベントだったはず。
記念すべき全国デビュー20周年の日を、後輩達に祝ってもらえて5人も嬉しかったんじゃないかな。若干申し訳なさそうではあったけども。
個人的には、それまで別段気にも留めなかったWESTの小瀧くんのアイドル姿がかなり良かったののと、歯が多いことでお馴染みの重岡くんの話の長さが印象に残った。
11月。アリーナツアー最終公演。
終盤、「勝手に仕上がれ」をまるっとやり切った後に、ヤスくんがまだ物足りないとばかりに「まだ歌いたいー?」「やり直すー?」と客に問い出し、四人もヤスくんに合わせるようにミーティングをし出し、結果的にもう一度最初からというかその前にやっていた「ハライッパイ」の終盤に戻って、また普通に「勝手に仕上がれ」をやりだしたのが最高に面白かった。面白かったし頼もしかったし、めちゃくちゃ格好良かった。
比較的明日のことは気しないでも大丈夫なオーラスらしい特別でいい公演だったけれど、既に1回目の勝手に仕上がれの時点でヘトヘトだったためやり直しに若干不安そうだった大倉くんが、ヤスくんに「大倉が明日のことを気にしている!」と何故か理不尽に責められていたのがかわいそかわいかったです。
月末はスカパラ甲子園へ。
主催者のスカパラもそしてゲストの方たちも全員漏れなくすごい人たちばかりで、その中にエイトもいるのが夢のようで誇らしかった。
35年もの長い間続けること自体なかなかできないすばらしい偉業。それに相応しいすばらしいライブでした。
今現在、U-NEXTで配信されているので見られていない方は是非ぜひ。
12月。ドームツアー開始。
まだツアー中なので詳細はアレですが、あちこちで言われているように、完全にファンの夢・妄想・走馬灯全マシ大盛りのようなセットリスト&空間で、うれしい!楽しい!大好き!以外の感想がありません。
感動した場面は山のようにあるにはあるのですが、初日、特に印象的だったこととしては、5ヶ月前には「関ジャニ∞」の終わり方に納得がいってなさそうだった大倉くんなりの「関ジャニ∞」の成仏のさせ方をちゃんと見届けられ(見た瞬間自分でも驚くほど心臓がギュッとなったけど)、本人の「成仏できた」という言葉を直に見聞できたことですかね。
あと、14年前の、バクステの彼らを見ようとする度にそのまばゆさに(物理的に)目がつぶれそうになった思い出が一気に蘇ってきた箇所があり、17年も見続けているとこんな種類のエモさもあるのか…と眩しがりながら未曽有の感動を覚えたことも印象的だった。
その他の、あれやこれやのことはまた別の機会に。
記念すべきデビュー20周年の前年からああいう事情が勃発して、自分たちの名前も変えなくてはいけなくなり、実際に決まっていた仕事も無くなった的なことを言っているメンバーもいたし、「もし」の世界線だったら多分もっと違った20周年だったのかもしれない…と思わないこともないけれど。
でも、あの奇跡のような東京ドーム公演を見た後だからこそ「ま、総じて楽しい1年だったかもな」と思わないこともない。
この年の瀬に、素直にそう思わせてくれてありがとうございますSUPER EIGHTの5人さん。
改めて、デビュー20周年おめでとうございます。
来年もエイトにとって良い一年になりますよう心より願っております。
では、よいお年を。
*1:私は年中定価至上主義です!
Tadayoshi Ohkura 39 party Go green Zepp Osaka Bayside 2024.7.11公演について綴る。
お世話になっております。
…という決まり文句を実際お世話になっていようがいなかろうが無差別に繰り返す日々を送っている今日この頃、ものすっごく久しぶりにこちらにログインしました。
2024年も変わらず私の自担である大倉忠義さんの初のソロイベント(notコンサート)に無事参加できたので、その日〜翌日にかけて仕事をサボりつつ備忘としてタイプした長文を自分のiPhone及びiCloudにのみ留めておくのも何だかなと思い、どうせならここに残しておこうと思いものすっごく久しぶりにログインした次第であります。
その時のメモを適当に整えたものなので、至らない部分は多々あるかとは思いますが、ご了承ください。
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今年になってからまったくソロでのお仕事をしてないから、というのがソロイベント開催の理由。
イベントのルールは大倉くんのメンバーカラーである緑をどこかに身につけて来場すること。本人もちゃんと緑色の服を着ていた。
「せっかくチケット代を廉価にしたのに高額取引されていたことを知ったので、今回は本人確認をちゃんとしてもらうことにした。でもこのキャパだからできたわけで、これ以上広い会場だとここまで入念な本人確認は厳しいかも」と。
大倉くんは、大勢で飲み会をするのが夢だったそう。で、こういうソロイベントを開くにあたり何をしていいのか分からなかったので「酒の力を借りよう♪(←かわいい)」ということになった、とのこと。
オープニングから、濱田酒造に凸って作ってもらった緑の赤兎馬を嬉しそうに自慢←かわいい
「俺やヤスの酒の濃さは異常だけど、引かないでね〜」←かわいい
途中、客席で普通に酒飲んでるファンを見て「これってさ〜アイドルの現場〜〜???」って言いながらめっちゃ喜んでた←かわいい×∞
事前に客から質問を募集してそれを答える形で進むイベント。
満を持しての一番最初の質問が、ディズニーシーで一番気になるアトラクションは?なのは良かった。
そして大倉くんのシーの印象が”酒飲めるところ”なのがまた最高。
Q.40歳に向けての目標は?
「来年は40歳…早くない?”三十路少年”からもう10年か〜俺だけまだ20代とか言ってたのに〜入所して27年?…そんな長いことおる?!おらんよ〜!!」
「最近お芝居してない。この前会った某映画監督にも『もうお芝居やらないんですか?』と言われた。やったことない役とかもまだまだあるし、やりたい。」
「非芸能人の友達の話を聞いていたら、いろんな職業を体験してみたいなって思うことは多い。数年前からプロデュース業をやることになって、まだ不十分かもしれないけど、裏方の人の気持ちもよく分かるようになったし、裏方の人たちへの感謝の気持ちも強くなったし、自分の本業についての視野も広くなった。」
「今はイヤホン作りに尽力中。昔は自分の耳に合ってないイヤホン使ってたけど今は型取りして作ってる。ミュージシャンの人からも合っていないイヤホンを使い続けてた結果耳が悪くなったっていう話も聞いているし、うちの事務所の人たちのようないわゆるアイドルも健康的に仕事ができるようなイヤホンを作りたい。この件を呟いてからいろんな人から連絡が来て、悪いことばかりが取り上げられがちのSNSの良い部分を感じられた。一見すると繋がりが無さそうなことでも、結果的に本業に繋がることであればやっていきたい。」
Q.他人から言われて嬉しい言葉は?
「『カッコいい』も『かわいい』も嬉しいけど、これらは職業柄よく言われる。こういう褒め言葉は普段平場で他人に言うような言葉じゃないから、言われたところで『本心なの?』と思ってしまう。だから、普通の状態で『大倉くんて、何か他の人と違うよね』って言われると嬉しい。」
「でも、普通の状態でカッコいい人っていうのはすごい。ミッチーとか涼介とか。隣に居るだけで格好いいって思うし、スターだなと思う。でも、個人的には風磨みたいに普段三枚目な感じなのにいざという時にすごくカッコいいそういうギャップがある人に惹かれる。」
「そういえば風磨から『(このイベントの)東京公演に出してください』って言われたけど、僕は『イヤ』って言った。今回は自分と自分のファンとのイベントなので、よくある見学もお断りした。ま、こんなステージで酒飲んでるだけのイベントを見に来ても学ぶことは何にもないでしょう」と自虐的に。
Q.朝ごはんは何?
「ご飯派。最近まで炊飯器が無かったけど、行きつけの料理店で紹介してもらった炊飯用土鍋を特注してそれでご飯を炊いてる。お気に入りの出汁パックがあるけど、それを使って味噌汁を作るとだいたい同じ味になってしまう。それがイヤなので、たまにちゃんと一から出汁を取ってお味噌汁を作っている。」
「調理器具を買うのも好き。最近はチュートリアル徳井さんプロデュースのフライパンを買った。」
Q.ファンは好き?
「年々ファンの存在が身に沁みる。松竹座からのファンもドーム公演をやれるようになってからのファンもいるだろうけど、過去にいろんなことがあったから、その都度ファンと自分たちは一緒に”つらい気持ち”を経験してるし、それぞれの時期で支えてもらったことを感じる。何かアクシンデントがあった時『もうダメだ!終わった!』と思うけれど、その度に支えてもらっている。ファンの人は、僕らの異変や違和感を敏感に感じるし、それ(=客に勘付かれているということ)をこちらも感じている。そして『自分もつらいけど、エイトを元気づけてあげよう』という気持ちも同時に感じている。」
Q.今まで見たライブで一番印象的なものは?
その質問者のそれは”ノスタルジア”だったそうで、それを聞いた大倉くんは「あれも緑の衣装やったね」と実にあっさりとしたお返事。もう二度とノスタルジアはやらなそう。
「エイトに入ったばかりの時に売れている先輩から学ぼうと松竹座の楽屋でSMAPのライブ映像を全部見た。ちょうどその時期、松竹座公演の休演日に見に行ったSMAPのライブは、人生で一番最初に感動したコンサート。」
「嵐では5×10が大好き。周年のライブが好きなので、5×20も好きだった。この前見に行ったラスベガスのアデルもめっちゃ感動した。でもやっぱり、うちの会社のコンサートが好き。」
Q.人生における大事な選択の肢はどのように決めればいい?
その質問をした客の質問文の一節にあった”大倉くんは私のホームアイドルです”に対して
「…え?ホームアイドルって何?!”昔はあなたのことが好きだったけど今は他に推してる人がいます”ってこと?”今はなにわ男子が好きで大倉くんは実家みたいな存在です”ってこと?!初めて聞いたわ”ホームアイドル”!!」とよくない方向にテンションが上がっていて面白かった。
質問に対しては、「自分がときめいた方を選ぶのがいい。ときめいてしまった別の人を推すことに決めて、僕をホームアイドルにしたように。」とスネる忠義。(←かわいい)
Q.演奏してて気持ちがよい曲は?
「ハマった時は『象』。気持ちが入るのはLIFE。LIFEは、ドラムから見てる景色がどんどん変わっていった。あの人がいたLIFEもあったし、今は前にマルとヤスがいるLIFE。」
Q.何かおすすめのレシピ教えて?
「母親が作っていた大根と揚げの煮物が好きでした。」←レシピではない
Q.おすすめのスニーカーは?
「僕ではなくGoogleに聞いてくれ。」
高橋優くんについて。
「数年ぶりに優くんとご飯に行ってお互いの近況を話し合って盛り上がった。優くんは全然変わっていなかった。うちの事務所は何でも好きなことをやっていい会社になったので、こういうイベントもできるようになった。だから優くんとまた何かできたらいいよねって話もした。」
エイトのコンサートについて。
「僕らは周年が多いグループ。この後アリーナツアーがあるけど、これまでの20年を詰め込んだライブは年末のドームで、と思ってる。十五祭も当初はそういう15年の集大成的な構成にする予定だったけど、あの時期はいろいろあったので結果的に独特なライブになってしまった。」
「GR8ESTは、泣いているファンの顔が目に入ってきてしまってつらかった。BJとか堪らなかった。今年の20周年のお祭りは、何もそういうネガティブなことはなく、純粋に20周年をお祝いできると思うので楽しみにしていてください。」
We areについて。
「We areの演出と歌う曲は、各グループについている音楽担当プロデューサーが推す曲+グループが聞かせたい曲合計数百曲を聞いて決めた。」
大倉くんは松潤のアシスタント的な仕事をしていたそうで「松潤はすごい。ステージ上の機材の名前も全部知っている。演者はそこでパフォーマンスするだけで絵になるようなステージ構成&演出。大演出家の仕事を見たって感じ。」
「途中、風磨と談笑してて松潤に注意された時があったけど、僕は風磨が全部悪いかのようにうまく誤魔化した。(←かわいい)コンサート中は風磨のイヤモニにアクシデントが起きた時があって、その時風磨は一か八かで歌ったらちゃんと合っていたらしく風磨はすごいなと思った。(←ちゃんとフォローもしていた)」
「今は長居のKAMIGATAの公演の準備も同時進行でしている。演出担当として、僕とwestから小瀧、なにわからも数名来て準備してる。」とのこと。
ドラムについて。
「ドラムは大変だけど、俺がズレたらみんなズレる。俺がメンバーの動きすべてを握っていると思うと頑張れる。最近、バンドで演奏する意味・姿勢が変わってきたなと思う。フェスなんかのアウェイの客の雰囲気も新鮮で心地よい。」
新グループ名の話。
客に「慣れた?」と聞く大倉くん。「僕もまだ慣れない。未だに打ち合わせでは『関ジャニは〜』って言ってる。改名は自分たちで決めたことだけれど、慣れるのは難しい。”関ジャニ∞”が成仏できていないままここまできてしまったような気がする。でも、ここに至るまで”自分たちがやってきたことは間違っていたのか?”と思ってしまうこともあったけど、ファンの揺るがなさにはとても救われました。」
今回の会場でもある”Zepp”の社長の話。
当日も会場にいたらしいZeppの社長は、当時ソニーから出向で来ていたinfinity recordsの元トップの人らしく
「就任してすぐコロナ禍になって何もできないままいなくなってしまってお互い残念だった。でも今回こういう風に一緒に仕事ができて嬉しい。」
あと、なんとなく覚えているトピックとして…
・中盤、ファンを見回しつつふと我に返って「…徐々に酔っ払っていく自分を見られるの、恥ずかしい〜!」←かわいい
・双眼鏡を使って見ている前方の客に対して「ゼップみたいな狭い会場で双眼鏡要る?何見えてるの?俺の顔がアップになってるの?!近くで見たらちゃんと39やねんで!」←かわいい
・「プライベートで緑の服を買うのは恥ずかしい。」
・「気分を切り替えるのは難しい。でも、切り替えたい時はサウナに行く。」
・海外の人はファンクラブに入れない問題とチケットリセール問題は、変えた方がいいとは思うので「僕じゃなくて会社の方に言って欲しい。一応自分も上の人には掛け合ってみます」とのこと。
イベントの最後は「まもりたい」を弾き語り。途中ギターを間違えて演奏が止まってしまって、ものすごく反省してらっしゃいました。←かわいい
一列目から順番に退場する客をステージから眺め、それを肴に赤兎馬を嗜み続ける忠義。
出口に向かう客が大倉くんの目前を通り過ぎるタイミングでかける声に対して、適当に反応したりしなかったり。
私は前方だったのですが、退場時に有り難くもお声がけいただきました。
ありがとう大倉くん。これで暫く頑張れます。
”今でも”ではなく、いつでもあなたはわたしの光。
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時系列も細部も滅茶苦茶ですが、主旨はまあまあ拾えているとは思いますので、些細な相違は勘弁してください。
では、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
関ジャニ∞の「友よ」について綴る。
関ジャニ∞が5人体制になってからの初のシングル「友よ」の発売日は、2019年11月27日。
CDもDVDもブルーレイも、初動枚数が何より大事であることくらいは私でも知っている。つまり発売日から一週間、厳密に言うとオリコンの集計期間である火曜日〜日曜日の6日間でどれだけ数字を残せるかが鍵。
今回は、7人から6人になった時とはまったく状況が違う。ことCDの売り上げに関しては、どうなるかが皆目分からなかった。
前記事のように、私は事細かにタグをつける習慣も無ければそれを是とする感覚も持ち合わせていなかったため、まず何がどれに有用で効果的なのかを把握することから始めた。
関連するツイートをする際は必ずタグをつけるだとか、その際は略称ではなく正式名称で書くのがベターだとか、CDを購入してから放置するのではなくちゃんと読み込んでタイトルを取得しなければ数字に計上されない等々、他のグループのファンからしたら今更感がありすぎるすべてのことが長らく平穏な場所にいて完全に平和ボケしていたエイトファンにとってはなかなかに面倒くさ…否、不慣れなものであった。しかしながらそうも言ってられないので、とりあえず11月24日の0時からはじまるBillboadチャートの集計にはちゃんと貢献できるようにと情報収集と準備に努めた。
11月25日に更新された大倉くんの期間限定連載コーナー「くらすます」。
それまでの自分たちを振り返った超絶長い文章の終盤、”グループとしての新しい夢は、また素晴らしい景色を一緒に見ることだ”という言葉の後に「手伝って!笑」と一言、書かれていた。
ソフトが発売される際、長らくこちらの庶民的お財布事情を気にすることに終始していた彼らが、ここにきてほぼ初めて、ファンに対してはっきりと「手伝ってくれ」と声をかけてくれたことが、なんていうか、素直に嬉しかった。
ファンが担当・推し・御本尊様にできることなんて本当に極々僅かしか無い。だからこそ、その”僅かなこと”くらい全力で協力させてもらいたいし、そうすることについて心配ではなく肯定…さらにいえば、もっと頼りにして欲しかったのだ。
本人から直接言われて張り切らないわけにはいかないだろうと、以降ファンはさらに活気付いた。
グループの正式名称でツイートしてしまうと∞が認識されないためあえて数字にしたり、最初から∞を省いて「(古株カンテレは決してしない呼称)関ジャニ」表記にしてみたり、Twitter公式では4文字以上のワードはトレンドとして掬われないから「友よ」ではなく頭に「なぁ」とつけて呟く方がいいのでは等、こういったSNSの使い方に若干の照れと不慣れさを覚えるファン同士、如何にして効果的に寄与できるかを試行錯誤しながら遂行しようとする様は、単純に興味深かった。
翌日26日の火曜日。いわゆるフラゲ日。
いつも毎週木曜日午後6時に更新されている会員制公式ブログ「関ジャニ戦隊∞レンジャー」が、この日の正午に5人分一斉に更新された。
ソフトの発売日に合わせてファンクラブメールが送られてくることは過去にもあった。しかし、発売日当日ではなくその前日にこういうことがあったのは、私の記憶では初めてのことだった。
内容は「友よ」の宣伝。文面は5人それぞれにもちろん違うものの、5人の文章すべてに、ファンがTwitterの公式トレンドに反映させるためだけに使っていた「#なぁ友よ」というハッシュタグが添えられていた。
自分も含めたファンの大勢は、この「友よ」に関するSNS上の動きについてエイト側の明確なレスポンスを期待することはもちろん、メンバー本人に「ファンの頑張りを見てもらおう」とか「思いを届けよう」とか、そういう気すら無かったはず。
如何せん私たちの御本尊様は、他でもない「ジャニーズ」のアイドルである。非現実的な煌めきを見せることを生業にする彼らは、どこまでも偶像であり虚像。明確な存在を実感できるのも思いを直接(団扇に乗せて…というか貼って)届られるのも、コンサートという限られた空間においてのみであって、場外におけるファンの能動的な挙動はいつだってエゴイズムでしかなく、反応を欲すること自体烏滸がましい…ということを、ファンは皆重々承知している。
今回だって、ただ単純に”5人になった関ジャニ∞を好きな人たちは今だってこんなにたくさんいるのだ”ということを数で分かりやすく示すことが彼らにとって利になるなら、そしてそれがこれからも関ジャニ∞を見続けたいというこちらの望みを叶えるその一片になるなら…というある意味自己満足が、ファン一人ひとりを動かしていたと思う。
だからこそ、「お、おそらく…良かれなことをしているはずだ……」とファンが恐る恐る始めたことを、SNSを(建前上は)やっていないにもかかわらずメンバー全員が把握していることを明示してくれたこと、そして皆まで言わずともそれを認めて肯定してくれたことがあまりにも想定外過ぎて驚いたと同時に、その未曾有の状況に真昼間から胸が詰まる思いがした。
47ツアー中、頻繁に更新されている47diaryでも、この日例のハッシュタグを使った写真が掲載された。
エイトの周りにいるスタッフの人たちも、彼ら5人とそのファンにちゃんと寄り添ってくれている気がして嬉しかった。
いやーあの地獄のような上半期とは打って変わってなんだか嬉しいことばかりだなぁ〜とホクホク気分でCDを買って帰ったこの日の晩、くらすますにて私たちは大倉くんからとんでもないことを持ちかけられた。
それは『11月28日の18時から「友よ」セブンイレブン盤の特典映像である「ぼちぼち大切な夜」を僕と一緒に見ませんか?』という、数十万人に宛てた特典DVD鑑賞会のお誘いだった。
しかもなぜ発売日の11日27日じゃないかというと、「おれら明日ベストアーティストに出るから」だっていう。
………いや知ってるし!何ならもう録画の予約してるし!!
しかもしかも、ちゃんと「#ぼち夜鑑賞会」という同時再生用のタグまで本人が作った上でこちらにお声がけしてくれたんですよ!!!本人は(建前上)twitterはじめSNSの類を一切やってはいないのに。
今でこそ嵐がいろいろなSNSに進出しているけれどその運用は飽くまでグループ単位での一方的な発信であって、ジャニーズのタレントが個人の私生活を垣間見せるようなSNSの私的運用は、現時点ではほぼされていない。
大倉くん自身「きっと酔っ払って余計なことを言ってしまう」と言っていたし、私自身も絶対にそうな(ってすぐさま削除するものの時はすでに遅しで即座にサイゾーが記事にす)ると確信しているし、個人の意見としては、今のままでいいと思う。
こんな時代&あんな年齢であろうとも、アイドルにはやはりそれなりに「偶像」のままでいてほしい。ファンはアイドルから発信される純度の高い”アイドルのお仕事”だけを摂取したいわけで、余計なノイズは極力見聞したくない。
それに、もし大倉くん本人がtwitterやInstagramという場においてアイドルという立場で事務的なツイートのみを行うにしても、その呟きのリプ欄には恐ろしい数の無名読モのセルフィー無断転載アイコン・勘違い極まりない下品なリプライ・知らんがな的一般人の自分語り・狂人による理不尽な罵詈雑言・レイバンのサングラス特価優遇2499円・ビフィラス・メガキュア・アパシャイニー等々、見たくも無いものが大量に垂れ下がることになるのだろう。それらを自分が目にするのも、大倉くん本人も目にしたのだろうかと気にせざるをえなくなることも疎ましい。
だからまあ、アイドルでいてくれる限りは別段SNSはやって頂かなくても良いんですが、その制限された状況の中でハッシュタグまで提示して企画を設けてくれた大倉くんの心意気に、この上ない感動と優しさと"SNSでちゃんと話題にしろよ"的圧力を覚えたのであった。
27日。
公式サイトの新曲に関するメッセージコーナーで、安田くんが「また来年ドームができるのかどうか…でも、実現したい」と書いていた。
薄々覚悟はしていたけれど、毎年当たり前のようにやっていた、それこそ二ヶ月半前にはまだそれの最中だった”ドームツアー”のハードルがそんなにも高くなってしまったという事実に軽くショックを受ける一方で、もっともっと尽力せねばいかんなと思ったのであった。
この日のお昼過ぎ、セブンネットの公式アカウントが「#ぼち夜鑑賞会」というタグを添えて「友よ」の宣伝tweetをしていた。
このタグが爆誕してからまだ24時間も経っていないのに、もう既に発売元がそれを使って販促していることに大倉くんの影響力と今年7payで思いっきりしくじったセブン&アイ・ホールディングスのリカバリー力のすごさを感じた。
この日の夜は2年ぶりのベストアーティスト。「俺ら明日出るから」という本人の予告通り、本当にちゃんと出ていた*1。
不穏な箱も芸人との謎すり替えもなく、生田斗真くんが見守る中、客もいないスタジオにて「友よ」を平和に歌唱していた。
そしてこの日の夜、オリコンのデイリーランキングで「友よ」の初日売り上げ枚数が出た。
結果は159,245枚。4種形態とはいえ、セブンイレブン盤が早々に買い難くなっていることとTシャツ盤は少々値段が高く手が伸びにくいことを考えると、及第点は超えたかなと思えた。
今回ばかりは売り上げについて予想が全くつかなかったので、初日の数字を見てとりあえずは安心したのであった。
28日。「ぼち夜鑑賞会」当日。
この日は確たる意思のもと一切の残業を拒み、17時1分には勤務先のビルのエントランスを抜けていた。
寄り道をすることもなくまっすぐ帰って自宅に着いたのは17時50分頃。
10分間で身支度を整え、食べる物とレモンサワーを用意し、来たるスタート時間が来るのを待った。
18時ちょうどに再生ボタンを押す。
もう既に二回ほど見ていたので、見ながらタグをつけてぽちぽちとツイート。「この世のどこかで大倉くんも同じタイミングで同じものを見ているのだな…焼きそばともやしは引くほどカゴに入れる人に卵を全然買わせてもらえなかったのは本当に可哀想だったね……にしてもこの人ら、酒飲み過ぎやろ…安田くんの酒の強さまじで奄美……」等々見ながら好き勝手呟く、あっという間の90分だった。
終了後、すぐにトレンド欄を拝見。

日本国内で、見事一位と相成りました。
しばらく経って設定を「日本」から「世界」に切り替えて再度トレンド欄を拝見。

大倉くんが、FC会費とは別にわざわざ月300円を支払っている日本在住の人しか見られないその閉ざされた空間からふと発信した#ぼち夜鑑賞会というタグが、なんとトレンド世界一を獲ってしまったのであった。
どうやらこの日の19時から21時前までずっと一位だったらしい。2位のトルコの方々も「この”ぼち夜”っていったい何やねん」って思っていたことでしょう。Google翻訳かけても意味なんて出ないしな、ぼち夜。
ま、“twitterトレンド世界一”にいったい何の意味があるのか?というと、そのこと自体に大した意味なんてない。のだろう。
でも、今年の…主に春以降のネガティヴまみれだった日々を思い返すと、こうやって彼らを好きな人たちが一丸となってただひたすらポジティブに盛り上がれたことが本当に奇跡みたいに楽しかったし、その盛り上がりがちゃんと数字になって現れたことは …もちろん副産物に過ぎないんだけど、嬉しかった。
23時更新のくらすますでは、事前の予告通り大倉くん自身のぼち夜実況が掲載されていた。
それを読みながら私の目尻は下がり続け、口角は上がり続けた。
この日更新された関ジャニ戦隊∞レンジャーでは、まるちゃんから「好スタートを切れた」という言葉が。彼らにとってもあの初日の売り上げ枚数は一応のところ合格点だったんだなと分かってホッとした。
いつだって趣味からは「楽しい」だけを摂取したい私にとって、この日はとても満ち足りた夜になったのでした。
翌日の29日。
くらすますに昨晩の「ぼち夜鑑賞会」の模様を写真付きで載せてくれていた。
スタッフさんも含めて、大きなプロジェクターを使って同じ時間に鑑賞していたらしい。
ちゃんと「思ってもないところで」世界一を獲ったことについても触れてくれていた。
先ほど前夜の諸々に「大した意味は無い」とは書いたけれど、その諸々が他でもないメンバーにとってほんの少しでも前向きな要素になったのであれば、それ以上に意味のあることなんて無いわけで。
なんだか、しみじみと「諸々、良かったな。」と思えたのでした。
夜はミュージックステーションに出演。
47ツアー先の大分県から生中継。エイトのためだけにこんな遠路遥々出張してくれるなんて…とテレビ朝日の優しさに感謝すると共に仕分けのあれこれをすべて水に流してあげようと思った。
足湯に入っている大倉くんを見ると、Tシャツの首回りに#関ジャニ・#Mステのタグが書かれていた。
昨日はどうもありがとうの意味なのか単に味を占めただけなのかそれとも見てるファンに「今日もタグを使って関ジャニ∞のことをつぶやけ」という無言の圧をかけてきたのか何なのかは分からなかったけど、いずれにせよここ最近の流れを踏まえてのそれなわけで、本当に可愛い人だなぁとつい笑ってしまったのであった。
30日。
オールナイトニッポンサタデースペシャル「大倉くんと高橋くん」にまるちゃんがゲスト出演。
90分笑いっぱなし。知らない人の車にも”機会があれば”乗ってしまうまるちゃんが最高だったけど、このラジオを聞いて「友よ」を買おうと思った人がいたのかどうか疑問ではある。
12月1日。
関ジャニ∞TVに、47ツアー中のエイトの5人がTSUTAYA島原店へ赴き「友よ」を購入する様子がアップされた。
店頭に並んでいる「友よ」を8枚まとめて貴族買いする大倉くんに倣うべく、追加購入された方も多かったのでは。
そしてこの日の23時59分をもって、「友よ」初週の売り上げ枚数の集計が締め切られたのであった。
この日までに累計は既に26万枚に達していた。前作crystalから1種増えているとはいえ、一応前作以上の数字が出たことに胸を撫で下ろした。
12月2日。
オリコンより一足先にBillboardが269,512枚を売り上げて「友よ」が無事一位を獲得したことを報じていた。
ファンが頑張ってタグ付け等勤しんだことが功を奏し、SNSでの話題性の数値も2位という好成績をおさめた。
その日に更新されたくらすますにて、大倉くん本人から「みんな手伝ってくれてほっっんとありがとう😢」という言葉を頂戴した。
こちらが何をどう手伝ったのか、この日に限らず大倉くんは具体的なことには一切触れてはいなかったけれど、「友よ」発売にあたってファンがこの一週間どうやって過ごしていのたかちゃんと理解してくれていることがありありと解る感謝の言葉。
そんなァ…こちらがやりたくて勝手にやったことですからァ…お礼なんてもったいないですゥ…と脳内で謙遜する自分は、そこそこに気持ち悪かった。

オリコンチャートの最終的な初動枚数は26.0万枚だった*2。
…いや別にそんな目を引くほど格別高い売り上げってわけでは無いですよ、そんなことはこちらも十分解っています。
でも、この一年の間に「解散」すら過った関ジャニ∞とファンが必死になって獲得した「26万」は、過去のどんな数字よりもグッとくるものがあった。
…以上が「友よ」にまつわる”関ジャニ∞とそのファンの話"のほぼ全てである。
私がエイトの、大倉くんのファンになってからかれこれ12年以上経つけれど、今回の「友よ」に関するそれは今までに経験したことがない出来事ばかりで、彼らのことをさらに応援したいさせてくれと改めて思うことが非常に多い一週間だった。
これからもたくさんの「楽しいこと」に出会えることを願って。
まずは、明日の#夜な夜なクリスマス会*3を楽しみに。
ちょっと前のことを思い出しながら綴る。
そうそう、twitterのアカウントが使用不可になってしまったんですが、ヌルッと別アカウント(@unite_u_)に移動しているので大丈夫です。
相変わらず諸々の通知は切っているのでフォロリムミュートブロックRT引用RTなんでもござれですが、巻き込みリプライだけは他の方に迷惑がかかるので遠慮させていただきます。
で、今から数時間前に私の担当様で有らせられる関ジャニ∞の大倉忠義さんから「クリスマスイブにクリスマス会でもしない?」的有り難過ぎるお誘いを頂戴しものすごくピュアに感銘を受けてしまったので、心が動いたこの勢いに任せてちょっとここ最近の諸々を書き留めておこうかなと思い久々にメモ帳を立ち上げてみたのであります。
さてどこまで遡ろうかなと考えた結果、やはり5人の関ジャニ∞が始動しだした新曲解禁の頃からだよなーと暫しの間、遡及。
…そうそうそう、関ジャニ∞が5人になってからのはじめてのシングル「友よ」の発売が発表になったのは、台風19号接近によるドリームフェスティバル中止の暗雲がまだまだ散り切っていない10月14日のことだった。
ここ数年、シングルは通常盤・初回盤・○○盤の計3種の形態が多く当初今回もそうだったので、減ったメンバーのファンはおそらくCDを買わなくなるであろうに発売形態がいつも通りとは結構強気だな…と思ったのも束の間、翌日の15日にもう1種「セブンイレブン盤」が追加された。
セブンイレブン経由でしか入手できないものに最も求心力が高そうな映像を付けるってセブンイレブンに恩売りすぎではと思いながらも、近年には記憶にない「4種」形態に「今回はそれなりの売上枚数が出ないとやばい」ということを秒で察した。
ファンになった当初からだいたいいつも全種+気が向いたら何枚か買い足すといった感じでソフトの類は購入しているけれど、それは飽くまで私個人のスタンスであって、それを他人に強要することはしないしできないし逆もまた然りである。
今から4年前…音楽特番における「無責任ヒーロー」の歌唱頻度が半端なかったころ、「無責任ヒーロー」が持っている売り上げ枚数の最高記録を「キングオブ男」で塗りかえようという動きがtwitter上でにわかに起きた。
そりゃ発売から数年経過した後に突如として歌われ出した不自然さとその頻度には私もそれなりに閉口はしていたけれど、無責任ヒーロー自体にこれといって悪感情を抱いていることもなし、仮にもしここで「キングオブ男」が無責任ヒーローの記録を更新したとしても、数年後の末路はおそらく同じになるのではなかろうかという思いもあり、その濁流のような流れに少々辟易してしまった…ということがあった。
もちろんCDが売れるに越したことは無いし私自身も売れて欲しいからこそ当たり前のように毎度全形態買っていた。しかしながら、本人達も複数枚買わねばならないファンの懐具合を必要以上に気にするだけで、以前ほど「CDを買ってくれ」的なアピールも無くなり、CDをたくさん売りたいんだか売りたくないんだかよく分からなかった上に前述の一件もあったため、私自身あまり積極的な宣伝等をオフラインを含めてしないようにしていた。
こちらが必死にならずともCDを出せばいつもなんとなく20万強は売れ、毎年当たり前のように音楽番組からお声がかかり、そして年末恒例紅白歌合戦にも出られる。
それはこれからもずっと、変わらないと思っていた。
そうやって思い切り平和ボケしていた中で起きた二年続けてのメンバー脱退。
変わらないことなんて何一つ無いし、何事も当たり前などでは無いことを改めて思い知った。
毎年11月の中旬頃、紅白歌合戦の出場者が発表される。
十五祭以外に周年イヤーらしい活動もしていないし、何より昨年に続いて起きた”もしかして二度あることは三度あるんじゃ”的脱退劇。加えて、デビュー間近の二組をはじめ半ば飽和状態で犇めき合う数多の後輩たち。正直今年は紅白に出られないかもしれないなと思っていたのだけれど、無事出場できることが決まって本当に嬉しかった。それこそ初めて紅白に出た2012年の時と同じくらい。
ジャニーズ事務所からは5組。そしてその5組は、事務所内のCDの売り上げ枚数上位5組であるということを知る。
5番目以内に入らなかったsexyzoneは落選。なんて分かりやすく、そしてシビアなんだと思った。
紅白落選に対するsexyzoneファンの方々の沈痛な様子及びこの事務所の冷淡過ぎる仕打ちを見て、”ファン”としてできることっていったい何なんだろうなぁと改めて考えた。
もちろん最優先事項は、必ずエイト陣営に届く形でお金を使うこと。むしろそれに尽きると今までは思っていた。
しかしながら、売上枚数一辺倒だったオリコンとは異なりSNSでの発信頻度や動画サイトの再生回数、サブスクリプションの再生回数も評価として計上される新たなチャートが台頭しだし、その指標が何ら特別なことではなく極々当たり前なものになっていくと共によりいっそうCDが売れにくくなっている昨今、彼らが大っぴらにそれらを使えないからこそ、そうじゃない立場だからできることがあるんじゃないかと思い至った。
もちろん不本意ではある。
おたく活動なんて水面下で、御本尊様はもちろん無縁の一般人にも目の届かないところで伸び伸びとタグなど付けずにタガを外してやりたいというのが本音だし、実際自分は長年そういう感じでやってきた。
でも、時は流れいつの間にかそうもいかなくなってしまった…という点を理解すると同時に、もう根本的な自分自身の考え方を改めねばならないのだなと覚悟し、ついに腹をくくったのであった。
…続く。