暇記

カキーン

SUPER EIGHT「超DOME TOUR 二十祭」大阪公演について綴る。

【大阪/1月11日/京セラドーム】
年が明けての大阪。最終地。
冒頭の挨拶で大倉くんもヨコも「ただいま〜」と言ってくれて、それに対して全力で「おかえり」と言える状況に改めてグッと来た。
3箇所目ともなると初見の人はかなり少なくてエンカウント時の悲鳴もそこそこ…かと思いきや8UPPERSの箇所、特に煙草ポイ捨てのところは相変わらずの盛り上がりだった。

<MC>
お正月は何してた?話。
ヤスくんは正月も朝からずっと飲んでたけど、愛犬が具合悪くなっちゃって病院に行ったりもしたそう。あと、木更津キャッツアイとかIWGPを見たり、母親お手製のお餅もたくさん食べたんですって。

まるちゃんは近所のお店で一人用のおせちを買って食べた話から、いつものアレ(ワン パック)。まるちゃんのお腹に虫刺されがあるのを目ざとく見つける大倉くんが新年早々いじわるで最高だった。

大倉くんも家族で飲んでたお正月。
父親が高い牛肉を買ったことを自慢してきたそうで、あの大倉家も新年は鳥ではなく牛を食べるという情報を得た。この現象を「鳥休み」というらしい。

ヨコもお正月は飲んでいて、その結果、太ったそう。でもコンサートがあるからすぐに戻したらしい。さすがプロ。

ヒナちゃんはずっと家にいて、家の片付けなんかをしてたそう。
ちなみに年越しした瞬間は入浴中だったらしい。

京セラで昔やっていた単独カウントダウンコンサートについて「楽しかったな〜」と言い合う5人。復活してくれて全然問題ないよ!
今年の京セラ公演はKinKi Kidsだったという話から、年明けすぐ堂本剛くんから連絡が来たとヤスくんが。
一方、年明け早々ジェシーから連絡が来て、ジェシー宅でめっちゃお酒を飲んだまるちゃん。数日前にも誘われたらしく、ジェシーとは良い飲み友達らしい。

自分たちの自己紹介ギャグをちゃんと覚えてるかどうか試すためにまるちゃんにやってもらおうと振った結果、逆にまるちゃんが生み出した想定外のギャグをやらされてすさまじい被害を被る(オレ)レオくん。でも、ちゃんと堂々と立ち回っていて偉いなと思った。肝座ってる。
そんな(オレ)レオくんは、最近誕生日プレゼントとしてまるちゃんから靴下100足をもらったらしい。…いくらなんでも多過ぎるやろ。

「10年後の今日の日も」歌唱後、いい加減サンタorトナカイ論争に決着を付けようという話に。
サンタ派の大倉村上VSトナカイ派の安田横山。まるちゃんが、客に聞いてみようと提案。
実はどっちでもいい派のヨコの進言で”サンタorトナカイorどっちでもええ”のどれかに拍手で投票することに。
結果、どっちでもええ派が大多数でエイト側がザワザワする中、突然「まだサンタって決まったわけじゃないから!!”#$%&」と理不尽にキレだすヤスくんに戸惑う4人+45,000人。
ヤスくんのその台詞が妙にツボにハマったヨコが何回も復唱した挙句、「ハッシュタグつけて”まだサンタって決まったわけじゃないから”って呟いて!」と客にお願い。その結果↓


四十路のソロのところで、突然現首相にキレ出すヒナちゃん。それに対して素でドン引きするまるちゃん。これは確実に映像に残らないな…。

バンド(2回目)のところでは、ヤスくんのテンションが終始高めで、仕上がれの途中で「男前5人揃ってます!」と当たり前のことを言ったかと思うと、曲の終わりでは高速で「センキュー!センキュー!」と言いながらギターで地面を掘ろうとしていた。
それはさすがに無理やで。


<挨拶>
村上「お正月に、ふと”二十祭はあと3回しかないのか”と思って寂しくなった。」
「関ジャニ∞より長くSUPER EIGHTを続けたい。この5人であれば、この今世の”村上信五の人生”を全うできると思う」←おいおいなんてことを言うんだ…と胸がギュッとなってしまった

二つ言いたいことがあると安田くん。
一つ目は「デビューできてよかった」と。もしデビューできてなかったら、今こんな時間を過ごせてないから、と。加えて「デビューさせてくれた人に感謝してます」って。名前は出さないけど、誰のことかは分かっている観客。
二つ目は「生きのびて良かった」ということ。生きてなかったらこんな嬉しい気持ちになれなかった、命があることが幸せだって泣きながら急にそんなことを言いだしたので、終演後に同行者と「今日もしかして親御さんでも来てたんかな?」って話してたんだけど、実際、来てらっしゃったらしい。
初めて京セラでコンサートをした日、「ここで”Do you agree?”が流れるのか…」って呟いたっていう”ラッキーDo you agree?”の話も。
最後の方で「SUPER EIGHTを産んでくれた大阪、そしてそれぞれの都道府県…」と全都道府県まんべんなく感謝し出したのがヤスくんらしくてちょっと笑った。

大倉「デビュー当時は、せっかく全国デビューしたのに”大阪”っていうワードがついてまわるのが恥ずかしかった。でも今は”大阪”を誇らしく思ってる」…ありがとう!by大阪府民
「メンバーと毎年『今年が勝負や』と言い合いながらやってきて、その間にメンバーが抜けてたり、ヤスも死にかけたりしたけど、ファンのことを思うと止まることができなかった。ヤスは命懸けでステージに立ってるし、もうここまでくると、このグループでやってること自体が僕ら5人の人生そのもの」

丸山「このツアーはコンサート中にメンバーと目で会話することが多かった。そういうことは当たり前じゃない。以前はグループをいつまで続けられるのだろうか?って思ってしまうこともあった。でも、今はどこまでも行けるような気がしてる」

横山「15周年頃から活動に霧が出てきたような感じだった。20周年にはグループがどうなってるか全然わからなかったけど、名前が変わって、角が取れて、丸くなって、その分芯がしっかりしたような感覚がある」
「同じ時代に生まれて同じ時間を過ごしていることは運命だと思う。これからもこういう時間を過ごしていきましょう」

アンコールの衣装は、エイタメ冬の豹柄の衣装。まるちゃんがあの時みたいに片側だけ髪の毛を耳にかけていたり、大倉くんがサングラスを着用していたり、おいおい粋なことをしよるなと思った。残念ながら今の大倉くんにはあの衣装のサイズが若干いやかなり合わなかったようで、特にパンツに関してはずっとキツそうに苦しんでいたのがおもろかわいかった。

旅人のイントロで「今年もあの夏がやってきた。でもみなさん、今は夏じゃなくて…冬です!」と謎に冬の紹介をする大倉くんが面白かった。もはや冬のアンバサダーだった。

軌跡とキセキ。
例の名前リレーのところは東京3日目と比べるとだいぶ短かった。流石に長過ぎたものあの日。
あと、最後のメンバー紹介のところで、Peachさんがダイエット中なことをバラされていて地味に不憫だった。



【大阪/1月12日/京セラドーム】
<MC>
MCが始まると同時にトイレにかけこむ客があまりにも多かったため「20年もやったらファンのトイレも近くなるよね」と。←大きなお世話過ぎる
音姫の機能なんて使うか?という話。女は普通にめっちゃ使うけど、男は確かにどうなんでしょうね。
なんで「姫」なのかと性差に敏感なヨコ。大倉くん曰く「男子トイレは彦星でいいのでは」とのこと。…\TOTO〜‼︎/
それに続いて未来の便器の話から、おもらし時には大体トイレに行く夢を見るよねというあるある話。

お年を召したファンの方もいるので、特効の音なんかも心臓に良くないかもしれない、だから「◯◯秒後に音が鳴ります」的なお知らせをモニター等で出した方がいいのでは?という話。
美術館みたいにイヤホンして副音声でライブを楽しむのもアリなのでは→いや、ナシやろの流れが綺麗だった。
いろんな客層がいるうちのグループは、出戻りもOKという話から、途中「出戻りの人〜?」と客に挙手を促したりしていた。そこそこいた。
もはやなんでもアリやな。

昨日の公演にヤスくんのご両親が来ていた話。
ヨコ曰くヤスくんのお父さんは十数年前にビンタされた時のままで、「横山くん、大きくなったな〜」と言ってたそう。
安田「俺のオカン可愛いでしょう?」  
横山「オカンを勧めんなよ」
大倉「子供できたらどうすんねん」
横山「抱いてるやん」
の流れ、いろんな意味で流石やなと思った。

エイトにいろんな自己紹介を延々とやらされた大内リオンくんの自己紹介が最終的に「ライオンだよガオオォォ」になっていたのが面白過ぎて笑い死にそうになった。
その流れで自己紹介を振られたまるちゃんが「まるやま〜りゅうへいだよ〜?」とにしおかすみこのモノマネを引っ張り出してきた時は、さすがにこの人天才かと思った。
普通思いつかんやろ、令和7年ににしおかすみこは。

「10年後の今日の日も」の大倉くんの鈴は、抑揚と情緒がないトナカイ仕様。
大倉くん曰く「トナカイならあんなもん」らしい。

仕上がれでヒナちゃんが「日頃のストレスを俺らにぶつけてこい」みたいなこと言ってたけど、そんなこととてもじゃないけど申し訳なくてできません。
あと、途中どこかでヤスくんが「もっと愛されたい!」と言ってたので、ヤスくんのファンの人はもっとヤスくんのことを愛してあげてください。私も他担なりに愛します。

仕上がれからLIFEまでの無音だった時間が、いつの間にか挨拶とLIFEの曲紹介の時間になっていた。ここでも曲間でもヨコがあまり見たことない煽り方をしていて、すごく楽しそうだったな。


<挨拶>
村上「15周年くらいから、どうしたらいいか分からない時間が長かった。デビューして時間が経つにつれて、メンバーとの関係や各々のやりたい仕事の方向性が変わっていった。グループ名も、いろんな思いを込めてつけてもらった名前だったのに、使えなくなってしまった。それでも続けようと思えたのは、みなさんのおかげ」
「嵐と同世代だったので比べられることが多かった。コンサートを見に来た関係者から『踊れるんだね〜』と言われたりして、顔は笑ってるけど内心カチンときていた。」
「20年間続けてきた僕たちだけしかできない、その特権を最大限に活かしたコンサートができた。SUPER EIGHTで関ジャニ∞の19年を超えたいと思っている。ここから20年後…なんとか長生きして、一緒に過ごせるようにしましょう」

安田「20年後の60歳でも踊ってたい。不思議なもんで、40歳超えた今が一番踊れてるし、元気です。衰えていってるのではなく、進化していってる感じ」←確かにWASABIのヤスくんの躍動感ったらすごかったそれこそ元気の時以上に
「初めての試みなんですけど…」と真っ青だった客のペンライトを真っ赤にさせるヤスくん。これは、5人にも流れている血の色、って。
それに続き、会場をピンク一色にさせるヤスくん。「彼は早くに旅立ちましたが…」の言葉に漏れる苦笑。
そして黄色。黄色は赤い太陽に照らされているお月様の色。「あいつも自分なりにもがいて、人のために何かしようとしたけど、自我が強くて悪者になったこともあった。そういうところも全部含めて、メンバーみんなが愛した錦戸亮だった」って言葉を聞いて、本当に情が深い人だなヤスくんはと思ったのでありました。
とはいえ、ペンライトの色の話の後に口にしていた「今後技術が進めば、いつか黒い光も作り出せるかもしれない…」が面白過ぎて感傷的な気分は秒で一掃されたけれど。

大倉くん曰く、今回見にきた関係者からも「これほど客の声が揃ってるコンサートは珍しい」と言われたそうで、
「今日、めっちゃ盛り上がってるなーってドラム叩きながら他人事のように見ていた。ドラムってそういう位置なんです。僕を好きでいてくれる人には、近くに行けなくて申し訳ないけど」←大倉くん的に自分のファンはちゃんと別枠&しっかり特別扱いなんだと改めて実感して感謝カンゲキ雨嵐smile again状態だった
「自分が最後にグループに加入して、最初の頃は何もできなかった。その頃は"お客さんを盛り上げるのが上手い人たちだな"とお兄ちゃんたちを見ながら思っていた。今日コンサートを見ていて、お客さんもあの人たちにそうさせられた身体なんだなって思った」←十八祭に続き”他人から○○状態にさせられた身体”について実にセンシティブな人やなと思ったりした
「今はこんな豪華なセットを作ってもらってライブができてるけど、昔は会社からも好かれてないな、セットもしょぼいなってみんなで言い合ってた。でも、ドーム常設のモニターだけで頑張っていた日々が僕らを強くしてくれた。みなさんも、 悪い状況でも続けてたらいつか何とかなります!」
最後、既に3時間近く公演したことを謝罪して「まだもう少し続くよ!」と言って、終わっていった。
途中「timeleszのオーディション番組のせいで怖いイメージを持たれてしまっている…風磨に声かけられた時に行かんかったらよかった😢」って言ってたな。かわいいね。

初めて来た人たち、そうじゃない人たち、それぞれから声を募ったりウェーブさせたり、パーン!させたりするまるちゃん。「僕らは結局エイターに転がされてるんですよ。これからも、こういう風にやっていこうよ」って。

横山「すばるの会見のときめっちゃ泣いてたけど、あの頃のことを今こうやって話せるのは、今こういう景色が見れているから。この時間が、ずっと続いて欲しいと思った」
「抜けたメンバーともどこかで繋がってるって思ってるし、これからもお互い切磋琢磨して…綺麗ごとって言われるかもしれないけど、みんなが幸せになれたらいいなって」
「みんなとだったらまだまだいろんなことができるし、最後に花丸をつけられる人生を送れると思ってる」

この日の横山さんは、挨拶の時はなんとか耐えていたけれど「LIFE GOES ON」では結局感極まって歌えなくなる瞬間も。

アンコールの衣装は、8UPPERSのレインボーの衣装。でも、大倉くんの下半身はスウェットでもムートンでもなくて若干消化不良感があった。しかも途中からまたもやトイレ我慢モードに入ってしまい、なんでアンコール前に行けへんかったんやそのくらい待つのにと思うばかりだった。

この日も旅人のイントロで冬の紹介をしていた大倉くん。「みなさんよく考えてください!今は…冬です!」と冬アンバサダー。知っとるわ。

軌跡とキセキ。
例の箇所で、ヒナちゃんとの掛け合い中にヨコが大山田をサラッと「年下3人」って呼んでたのにちょっとグッときたんだけど、既に膀胱が不穏だったらしい大倉くんが必死に巻こうとしてたのが本当…!

最後の手繋ぎのところで、ヨコが「京セラの蓋が取れるくらいの声を出そう」って言った時にヤスくんと大倉くんが京セラの天井をめっちゃ怖がってたのがバカバカしくてよかった。

いよいよ尿意が限界だったようで、銀テープが飛び出して間もなく「お先!」と言ってステージから捌けていった大倉くん。ちゃんと間に合っていますように、いやむしろ間に合っていませんように…。



【大阪/1月13日/京セラドーム】
オーラスはいつも楽しみ半分、寂しさ半分。
今回は、何やかんやで夏から続いていたコンサート期間が終わってしまうということもあり、寂しさがいつもより2割増しだった。

オープニングの映像には「FINAL」の文字。上がる大歓声。
もう既に何度も見ているのに、いろは節での登場も、白い袴も、NOROSHI〜キン男における"関ジャニ∞"の送り方も、無責任の始まり方も、あおっぱなのダンスも、ズッコケのポケバイも、プリンの映像のさじ加減も、8UPPERSへの入り方も、当時を思い出さずにはいられないモノグラムも、夢列車の終わり方も、ソロ・ユニットの選曲&アップデート具合も、だってアイドルだもんからアグリへの移り方も、ドラムセットを一旦後ろにも持ってくるところも、絶妙なタイミング放り込んでくるcool magic cityも、アカイシンキロウで踊るヨコヒナも、浮世でファンサを一切せずに通路を闊歩するまるちゃんも、特攻服を着ると尼みが滲み出て止まないヤスくんも、どの曲でも誰より美しく誰より格好よく踊る誰より素敵な大倉くんも…、どれもが本当に漏れなく良過ぎて、改めて「ファンの妄想の産物のようだ…」と見ながらしみじみ感動していた。

<MC>
オーラスはやっぱり他の日とはちょっと違うという話。
まるちゃんが「オーラスっていうのもあって一曲目から飛ばし過ぎて途中何をやってるか分からなくなった」と言っているのに対してヨコが言った「それ、間違えたことの言い訳してるだけやん」は、ほんまにそやなと思った。
その流れで「マル、それビデオに残るで」と言った安田くんに「この時代に"ビデオ"て。」と突っ込んだ時の大倉くんの顔が意地悪で大好物なやつだった。

大阪弁の話。
ヒナちゃんは「マガジン」と「たかじん」のイントネーションが同じというそのワードチョイスにものすごく浪花を感じた。
誰かが言った「関西弁の男子ってモテるんかな?」という疑問に対して大倉くんが「俺らが関西弁だから良いんでしょ〜?」って即答したのが大好きだった。ホンマにそうなのよ。

横山「村上は、プロポーズで絶対愛してるなんて言わへんやろ?」
村上「言わんな…『一筆書いてくれへんか?』は言うかも。でも『愛してる』なんて言える?』
丸山「俺は言えるな」←即答
村上「お前は言うよな」
大倉「お前、別に彼女じゃなくても言いそうやしな。メイクさんとか。」
丸山「ま、頑張ってくれてるから(メイクさんが)」
この流れ、良過ぎた。

最近ヒナちゃんがどら焼きを食べてないとヨコが不満げに吐露。
それに対してヒナちゃんは「昨日、ひとつよばれました。」と。
それを聞いて「”よばれました”!おばあちゃんの言い方や〜😆」と嬉しそうな大倉くんが実にかわいかった。
ちなみに東京のMCで食べたどら焼きは、一時ファンが殺到したため買えなくなったそう。

今日のケータリングにはプリンとロールケーキがあったそうで、それを受けて
「おまえのええところはハムって食べるとこやねんから、プリンじゃなくてロールケーキ食べろよ💢ロールケーキの方がいい💢おまえは自分が思ってるよりはるかにハムっとして食べてるからな💢」と何故か執拗にロールケーキを勧め出したヨコの圧がすごかった。
そしてついに「ロールケーキ持ってきて!」と。

おそらく取りに行くついでにお花も摘んで来たであろう大倉くんがロールケーキを持ってステージに登場。「みなさん、並んだらダメですよ!…堂島ロールです!!」って。

「あんまり他人の目を意識するな!ロールケーキのことだけ考えろ!」
「ここもハムっとしてほしい」←自分がヒナちゃんに食べて欲しい箇所を指示していた
「いいぞ!よし!!!」
「うわあぁぁ〜ええなあ!」
…ヨコが周りを完全に置いてけぼりにして村上くんにロールケーキを食べさそうとする様が、もはや怖かった。
ちなみにこの最中、ヨコがずっと堂島ロールのことを「堂島ロールケーキ」呼びしていたのも地味に気になった。

しゃけこんぶおかかこと岡くんが東京公演で”すかしっぺ”をした話から、大倉くんが滝沢カレンの前で同じようにすかした屁をして、カレンちゃんが素で屁の臭いの出所を探していた話。この話が大好きなヨコが終始一人で大爆笑していた。

最終日、サンタはご機嫌で帰って行かれました。

四十路少年、10年前のオーラスと同じ「コンコンコンコンスタントにレディーガガ」を期待している客を尻目に「コンコンコンコンバンワ!アニョハセヨ!」という聞いたことがない一節を放り込んでくるまるちゃんと、10年前のオーラスと同じ「30代最後の四十路少年でした。」という台詞を言って曲を締める大倉くんのコントラストよ。

「本気で音楽しましょう…本気でかかってきてください…」と、なんか見たことない感じで聞いたことない感じのことを横山さんが言い出して、そのままズッコケ、仕上がれへ。
この日はセンターステージ前の席だったので、バンド(2回目)の最中はほぼ前方、メインステージを見ていたのだけれど、ヨコとヒナちゃんが背中合わせでギターとショルキーを弾きながら歌っている光景には、目前ということもあって流石に目が釘付けになってしまった。なんか、最後にものすごいものを見てしまったというか、なんか、最後にご褒美をもらった感があったな。
アウトロになっても、歌声やドラムがなかなか鳴り止まなくて、なんかこう…音の渦?グルーヴ??みたいなのが会場内に充満してるみたいに感じて、なんか…すごかった。
この日の仕上がれは、十五祭のオーラスを超えたのでは?どうです??

最後のLIFEのアウトロのドラム、大倉くんは名残惜しそうに延々と叩き続けていて、全然止めようとしなかった。
観客の拍手も、なかなか鳴り止まなかった。


<挨拶>
「みなさんとも長い付き合いになりました」とファンに向けて言ったのちメンバーについて触れ出したその瞬間、一気に涙が込み上げて喋れなくなってしまったヒナちゃん。
「20年を振り返ると、嬉しかったことの方が多い。人生は何があるか分からないけど、今日ここに5人で立てたことが自分にとっては幸せなこと」
そして、「先輩の福原くんが、コンサートを見にきてくれて…」と口に出した瞬間、これまた堰を切ったように泣き出すヒナちゃん。
「『これから何があっても続けてな』って言ってくれて…15周年くらいから、周りの人も僕たちに無責任に「続けて」って言いにくい、そんな空気を感じてた。でも、もうこの世界から離れてはいるけど、素直に『続けて』って言ってくれる先輩がいたことがありがたかった」
「ここまで来たら、しんどいとかそんな理由でやめるわけにはいかない。ずっと自分には根拠のない自信があったけど、それが確信に変わった。今からの20年は、きっと難しいことの方が多いと思う。でも、今までの20年だって乗り越えられなかったことは無かったので」って。
今ツアーは、今まであまり明確に聞けなかったヒナちゃんのいろんな気持ち、特にグループに対するポジティブな思いが聞けて、なんか、有り難かったな。5人になった直後は「5人でやりたいことなんかない」とか「楽しみなんかない」とか、とりあえず続けることだけがモチベーションで、そこにあまり感情が乗っていない気がしたから、今回はそうじゃない言葉がたくさん聞けて嬉しかったな。

安田「20年は早かったですか?短かったですか?」
「とある人が言ってた言葉を伝えたいです」と言ったあと、突然英文を口にしだすヤスくん。” 何になりたいかは知らなかったけど、何になりたくないかは分かっていた”みたいな一節だった。
「素敵なグループはうちにもよそにもたくさん居るけど、僕らは『このグループは一年に一回は見たいなあ』と、ファンじゃない人もそう思ってくれるような、そんなグループになりたい」
最後、「僕からの思いを届けます」と言い、カメラに少し下を映すよう指示を出すヤスくん。いったい何をするのか身構える客。すると、突然トップスの服を捲り出し上半身が露わに、そして乳首にはハートのニップレスが。ざわつきまくる客。そしてそのまま退場。最後までめっちゃ変な人だった…!

現れるや否や「すみませんでした」とヤスくんの奇行を代わりに謝ってくれた大倉くん、和菓子の甘みより優しかった。
「このコンサート、長いなーと思ってたけど、終わるの早かったな。燃え尽きて、空っぽです」
「会場にいる人も(Blu-ray等の)映像で見てくれてる人もありがとう。あなたたち一人ひとりがいたからここまでこれました」
「ここ数年は、試練のようなことばかりだった。でも、立ち止まってしまうと次が踏み出せなくなってしまう」から、先に進むしかなかったということなのかなと思った。錦戸さんが抜けた頃も同じようなこと言ってたしね。
そんな試練まみれの日々の中、「つらくても、カメラを向けられると泣けなかったり」…って言ってたけど、多分渦中では直面してる仕事と先々に控えていることに対応するのに必死で、その現状について精査したり咀嚼したりする時間すら無くて、一昨年の夏以降あたりは大倉くん自身も今現在置かれている状況がよく理解できていないような感じだったのかなと勝手に想像したりした。
「あるとき、一人でお酒を飲んでたら泣けたんです。あ、俺つらかったんやって。…でも、こうやってみんなが笑ってくれてる顔を見たら、そういうのも全部報われたなって」
「ある曲で僕らの旧グループ名が出たけれど…これが会場に来たファンにだけ向けてっていうならいくらでもやれる。けど、この映像が世に出て、ファンじゃない人がそれを見た時に、何を言われるか分からないし、どんな伝わり方をするかも分からない。でも、ファンのみんながこれを良しとしてくれるなら、それで良いって思った」
「ぼくらの真意が電波やスマホを通してだと伝えられない、今はそういう時代。だから、ステージでちゃんと伝えたかった。何も捻くれた気持ちはない。でも…"関ジャニ∞“という名前が大きくなればと思って僕らが頑張ってきた日々が、やってきたその仕事の一つ一つが、嘘になるのが嫌だった」って、もう、福岡初日の時みたいに笑って誤魔化してなんとかなるような状態じゃなくて、なんか子供が泣き過ぎて引きつけを起こすみたいになりながら言葉を発する大倉くんを見ながら(一言一句逃さず見聞きしたいこちらとしても無防備に泣くわけもいかず)ただただ、辛く、堪らない気持ちになった。
そういやいろいろあってここ数年すっかり忘れていたけど、この人は私がファンになってからずっと、終始一貫してソロ仕事も全てグループのため、グループが大きくなることに貢献するためっていう、そういう人だったということを改めて思い出した。そこまで心血を注いできたグループの名前を変えることは、こちらが想像もつかないくらい、それこそ今までの人生を全否定されたような感じだったんだろうなって。
「19年間、8人で頑張ってきたこの日々は、嘘じゃなかったと思ってる」と泣きながら言い切ってその直後にどこを見るともなく天を仰ぎ「はー…疲れた。疲れたな………」とつぶやく大倉くんを見て、私はもう、大倉くんへの慈愛が溢れに溢れて、このままその慈愛で京セラの蓋が外れてしまうかと思った。
「もうゆっくりでいいかなって。こういう(広いドーム一面のペンライトのような?)景色は素敵だけど、ずっと楽しく笑ってる方がいい。もう、どこでもいい。また何かしたいと思えた時に」
そして「…ああ…良かった……」と消え入りそうな声で溢す大倉くんを見守りながら、もうこれからは…まあ前からそうだったけど、よりいっそう、大倉くんにはただひたすら平穏無事かつ健やかで幸せな日々を過ごしてくれればそれで良いと心から思ってしまった。
「みんな一人ひとり、4万5000通りの人生がある。それぞれの人生に僕らを参加させてくれて、いろんな事情がある中で僕らを応援してくれて、その一人ひとりが僕らをここまで連れてきてくれた。ここ(目前のアリーナスタンドあたり)でも、ここ(スタンド最上段)でも……料金が一緒でごめん😭」←爆笑
「これがうちの会社の文化。どこでも楽しめるライブをこれからもやっていきます。」って。
なんか、この日実感したのは、"関ジャニ∞"へのこちらが計り知れない思いと、ヨコが何度か言っていたようにもの凄い覚悟と決意のもとこのコンサートを作ったんだなっていうこと、それと、足を運んでくれたファンに対しての集合体のそれではなく、一人ひとりを思いやり、一人ひとりへ想いを馳せ、一人ひとりに対して有り難く思っているんだなということ。 あとは…今は本当に空虚なんだろうな、と。
少しでも、ゆっくりできていたら良いな。

「いい機会なんで振り返ります」と朝日放送でオーディションを受けた話から、出会いと変遷を順を追って話し出すまるちゃん。ファンならまあまあ知ってるやつ。
メンバーと初めて出会ったときの思い出を時系列で。初対面のヨコはスターの風格で、ヒナちゃんはとても優しかったんだそう。
「その時から…僕たちは始まってたんです」と、涙を堪えながら。で、このタイミングでそういう話をした理由は「初めて来た人にも知って欲しかった」からなんだって。
「内、何年か前に飲んだよ。『まるちゃん、大人になったね』って言われた」
「ネトフリで見たもんすばるくん。あと、最近踊ってるよね」
「ヘドウィグでZeppを回ってるとき、亮ちゃんのサインを見つけたり。そうやって僕らは、今も繋がってる。」
和やかかつ軽快にそんな話をしていたまるちゃんの表情が、急に険しくなった。
「…僕は、辞めたメンバーの名前を出したらダメとか、辞めた人のメンバーカラーはつけたらダメとか、そういうのが大嫌いなんです。でも、もしかしたらこの中に、この話を聞いて心が抉られる人もいるかもしれないし、こういうことを話すことで、メンバーに迷惑かかるかもしれない。でもごめん、今日だけは許してください。」って涙を浮かべながら。
まるちゃんは、20年目も本当に本当に優しい人だな〜と思った。でも、もっと自分も大事にしてくださいねと思うばかり。

横山「メンバー抜けたのは辛かったし、グループ名が変わるのも嫌だった。心が折れそうな時もあったけど、時間が経って、気持ちも整理できて、やっとこうやって話せるようになったってことなんだと思う。脱退した時は、抜けたメンバーに対して『絶対負けへん』とか思ってたけど、今は活躍してるのを見ると、嬉しいなって思えるようになったし、もし何かあったら助けたいとも思ってる。もちろん4人に何かあっても助けるし、俺ができることがあれば何でもするし、そばにいたい。オカンが死んだ時に『俺らが横山くんの家族にならな』って大倉が言ってくれたことを今も覚えていて、感謝してるから」
「当たり前も永遠もない、でもこの5人だったら、信じてもいいかなって」
少し間があって、「こんな時じゃないと感謝の言葉なんて言われへんから…」と。
「村上さんは、ずっと隣にいて自分を支えてくれてたんやと思う。彼がいたからグループがここまで大きくなれた。…これからも、よろしくお願いします。」…ヨコヒナを”夫婦”呼びすることについてあまりしっくりきてこなかった私ですら、これは流石に夫婦にも程があるなと思った。
「大倉は1番グループのことを考えてる。相当な覚悟でこのツアーを作ったと思う。大倉は自分のソロをBステ(バクステ)でやってるんですが、普通ソロとかってメインステージでやりたいと思うんです。それやのに、自分のソロはBステでいいやって遠慮したと思うんです」←暗闇で首を横に振る忠義
「大倉がいたらグループは大丈夫やなって思う。これからも、よろしくお願いします」
「……自分から始めたけど、これ全員分言わなあかんの?!」と言い出すヨコ。そりゃまあ言わなあかんやろとは思った。
「ヤスくん…元気?」に対して、暗闇から「元気です」と答えるヤスくん。「それが何よりです」とヨコ。「札幌で二人で飲んだ時、まっすぐな目で夢を語ってきてくれて嬉しかった。不器用な年上ですが、これからもよろしくお願いします」
「マルは器用で、グループが暗い時も自分から矢面に立ってくれる。マルがいてくれてるから、僕らのパブリックイメージが明るいものになってるんだと思う。これからもマルに頼ることはあると思うけど、よろしくお願いします」
お客さんに向けては「ズッコケの時”かかってこい”とか言ってごめんなさい」って。

ヨコがLIFE GOES ONを歌う前に毎回言っていた「今まで僕らに関わってくれた全ての人、スタッフさん、エイター、そして何よりSUPER EIGHTのメンバーの未来が幸せでありますように」という言葉、これといって触れませんでしたが毎回グッと来ていましたよ。

LIFE GOES ONの最後、東京公演の3日目みたいに全員が固まってギュッとしていたんだけど、メインステージとセンターステージの間に居たから目に入ったのかもしれませんが、最後の方でヒナちゃんが左隣のまるちゃんの更に左のヨコの背中に手をやっているのを見て、さすがの私も涙ほろりメロディー状態でした。

最終日のアンコールの衣装は、大方の予想通りデビューの時のあの法被。
「今年もあの夏がやってきた。でも、あの夏って…人によって違うと思いませんか?」と冬アンバサダーから問いかけられてしまったけど、それはまあ、そう。

軌跡とキセキ。
例の箇所で、たまたま近くにいたヒナちゃんがヨコにものすごい笑顔で絡み出した。
横山「着いて来んでええねん」
村上「せっかくやし」←めっちゃ嬉しそう
横山「せっかくやしって…」
村上「”これからもよろしく”って言ってたし」←めっちゃ嬉しそう
…このあたりは翌々日のワイドショーでも結構ちゃんと流れていましたね……。

例の名前をリレー的に呼びかけるところのオーラス的正解が分からず「どうするん…」と困惑する5人。
東京と同じく、”ヒナマルやっさん大倉横山くん”後に、エイターに「行くぞ〜」のパートを与えようということになり、それを踏まえて「みんなが言うのは、『なーにー?』じゃないよ〜」と全力で(ネタを)振りならがも、お約束通りに「なーにー?」で声を揃える観客。
「この20年で学んだんやな…」と感心しつつ、5人と4万5,000人との馴れ合いの時間が延々と続く。
いい加減に〆ようとするエイトに対して、軽くブーイングが起こり、それに対して「別料金になりますよ!?」と脅迫しながらもまったく動じない45,000人。
その様子を見て「経済力!」と叫ぶ大倉くん。「みんなしっかり大人になってんな…」と感慨深そうなエイト。
ま、あの頃は学生だった自分もいつの間にか管理職ですからね…。

最後、「僕らはこの町で大きくなりました、大阪にも大きな拍手を!」という言葉と共に大阪にも拍手ができて、大阪府民的になんかちょっと嬉しかったな。

ダブルアンコール。
「どんなん欲しいの〜?」とヨコ。
声に応えて出てきたものの、「みなさん、もう結構な時間やってますよ…」と。ま、それはそう。
東京の時は全力で拒否された一本締めを一応やってはみたものの、やっぱり締まらないので歌を歌おうということに。
「みんなで大合唱をしたいからオケの音量を下げてみんなで歌ってみない?」とヤスくんから提案が。
流れ出したのは、まあ想定通りの「無限大」。
例によって「友情!真実!」と始まるわけなんだけど、AメロもBメロもサビもエイト側はほぼ歌わず、こちらがその殆どを歌うことになり『いや、まあ確かに歌えるので歌いはするけど、なんなんだこれは…』と思いながら、謎の時間を過ごした感があった。

曲が終わって、またもやヤスくんから唐突に「5人からみなさんに"愛してる"という言葉を伝えたいので、みなさんはそれに返してください!」という実にふんわりした提案が。先の謎過ぎる無限大のこともあったので、これ以上この人にイニシアチブを取らせない方がいいのでは…と思わないでもなかった。
5人が同時に、しかし声を揃えることもなく”愛してる”的なことを言った後、それに対して思い思いに好きな言葉を返す4万5,000人の観客たち。当然、声は揃うわけもなく、またもや謎な時間が過ぎていった。
横山「村上さんは何て言ったんですか?」
村上「それは、”ビデオ”で確認してください」
…なんて綺麗なオチ!!!!!

「明るい未来を作っていこうと決めた5人です。人生は続きます。これからもSUPER EIGHTをよろしくお願いします!」という言葉で、二十祭は全公演無事終了しました。



あーーーーー、本当に徹頭徹尾いいツアーだった!
そしてなんとなく、SUPER EIGHTが0歳のうちに書き(打ち?)上げられて良かった。

明日はバニラモナカジャンボでSUPER EIGHT1周年のお祝いでもしますね。
こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします。