暇記

カキーン

2015年からのことについて綴る。

結局2018年のうちに仕上げることはできなかったな、っていう。
まあ諸々忙しかったこともあるけれど、近年になればなるほど筆…じゃない、打つ手が進まなくなってしまったのが正直なところで。
”思い出”として記すには、楽しさも悲しさも未だ鮮度が良過ぎるのだ…と遅筆の言い訳終了。




2015年。
泥酔した大倉くんがゲーム機のボタンにチーズを詰まらせたことでお馴染みの関ジャニズムツアーも無事に終わり、すばるくんはソロデビューシングル「記憶」と映画「味園ユニバース」のプロモーション活動へ。

ソロツアーの初日は難波のレジャービル味園の「ユニバース」で。まるちゃんが見に来て終演後こっそりバラを一輪置いていったのも確か此処。
味園ユニバース」は日本で公開される前にロッテルダムの映画祭で上映され、それに合わせてすばるくんは現地で取材を受けたりあとストリートライブも決行した。
そのオランダのストリートライブの映像をマネージャーから送ってもらって見たヒナちゃんが「あの感動はファンには分からない、僕だけのもの」だと目をキラキラさせながらIf or…のカーテンコールで話していたのが私は今も忘れられない。
多忙だったヒナちゃんは、このタイミングしかないからとすばるくんのソロ公演をわざわざ名古屋まで見に行ったそう。
すばるくんのことを人として友達としてメンバーとして全力で敬愛していたヒナちゃんは、すばるくんが歌を味方に立派に一人で立っている姿を見て、いったいどれほどの思いだったんだろうか。
そして、そのすばるくんからグループから抜けたいと言われた時のショックは、どれほどだったんだろう。
ファンごときにその思いはそりゃ、絶対に分からないよね。

映画公開日には早朝からのプロモーション活動。すばるくんはあまりにも無愛想で、無愛想すぎて後からマスコミに向けて謝罪文を書かされる羽目にまでなっていた。
ああ、そういえばこの人はこういう危うさがある人だったなと久しぶりの感覚を覚えたりもしたけれど、世間からすればいい大人が何してるんだという見られ方をするのは当然で、結果的にそのしわ寄せは全て本人に行ってしまうのだからもっと割り切って狡猾に立ち回ればいいのにと思わないでもなかった。

前年にBSの「The Covers」という番組に出たすばるくんを指して「うちのボーカルかっこいい」と言っていた大倉くんは、すばるくんが一人で出たMステもちゃんとチェックしていた旨ラジオで触れていた。味園ユニバースのことも積極的に宣伝していて「うちのメンバーすごい」と何の照れもなく言い切っていたことを覚えている。
フラフラの時とはまったく異なる気持ちですばるくんのソロワークを楽しみ応援している大倉くんに安心しつつ、それが素直に嬉しかった。

味園ユニバースは、公開日から合計4回見に行った。「100回泣くこと」ですら2回だったのに。
別に悲しいシーンでもあからさまに感動的なシーンでもないのに、最後の歌のシーンから涙が止まらなくなりエンドロールの「記憶」を聞きながら人目もはばからずドバドバと泣いてしまった。
なんであんなに泣けてしまったのか今でも不思議なんだけど、多分映画の中の”ポチ男”とこの映画をやりきった”渋谷すばる”二人それぞれに対して感極まってしまったんだと思う。
本当に、いい映画だったな。

3月、3年半続いた仕分け∞が終わり、5月から関ジャム完全燃showがスタート。
迷走期を終えた後の関ジャムはひたすら良い番組で、この番組によるスパルタ音楽教育のおかげでエイト各々の楽器スキルや意識が明らかに変わったのは本当に良かったけれど、結果的にこの番組がすばるくんの音楽への衝動に火をつけてしまったその要因の一つになったのかもしれないなぁと思わないといえば嘘になる。
でも、それでも、この番組が始まったことはエイトにとって本当に良かったと思うな。
これからも極力長く続きますように。

この年の春、突如現れた「キャンジャニ∞」。
戦隊ヒーロー、同じ孤児院で育った始末屋ときて、まさか女子アイドルとしてのパラレルワールドまで提供される日がくるとは…とあまりにも斜め上の展開に衝撃を受けた。
もともと顔が整っている7人だから女装しても普通に見られる仕上がりになっていたけれど、その中でも”すば子”の凛とした美しさは高貴ですらあった。あの人、もともと四肢も若干女児みたいだしね…。

夏、関ジャニ∞リサイタル「お前のハートをつかんだる!!」開催。
私は三重と福井へ。
個人的にリサイタルは「近い」以外の利点がほぼ見られなくて大賛成とは言い難いものがあり、このブログも当初はそのリサイタルについて遠慮なく突っ込みたいがために作ったのであったことをふと思い出したので、当時のことについて興味のある方はこちらをどうぞ。

関ジャニ∞の元気が出るCD」が発売。特典が両方とも異なるベクトルで強烈で良かった。
すばるくんと安田くんと錦戸さんと大倉くんの4人のツーリングを映像に残してくれて本当に良かったなって。これはもう今後絶対に見られないものだから。

11月23日、テレ朝のドリームフェスティバルに出演。
実はエイトが出るか分からない時点で別の出演者目当てにチケットを取っていたので幸運にも見れることに。
エイトはトップバッターだった。
私の周りにはエイトのファンらしき人はほぼ居なかったのだけれど、ああいうアウェイの場でも臆せず堂々と場を盛り上げているのを見て、もしかしたら今は彼らの過渡期でその一端となったのは前年一人でこの場所に立ち今年一人でツアーをやり切ったすばるくんなのかもなと思ったりもした。

この年の年末、エイトはFNS歌謡祭に出演した。
前年は別スタジオで数多のグループと同じone of themといった形での出演だったけれど、この年漸く飛天の間に招かれることとなった。
なぜかエイト(とKAT-TUN)は長年FNSから声が掛からなくて、いつかもっと売れて出られる日がくればいいなと長年思い続けていたので、前年に出演が決定した時は素直に嬉しかった。
この年に歌ったのは「前向きスクリーム!」と「ズッコケ男道」。飛天の間に不似合いな盛り上げ要員としての役割を全力で務めていた。

12月から「元気が出るLIVE」ツアーがスタート。
このツアーはとにかく後に映像化されたソフトの出来が最悪ではあるものの、セットリストも内容も個人的にはとても好きで札幌で初日を見届けたあと「今回は行けるだけ行こう!」とはじめて福岡にも遠征した。
ヒナちゃんのピアノで「渇いた花」を歌うすばるくんを見て、二人とも出会った当時はこんな未来なんて微塵も想像してなかっただろうなと見るたびに胸が震える思いだった。
LOVE & KINGではエイト6人がバックダンサーを務めていたのだけれど、すばるくんがストリートダンスをする姿が見慣れなすぎて&想像以上にちゃんと踊れていて、ものすごく高揚したのを覚えている。まあこれも映像としては残っていないんだけどね…とはいえ、なぜ残っていないかってそれは大倉くんのせいでもあるのでなんともこう、強く言えないところもあるんだけども。

年末、この年も紅白に無事出場。ものすごい派手な衣装を着て「前向きスクリーム!」を。あのキムタクパイセンも前向きを踊ってくれてたんだようれしいね。
ジャニーズカウントダウンにも久々に復帰。エイトは「大阪ロマネスク」と「Cha Cha Chaチャンピオン」をチャンピオン姿で歌っていて最高だった。
そして、ファンが選ぶ一夜限りの”夢のユニット”リクエスト投票数一位として、すばるくんはタッキーと二人で「明日に向かって」を歌っていた。
この年、この二人がこういう選ばれ方をしてそれがちゃんと記録・映像として残ったことは、今となっては本当に良かったなと思うし若干運命的なものも感じてしまう。


年が明けて2016年。
最終公演で例の忠義腸閉塞事件が起こる。ま、詳細は映像化されているのでそれを見ればいい…と本心からはとてもじゃないが言えないけれど、まあ一回くらいは見てみてもいいんじゃないかな。ソフトは確か限定生産だった気がするけど、今も売ってるやろ多分きっと。

あの日に感じたことはこちらに記しているので興味がある方はどうぞ。
結局7人が「ずっと一緒」にはいられなかったけど、あの日すばるくんが涙を流しながらこちらに向かって語りかけてくれた言葉に決して嘘はなかったと今でも思えるよ。後日発売されたDVDでも、すばるくんは泣いているファンのことを一番に気にしてくれていたねそういえば。

2015年の瀬にすばるくんの二回目のソロツアー決定のお報せがあった。
最終地は両国国技館。すばるくんのライフワーク的にこれからも年一回ソロツアーはやっていくのかなぁとこの時は思った。
私はZeppなんば(と言いつつ大国町やないかZepp大国町にしろってまじで)公演へ。
前回のツアーは外れたので、すばるくんのソロ公演を見るのはこれが初めてだった。
ユルい顔認証を経て入場。もう10代のころのようにモッシュやダイブを許容できる体力が自分自身にあるとは思えなかったので、前方の比較的人が少ない場所に移動して公演を見た。そういえば、ジャニーズWESTの重岡くんと室くんが客に紛れて普通に見に来ていた。
公演自体は、兎に角”渋谷すばる”が堪能できたなっていう。すばるくんの歌が好きな人にとっては堪らない空間だろうなと思った。
公演中、すばるくんがお客さんに向かって「『Zeppにジャニーズのアイドル見に行った』って言ってやれ!」と煽っていたことを覚えている。
この時に限らず以前からすばるくんは時折自分がジャニーズタレントであること・アイドルであることをこれ見よがしに誇示、主張していたけど、もしかしたらそうやって公言することで自らを追い詰めて、この場から去りたい衝動を必死に抑えていたのかも…と今となっては思わないでもないけれど、人の本心ましてや虚構の権化のようなアイドルのそれなんて分かる由もない。
でも、このころはまだ”関ジャニ∞に所属してアイドル業務をしつつ自分のやりたい音楽をやる”という状況を、すばるくん自身が楽しんでいてこれからもそのバランスをうまくコントールできるだろうと勝手に思っていたんだけどなぁ。

春にヒルナンデスからヒナちゃんが卒業。
別に”ヨコヒナ”がこの世から無くなったわけではないのに、何故か無性に寂しい春だった。

この年の夏にも昨年と同じくリサイタル開催。
大倉くんが腸を詰まらせて以来のステージであったとはいえ、リサイタル自体の感想は去年とほぼ同じだったな…。
今後も6人でリサイタル、やったりするのかな…やらなそう……。

「NOROSHI」が発売。
和装&バンドという「この仕上がりが嫌いなおたくなんてこの世にいます?!」的ビジュアルでPV撮影&プロモーション&年末の音楽特番出演。
FNSでは生田斗真さん主演の作品の主題歌として生田斗真さんもエイトと一緒にキングオブ男を歌っていたのが、なんだかとてもグッとくる光景でありました。

冬には久しぶりにアルバムを引っさげないツアー「関ジャニ’sエンターテインメント」がスタート。
誰の腸も詰まらず7人全員がちゃんと揃っていて、すばるくんが抜ける意思を固める前かつ安田くんの病気が露見する前のこのツアーは、彼らにとって最後の何の綻びも無い時間だったのかもしれないなと今になって思う。勿論実際のところは分からないけれど、去年の7月ごろ何度も「この時に時間が戻って欲しい」と思ってしまったのも事実であって。
格好良さも可愛さもそして30代の大人の色気も、全てが包含された良いツアーだったな。

NOROSHIのプロモーションの中盤〜ツアー開始頃から、すばるくんの雰囲気がぬるっと変わったことをぼんやりと思い出す。
一年半前では考えられないくらいに髪型が整然としだし、単純に見た目が小綺麗かつ可愛いくまた格好よくなった。
そして、時折醸し出される荒さとか痛々しさがぱったりと失せて穏やかで柔らかく不自然なほど品行方正になった…ような気がした。
個人的にあえてそうしているであろう乱雑な身なりや彼の危うさを疎ましく思う部分も正直あったから、何か心境の変化でもあったのかなまぁ大人になったということかなと当時はその変化を明るく捉えていた。
アイドルらしい所作を見せるたびに上がる黄色い悲鳴、それまでそんな分かり易い姿をあまり見せなかったというギャップもあって、公演を重ねるにつれ客が彼に対して期待と思いを強くしていくのを肌で感じた。ので、その点を当時ブログに書いたりもした。

「あゝすばるくんは絶対的センターでメインボーカルで赤を纏うべき人で、ルックスも挙動も全てが人並みはずれた魅力に溢れている完全にそういう星の元に生まれてしまったまさにアイドルに成るべくしてなった人なんだな」と改めて痛感したツアーだった。
一方で、その身なりと挙動と若干の歌い方の変化に違和感を感じていたのも事実だった。でも、その違和感を気のせいだ加齢だ心境の変化だと言い訳をし、見て見ぬ振りをした。
すばるくんらしいがなるような歌い方も…それこそオモイダマの落ちサビで声を張り上げて歌うことも、この頃からあまりしなくなったなぁ。
あと、これと同じ時期では無いのだけれど、2017年の後半くらいからすばるくんのレンジャーに違和感…とまでははっきり言い難い、本当にささくれのような些細過ぎるそれを覚えるようにもなったりした。
なんというか、読んでいるこちらを煙に巻くような、可愛さで本音を覆っているような、そんな文章が続くなぁと思っていたのは確かだった。
あゝ、なんて楽観的だったんだろうかあの時の自分は。

それはさておき、このツアーにおけるすばるくんの「なぐりガキビート」の曲紹介が本当に可愛くて、毎回見るのがとても楽しみだった。ネジ巻き仕様のオモチャみたいな可愛さがあった。


明けて2017年。「なぐりガキビート」が発売。
その「なぐりガキビート」の新春特盤にすばるくんがプロデュースした”新年会”の模様が入っている。
とても興味深い仕上がりで、私もそれを見た際ここに諸々を書き記したりもした。
この映像の中で、すばるくんは「それぞれが改革を起こさなれければ=一人一人が変わらなければ」と言っていた。関ジャニ∞の未来を思い6人の前で熱く語っている一方で心の内では脱退が過ったりしていたんだと思うと軽く人間不信になりそうな気がしないでもないけれど、多分この時点では、グループを辞めて1人になるかグループとして7人揃ってステップアップするかですばるくんの中でまだ迷いがあった…と思いたいな。
で、グループとしてのステップアップの一つとして数ヶ月後彼らは初めて野外ロックフェスにも出たりもしたわけだけど、それがあったからこそ余計に音楽を突き詰めたくなったのかあるいはグループであの場に立ってみたもののしっくりこなくて結果的に辞めようと思ったのか、それともすばるくんにとってそれは然して意味のない出来事だったのか…、ま、今となっては分からないよね。
でもなぁ。その後メンバーから”まるちゃんがエイトがフェスに出たことを知らせるネットニュースを満足げに見ていた”ことをバラされていたけど、メンバーは皆目新しい光景と状況にそれまで経験したことない充実感を感じたのは事実だったと思うんだよね。それこそ、自分たちの今後を見据えられたりもしたのかもしれない。そして、イメージする漠然とした未来にはきっと真ん中にすばるくんがいたと思う。
今、6人はどんな未来を思い描いているんだろうか。

その新年会のすばるくんによる鼓舞が影響した…とは別に思わないけれど(∵仕事なんてだいぶ前から決まってるんだろうし)、2017年を思い返してみるに、ヨコはジレッタでミュージカルに挑む一方ananで美しい裸体とエロスを晒し、ヒナちゃんは27時間テレビの司会をやり切り、まるちゃんは泥棒役者で映画主演を果たし、ヤスくんは俺節で素晴らしい芝居と歌を披露して、錦戸さんは日テレで初の連続ドラマの主演を務め、大倉くんはずっとやろうとしなかった舞台で主演を務め…、正直すばるくん以外の6人はそれぞれ各々が個人のお仕事で新しい一面を見せられた一年だったように私は思う。だから、会見の後「特典で革命云々と言っていたのに6人がそれをできなかったからすばるくんは見限って抜けたんだ」というアクロバティックな持論を展開されている方を目にして、正直白目を剥きそうにもなったりした。私自身はまったくもってそんなことは思わなかったので。

初夏にアルバム「ジャム」発売。
豪華な作家陣に加え、まるで職業作家のようにニーズに合った曲を作る安田くん、相変わらず私小説のような曲を書く錦戸さん、とにかく人間臭さを曲にするすばるくん、三者三様の曲が一緒くたになったカオスなアルバムであり、まさに7人としての集大成的アルバム。
7人のこと、グループのことを歌っているように聞こえた「今」も「青春のすべて」も、4月15日以降聞こえ方がまるで変わってしまった。

すばるくんが参加した最後のツアー、「関ジャニ’sエンターテインメント ジャム」が開始。久しぶりに初日に足を運ばなかったのは、今思えばあまりにも楽観的過ぎたんだろうな。
夏へと移行したドームツアー、個人的には冬に戻して欲しいと思って止まない…。

当時もそうだったけれど、こうなってしまったからこそ余計にこのツアーのトピックは「Answer」と「ノスタルジア」に尽きてしまう。
それほど深い思慮があって決まったわけではない”3人”と”4人”のユニットが、これほどまでに意味を持つようになるなんて、たった一年半前のことなのに思ってもみなかったなぁ。
3人が3人じゃなくなってしまう前に、3人のユニットが見られて本当に良かった。間に合って良かった。だって、もう二度とあの3人で歌って踊る姿は見られないのだから。
Answerの映像はもちろんツアーメイキングもこのユニットについて語る言葉も、今となっては全てが宝物。すばるくんも、最後のユニットがこの3人ならば何の悔いもないだろう…と思うけど、唯一大倉くんとだけペアを組まなかったことについてはちょっとだけ後悔していて欲しいな(苦笑)。

すばるくんのアイドル的所作はこのツアーでも続いていた。
「NOROSHI」「DO NA I」では目配せに毎度黄色い歓声が上がっていた。
「Sorry Sorry love」「WASABI」「えげつない」の歌って踊りまくる怒涛の三曲、すばるくんはまったく手を抜くことなくしっかりと踊っていた。でも、それが逆に違和感であったりもした。
最終公演の福岡二日目。「応答セヨ」Cメロのすばるくんと大倉くん二人の声の重なりがとてもきれいで、印象的だった。まさかこれが最初で最後になるだなんて、あの時は夢にも思わなかった。

11月15日、7人として最後のシングル「応答セヨ」が発売された。7人の強い目が並んでいるジャケットがとても素敵だった。
カップリングの「Sweet Parade」のPVで老いたメイクを施された7人を見ながら、きっと現実でもこんな7人を見る日がいつか来るんだろうと何の疑いもなく思った。
「Street Blues」の安田くんにはちょっと驚いた。俺節以降、安田くんの歌声は本当に変わった。太く強く、より心に響くようになった。こんな歌を歌える人が普段は上ハモに徹しているという事実に改めてグッときたりもした。
通常盤にはすばるくんが作詞作曲プロデュースをした「コーヒーブレイク」という曲が入っている。
すばるくんがこの曲をグループに持ってきたのを知ったとき、錦戸さんは嬉しかっただろうな。この曲がコンサートで聞ける日は果たして来るのだろうか(権利関係的な意味でも)。

年末。
長年縁がなかったFNS歌謡祭で、エイト一人一人がそれぞれ個別に他アーティストの方とコラボレーションさせてもらうことになった。
長い年月をかけて錬成した音楽という武器を手にあの場所で堂々と戦う7人がファンとして誇らしかった。虚勢でも自己暗示でもなく、本当に「最高で最強」になったんだなとテレビを見ながらしみじみ思った。
番組の最後、上手い歌い手ばかりが並ぶユニットの一人として「糸」を歌いあげるすばるくんはひたすらに格好良かった。
ずっと見たくて、でもきっと見られないだろうと思っていたものがついに見られたような気がした夜だった。

この年も紅白歌合戦に無事出場。歌った曲は「なぐりガキビート」。ヨコがセンターだった。
その後カウントダウンコンサートにも出演。結果的にこの日…2018年1月1日が、関ジャニ∞としてすばるくんをこの目で見た最後の日になった。
座席がセンステの近くだったので、放送されていない時間にもエイトが近くにいることが多くて有り難かった。すばるくんがまるちゃんや安田くんと楽しそうにしていた姿が今も忘れられないな。


そして、2018年。
3月7日に「ジャム」のDVDが発売。特典の”手錠ドミノ”はトランプさんが超絶クレイジー&内容が終始バカバカしくてとても面白かった。でも、「こんなに楽しい空間をすばるくんは手放してしまったのか」とか余計なことを考えてしまうようになったので、4月以降あまり見れなくなってしまった。

「未定」の翌年から10年間続いたヒナちゃんの「If or…」が終了。
千秋楽にヨコが来ていたらしいのだけれど、この時ヨコは客席からどんな気持ちでヒナちゃんを見ていたのだろうかと想像するだけで胸がぎゅっとなる。

3月21日、TBSで「卒業ソング音楽祭」なるよく分からない生放送特番があり、エイトはそこで「オモイダマ」を歌っていた。
この時は「錦戸さんがやけに儚げだな」とか「みんな色っぽいな」とかそんなことを思うばかりだったけれど、今考えるとこの時はまさにすばるくんの去就について話し合いがなされていた真っ最中だったわけで、4月15日以降まったくもって見返せなくなってしまった。個人的に、会見映像に次いで見ていられない映像ランキング堂々の第二位である。*1

そして迎える2018年4月15日。その後のことは知っての通り。




はー長かった。
11年+α分のすばるくんは、ものすごい量だった。思い出したことはまた追記しよう。

改めて関ジャニ∞渋谷すばるさん、お疲れさま。
大好きでした。












それはそうと、元気かなすばるくん。*2
そろそろ花粉の季節ですが、今年は表に出ることもないし何時ぞやのように顔が浮腫む春を迎えられたりするのだろうか。
タッキーも引退してtobaseも退所して、嵐もあと二年でいなくなってしまうよ。寂しいです。
エイトはというと、15周年の年を迎えた今USJハリウッド・ドリーム・ザ・ライドに安田&錦戸コンビが作った曲が採用されていて、大阪のあちこちにエイトのポスターが貼られています。いち大阪市民として実に誇らしく、喜ばしいことです。大阪に帰省された時、すばるくんの目にも留まれば良いなと思います。

これから先、すばるくんが街中でふと6人のエイトを目にしたときいったいどんなことを思うんだろうか、なんてことを考えたりもします。 
昔のことを懐かしく思い出したりするのかな。
誕生日の際には、大倉くんがTシャツをドアノブに引っ掛けてプレゼントしたことも一瞬で良いので思い出して頂けるといち大倉ファンとしては嬉しい限りです。
ま、すばるくんが2体も持っている例の招き猫は未だ一つももらえてないんだけどね、大倉くん。

*1:同じく二位に4月14日のサタデープラスもある

*2:初夜の大倉くんのモノマネをしながら

2011年から2014年について綴る。

2011年。
8UPPERSツアーの最終地である京セラドームで発表されたように、クレヨンしんちゃんの主題歌をエイトが務めることになった。
長らくタイアップというものに縁遠いグループだったから、彼らの曲が国民的アニメのテーマソングになったことは素直に喜ばしかった。

上半期は、先のクレヨンしんちゃんのテレビ&映画の主題歌(T.W.L/イエローパンジーストリート)決定からはじまり、ハイチュウのCMが始まったり、MAPプロデュースのお弁当が発売されたり、モンハンのCMが決まったり、仕分け∞が深夜のワンコーナーとしてはじまったり、ジャニ勉が1時間枠になったり、錦戸さんと大倉くん出演ドラマの主題歌が両方ともエイトになったり…と、”事務所から押されまくってる感”がなんていうかもう、半端なかった。
しかしながら、周知の通り2011年は東日本大震災があったため、その突然はじまったエイトの売り出しと世間の空気とがまったく噛み合ってなくて、そのタイミングの悪さが歯がゆくもあった。

震災後、まるちゃんの大切な日の更新が止まった。目に入ってくる光景すべてが嘘みたいで、日本中が震災前の日常を忘れてしまった気がした。
そんな中、震災の翌日にOAされたスバラジがあまりにもいつも通りで、すばるくんの声を聞きながら涙が出た。

震災が起きたこのタイミングでの24時間テレビパーソナリティ決定。
まだ何も決まっていない段階であろう4月の時点から無地の黄色いTシャツを着たエイトによる告知CMが流れていた。

三ヶ月連続CDリリース、それに伴う露出、でも世間は未だエンタメどころではないそんな雰囲気。
T.W.LのPVは大倉くんとすばるくんの髪型がとにかく素晴らしくて、ヘアメイクさんにお捻りを投げたくなった。

錦戸さんの月9出演が決まった。前クールの「犬を飼うということ」の主題歌はエイトだったから、順番的に次はNEWSかなフジテレビだしなと思っていた最中「ツブサニコイ」が月9のエンディング曲に決まったというお報せが。
私はエイトのファンだし露出がある際”関ジャニ∞”と紹介されないことも多々あった時期を知っているからこそ、錦戸さんが明らかにエイト寄りの扱いをされるようになったことは単純に嬉しかった。このまま本業エイトで1年に1回くらい副業的な感じでNEWSを続けていくのかなと思っていた。

24時間テレビ放送日の数日前に(ナゴヤドームを除く)4大ドームツアーと仕分け∞ゴールデン進出が発表された。売り出しが唐突にも程がある!とこの時期はある種の怖さすら感じていた。

ツブサニコイが発売。レコードショップでクローバーの種を配るという謎プロモーションをやっていたのを覚えている。
このシングルのカップリングに、ItoUが収録されている。発売当初からリード曲よりもこの曲の方が個人的に好きで、特に一番では一切ユニゾンを採らず全員がソロで歌いつなぎ、2番になって漸く真打登場的にすばるくんが出てくるところが本当にグッときた。この曲を歌うすばるくんの声もいつになく優しくて、大好きな曲…だったなぁ。

24時間テレビの前日、日テレジャックを終えた後、Mステで「ツブサニコイ」を歌った。SMAPも一緒に出ていたなそういえば。
スマートに歌い踊る大スターSMAPとマイクを握りながら顔を真っ赤にして熱唱するすばるくんをフロントに据えた泥臭いエイトは、なんだかとても対照的に見えた。

個人的に24時間テレビは諸手を挙げて賞賛できる番組ではないとは思っているけれど、24時間好きな人たちを見続けられるということを純粋に満喫しようと思った。
震災直後だったからこそ、つらい映像も多かった。子供達と一緒に楽器演奏をするという企画で、無事成功した子を優しく包み込むようにハグするすばるくんがとても素敵だった。

24時間テレビが終わってすぐに仕分け∞のプロモーションが開始された。あらゆるテレビ朝日の番組に顔を出し、HDDは日々自転車操業状態だった。
その後、アルバム発売とナゴヤドームの追加が新聞発表された。解禁といえばレコメンでヨコヒナが引っ張って引っ張って仰々しく発表というのが当たり前だったのに、スポーツ新聞で大々的に報じられるようになるなんて…と感慨深く感じたのを覚えている。

そしてエイトの予定でこちらがヒーヒーうれしい悲鳴をあげていた2011年10月7日、錦戸さんのNEWS脱退が発表された。
確か週末の20時45分頃だった。晩御飯を食べ終わってtwitterクライアントを立ち上げた瞬間目に入ってきたYahooニュースの見出し。大人だから公開アカウントで明け透けに本音を吐露することはなかったけれど、私自身は正直清々しいだけだった。エイト及び錦戸さんに仕事が決まるたび目に入ってくる向こう側の言葉は、こちらにとっては煩わしいだけだったから。でも、錦戸さん自身が今まで誰もやったことがなかったデビューグループの掛け持ちを全力で頑張っていることを重々理解していたからこそ、この決断に至るまでの彼の心情を思い苦しくもなった。
脱退発表から数時間後、まだTLが動揺一色の中「なんで今っ?!」というタイミングでFIGHTのリード曲名が解禁された。「モンじゃい・ビート」というタイトルに、全身の力が抜けた。

アルバム「FIGHT」発売。
その直前にワイドショーで特典のPVが解禁されたのだけど、「Fight for the Eight」のPVのアイメイクをしたすばるくんの仕上がりがあまりにも見事すぎて、それが流れた朝TLが騒然としていたことを覚えている。この曲のメイキングの、ヒナちゃんに甘えるすばるくんも可愛くて好きだったなぁ。
全然日の目を見ないけど、このアルバムに収録されている「Fly High」という曲が私はとても好きで、毎年再生回数の上位に位置するほど未だによく聞いている。
この曲のイントロのすばるくんの笑い声、Aメロの声の感じ、サビ後に入る気持ちの良いフェイクそれら全てが本当に絶妙。でも仮に万が一、否、億が一この曲が今度コンサートで歌われることがあったとしても、もうこのすばるくんの歌声は聞けないんだなぁ。
あと、このアルバムが発売されるに際して更新されたアーティスト写真のすばるくんと、FIGHTのユニフォーム制作中のすばるくんの仕上がりも過去類を見ないくらいに素晴らしくて、「この人の顔面のポテンシャルすごいな!」と今更にその顔の造作の美しさに驚くことが多かった時期でもあった。

「EIGHT×EIGHTER おもんなかったらドームすいません」というふざけきったタイトルの五大ドームツアーがスタート。
名古屋の…確かバクステ前の席だったと思うんだけど、すばるくんのイヤモニの調子が悪かったのか、曲の合間に客前にも関わらず眉間にしわを寄せてマイクに入らないようスタッフに怒号をあげているのが見えてびっくりしたことを覚えている。
少し前から最近そういう様子が見られるということはちらほら耳にはしていたけれど、実際この目で見て慄いて、ああこの人はまだこんな感じなんだな…と残念に思ったりもした。
公演の序盤に歌われていた「宇宙に行ったライオン」、この曲を歌うすばるくんがなんていうかものすごい迫力で、それでいて痛々しくもあって、正直見ていてつらいものがあった。
歌い終わった瞬間に事切れそうな感じというか、命を削りながら歌っているようなそんな印象を受けた。実際この頃のすばるくんはメンタルがそこそこしんどい時期だったようで、私が感じた痛々しさは強ち間違ってもなかったのかなと今になって思う。
コンサートにおいては、概して(踊りもしなければ演奏もしない)”棒立ち曲”って退屈なんだけど、「wander」は歌だけで十分間が保たせられていることに感動した。Cメロのすばるくんが本当に素晴らしくて、この曲を聞くのが毎回楽しみだった。
そういや例によって名古屋はクリスマス公演だったんだけど、MCで突然メンバーの大昔のことだとはとても思えない生々しい恋愛話がはじまって客席が引いてたのが興味深かった。
あと、京セラドームの最終公演で水のスクリーンに大きく「FINAL」という文字が浮かんだ時に上がった歓声が、なんだかとてもあたたかくて感動的だったのを覚えている。


2012年。
この年エイトレンジャーが映画化されるということになり、それに伴いシャンプーやらセブンイレブンやらのCMに出演、他にもCCレモンのCMが決まったり、錦戸さんや大倉くんに主演映画が決まったり…と、「売れてる」感がどんどん増して行った年だった。

春クールに「パパドル」。この件に関しては積極的に記憶を抹消していってるのでほぼ何も覚えていない。とりあえず、仕事を入れるのはいいけれど、ジャニーズ事務所はうちのグループの各々の大事な時間をもっと有効的に使ってあげてほしいなと思った。
それはそうと、あのドラマの脚本家はまだ懲りずに本を書いてるんだろうか…。

7月2”8”日にエイトレンジャー公開。
映画館に行けばいつでもエイトが見られるという状況に感動しつつ、私も数回見に行った。

8月には∞祭とすごはち開催。
∞祭は幕張メッセインテックス大阪で。行きたいと思う客がなるべくたくさん行ける&エイトをなるべく近くで見られる&歌もトークも両方見られるというこれら全ての条件を満たすために組まれた独特の構成は、こちらから見ても相当ハードなものだった。
私は大阪の1日目と3日目に行った。
やってる彼らは本当に大変だったとは思うけど、こちらにとっては実に楽しいイベントだった。実際めちゃくちゃ近くに来てくれたし、歌もトークも日替わりメニューまで用意して、充実した時間を過ごさせてもらった。
展示コーナーに彼らの赤ちゃんの頃から今に至るまでの大量の写真を時系列で並べた一角があったんだけど、生まれた年も場所も違う7人が、私たちのような一般の家庭の子供と同じように親御さんからの愛情を一身に受け大事に大事に育てられて大きくなって、最終的に7人が集い関ジャニ∞になる…というその経緯がまるごと見られるようになっていて、なんか…”運命”が可視化されたようなそんな気がして、とても感動したことを覚えている。

∞祭3日目は最終公演のセクションだったんだけど、最後の最後、大倉くんの声が枯れていたのにすばるくんの声は絶好調のまま終わって、この人の喉どないなっとんねんと思ったことを覚えている。
過酷なイベントを無事やり遂げ感極まったすばるくんは、「一生あなたたちのアイドルです!」と声高らかに宣言していた。まあ…たとえジャニーズ事務所を辞めても、誰かの”アイドル”という存在でいることはできると思うよ。
そんな∞祭のパンフレットは安田くんと大倉くんが制作を担当していたんだけど、これの中ではじめて内くんが脱退した時のことについて各々が詳しく話していた。
でも、個人的にはそちらの話題よりも、すばるくんのインタビューの中で「大倉は(FFFの)バンド活動について好意的じゃなかった」と指摘されていたことの方が印象的だった。その場で大倉くんはバツが悪そうに適当に誤魔化していたけど、自身の項ではそのことを認めていたのがまたなんとも味わい深いものがあった。すばるくんの洞察力がすごいのか、誰でもわかるくらいに大倉くんの態度があからさまだったのか、そのどちらだったのか勿論私にはわからないけれど、大倉くんのこともすばるくんのことも好きだからこそこうやって本音を言い合える関係になってくれてよかったなと思った。
あと、FFFの公演を見た錦戸さんがすばるくんをソロデビューさせてあげてほしいとジャニーさんに直談判した話もこれに載っていたなぁ。

9月には初のスタジアムライブ。
私は長居の2公演に行く予定…が台風のせいで1公演に。ほんまジェラワットといいシマロンといい…!
長居では、すばるくんの誕生日を皆でお祝いした。すばるくんに宛てられた母からの手紙に「心が風邪をひいて」と書いてあって、ここ数年の不安定なすばるくんを思い浮かべながら、すばるくんのお母さんもそのことをちゃんと把握していたんだな…と胸がぎゅっとなった。

すばるくんは以前からWINK UPで「渋谷すばるの脳」という連載を持っていた。
すばるくんが好きなことをするだけのコーナー。安田くんと陶芸したり、大倉くんと釣りに行ったり、あと、2000年頃ジャニーさんからアメリカに音楽留学することを勧められて話が具体化した矢先テロが起きてそれがダメになったこともこの連載で知った。
私も気が向いた時だけ手にとって読んでいた。心に風邪を引いていた頃の詳しい話も、この年のこの頁に詳しく載っていた覚えがある。
でもその時に思ったのは、ほんの数年前のことを「実はあの時はつらかった」みたいに言われるのは、その当時も心から彼らの活動を楽しんでいた一人として決して快いものではないなぁって。
しかもそのつらさの原因っていうのは、自分がやりたかった形の音楽活動を制限したものつまり”関ジャニ∞”にあるわけで。
私はFIVEでもFLAT FIVE FLOWERSでも渋谷すばる単体でもなく関ジャニ∞のファンなので、そのすばるくんが”やりたかったこと”を関ジャニ∞の中でできるようになればいいなと思うばかりだった。

そしてこの年、NHK地上波(!)で横山渋谷村上三人による番組「明日はどっちだ」がスタートした。
夢に向かって邁進中の一般人を三馬鹿がそれぞれに寄り添い、応援する番組。三人それぞれエールの送り方に個性があって、オープニングもエンドトークも、VTR中のワイプですら楽しくて、なんていうか…今思い返しても夢のような番組だった。
もう二度と見られないんだなぁ。

ベストアルバム8EST発売、からの8ESTツアー。
日程が発表された時点でそれまで毎年当然のようにあった12月31日の大晦日公演が無くて、これはもしや…とファンは俄にざわついた。
そして予想通り、紅白歌合戦の出場がまるちゃんの誕生日である11月26日に正式発表された。一度しか出られない初出場歌手による会見に(も)、何故か安田くんはいなかった。…なんでや。
晦日は京セラドームの昼公演があったので、彼らはそれをこなしてから東京へ向かうという鬼スケジュールだった。
いつもはしつこくアンコールを強請る客も、空気を読んでそういう声を一切上げなかったことに感動した。
今から”紅白歌合戦”という紛うことない国民的番組へと臨むエイトに「行ってらっしゃい!」と直接声をかけて大阪から送り出せたことは、今でも思い出すと胸が熱くなる。

紅白。一人ステージの真ん中に先鋒として堂々と立ちデビュー曲を歌い上げるすばるくんが本当に格好良くて、いちファンとして誇らしかった。 

この時期、いろいろ立て込んでいて8ESTツアーのことはあまり記憶にないんだけど、クルトンの間奏で一列になるところですばるくんがいつも大倉くんにイタズラしていたのがとても可愛かったことは覚えている。
あと、ツブサニコイを歌うすばるくんに去年の宇宙へ行ったライオンの時に感じたものと同じ痛々しさを感じたりもしたなそういえば。
京セラの最終日では全員が一人一人熱のこもったいい挨拶をしていたのだけれど、これ、珍しく映像に残ってないんだよね。


2013年。
紅白にも出場し、コンスタントなCDリリース、全国ネット及びローカルの冠番組を抱えて各々には個人仕事。良くも悪くも安定期だったなと思う。
そして長らく続いていたすばるくんの前髪パッツン&ヘルメット頭ブームは終わりを告げ、徐々にロン毛&ヒゲへと風貌が変化していった。

JUKE BOXがリリース。
こういった役割は大抵ヨコだったのに、なぜかすばるくんがツアー内コーナーの諸々をプロデュース。まあ今考えるとヨコはトランペットで手一杯だったんだろうけど。
アルバムの特典に入っていたユニット決めの様子がめちゃくちゃ楽しくて、何度も繰り返して見た。
すばるくんを自分のユニットに欲しいと臆せず言う錦戸さんと、彼の自分に対する気持ちを解っているからこそ困惑しまくるすばるくんの図が本当に最高だった。「みんな好きやもん」っていうあの時の言葉は、きっと嘘でも冗談でもなく本心だったと思うな。

JUKE BOXツアーは初日が東京だった。
私も珍しく初回公演に入り、例によってヨコのトランペットとビーストのふんどしに目眩がするほど動揺した。この時(と十祭とGR8EST)ほど、初日に入っておいて良かったと思ったことはない。
ヨコが32歳にして楽器を身につけようと思ったきっかけの一つに間違いなくすばるくんの存在はある。音楽について消極的だったヨコが楽器を手にしたことについて、すばるくんはどう思ったのかな。きっと、ものすごく嬉しかったんじゃないかなぁ。
思えばヨコがスカパラとセッションして「楽しかった」と言える未来も、この時から始まっていたんだね。

このツアーでは、二年ぶりに宇宙へ行ったライオンがセットリストに入っていた。満杯のドームのムービングステージでキラキラを纏いながらこの曲を歌い奏でる7人は、本当に、世界一格好よかった。
二年前、すばるくんが自らをすり減らすように歌っていたあの痛々しい曲が、このツアーではまったく違って聞こえた。「初めて得た仲間に」と歌いながら6人を指すすばるくんを見て、自信を持ってそうだと誇示できなかった二年前のすばるくんを思い出していた。

このツアーで一つ印象に残っていることが。
名古屋公演だったかな、MCでユニットの話になった時、すばるくんが錦戸さんに「(ふんどしに備えて)公演前に股間周りの毛を剃っている」って面白おかしく言ったことがあって。
MCはユニット曲の前だからまだ客はそれ(=ふんどし)を見ていないのに、かつまだ名古屋福岡大阪三ヶ所も公演が残っているのにビーストの一番の肝ともいえる箇所のネタばらしをしていて、これってアンフェアすぎないか?!と。すばるくんってそういう…甘えながらギリギリのところを往来するところがあるよなぁ困った人だと苦笑した。

この年の年末も紅白に無事出場。
へそまがりのあの難解な出だしを安田くんと二人で歌っていたのが本当に格好良かった。見た目に反して頼りになるミニマムコンビだなと思った。
途中、審査員席の前に七人が立って一人一人文字が書かれた半紙を持つ場面があった。その光景が本当にエイトらしくて、嘘偽りなくこの人たちは最高で最強だなと思ったのでありました。


明けて2014年。
JUKE BOXツアーの最終公演で、キングオブ男が初披露された。
直前に流れていたPVでtornが背中合せになった時、三馬鹿と他4人が相対するかのように歌う様でも客席からは大きな歓声が上がっていたけれど、落ちサビですばるくんと錦戸さんが手を握った瞬間、それらとは比較にならないほどの凄まじい悲鳴が上がった。
このキングオブ男で二人が手を握る場面は、この時から最後まで、その全てが本当に最高だった。
でももう、二度とそれは見られないのだけれど。

この年エイトは10周年。
三年ぶりの24時間テレビ、二年ぶりのエイトレンジャー映画化、そして二年ぶりの野外イベント=十祭が発表されたのは確か”関ジャニ∞の会”だったかな。

6月、すばるくんが「味園ユニバース」で映画初主演を務めることが発表になった。
想像もしていなかった報せに、私も私のTLもお祭り騒ぎ状態だった。スポーツ新聞の「(役作りで)髪をバッサリ!」という見出しに、女優かよとファンが一斉に突っ込んでいたのが微笑ましかった。
監督もヒロインも手堅い才能と魅力がある方達で、映画は面白い予感しかしなかった。
すばるくんがここにきて新しいことをはじめるというその意思が本当に嬉しかったし、エイトの未来を思ってひたすらワクワクした。

十祭は、今まで見たライブの中でも1、2を争う程に思い出深くまた楽しいイベントだった。
楽曲の人気投票ランキングも人を替えての過去ユニット・ソロ曲の再演も、彼らのそれまでを知っているからこそグッとくるものがある。
初日、kicyuのイントロがかかりステージにすばるくんと錦戸さんが現れた時のあのどよめき交じりの大歓声は今も忘れられない。
錦戸さんは照れつつも嬉しそうに笑って踊って歌っていたなぁ。すばるくん相手以外で彼があんな表情を見せることはあるのだろうか。
天気はやたら悪かったけど、4公演とも本当に素晴らしかった。あと10公演は見たかった。

ヤンマースタジアム公演から一週間後に24時間テレビ
すばるくんは、おそらく自分で適当に切ったと思われるガタガタの坊主頭と適当に襟ぐりをカットしただらしのないTシャツ姿で番組に参加していた。
お世辞にも整っているとはいえない身だしなみで、なんとかならんのかなぁと見ながら思った。もしかしたらそれは彼にとって絶対に譲れないポリシーなのかもしれないけれど、今回は飽くまでグループ単位としてのチャリティのお仕事であるのだから、あえて今ここでそれを貫く必要性はあるのだろうかとモヤっとしてしまったのが正直なところだった。

その直後に初のフライデーなんてのもありました。個人的には自担のそれよりも「Oh…!」ってなったよね♪

イベントも24時間テレビも終わり夏の終焉を実感していた8月25日つまり関西デビュー日に、エイトがテイチクエンタテインメントインペリアルレコード)から自主レーベルに移籍することが発表された。
その報せをはじめて目にした時のあのどうしようもない寂しさは、ヒナちゃんがオーソレを辞めたとき、ヨコがレコメンを辞めたときのそれと似ていた。
売れていくに連れ規模が大きくなるに連れ変わっていくことがあることは勿論理解している。でも、よりによって変わって欲しくないものから変わっていかなくても…と。もう彼らにはジャニ勉しか残っていないのだなぁとこの時に思った。

新レーベル移籍後初めてのアルバムは「関ジャニズム」。
このアルバムに関しては、曲がどうとかいうよりも特典映像が実にアレだった。久々に見返してみようかな…。

関ジャニズムツアー。
個人的には金髪の大倉くんが見目麗しく公演も楽しいだけだったけれど、この時期くらいからtwitterの人口が増えたせいなのか小姑みたいな五月蝿い意見を目にすることが急激に増えて、SNSの使い方について改めて考えさせられたツアーでもあった。
すばるくんが「ごめんね青春!」を見ていることを知って、錦戸さんが近年見たことがないくらいに嬉しそうな顔をしていたこと、相変わらずトップ長めの坊主頭なすばるくんの髪の毛をまるちゃんがギュッと掴むノリが流行っていた時期ですばるくんのためそれを制止しようとした大倉くんの手首のバングルがすばるくんの頭に直撃して大倉くんがすばるくんから怒られていたこと等等どうでもいいことが妙に記憶に残っている。
あとこの頃、大倉くんが「来年は自分のバイクの後ろにすばるくんを乗せたい」とかそんなことも言っていたなぁ。

ツアーの最中、すばるくんが来年にソロデビュー&ソロツアーを行うことが発表になった。
長らく個人仕事をしていなかった人が漸く!満を持して!といった感じのすばるくんのソロ活動は、大歓迎だったし嬉しかった。自分が好きなグループは、ソロでCDを出せるくらいの人がセンターにいるのだということが誇らしかった。
まさかこんな結末が待っているとはこの当時は夢にも思っていなかったのだけれど。

このツアーでは久々にソロコーナーがあった。すばるくんは、8UPPERSに収録されていた「Revolver」を歌っていた。
曲の最後、息が切れるまで長く続く歌声にドームが震撼しているのを何度も感じた。声だけでここまで人の心を掴めるなんて本当にすごいなと思った。

あと印象的なのはフローズンマルガリータかな。
大倉くんがセンターに立っての群舞も良かったけど、何よりもすばるくんの歌がすばらしかった。この曲をこんなにも完璧に歌いこなせる人はすばるくんしかいないなと思った。
今後この楽曲が再演される日はくるのだろうか…。

このツアー直前にモンスターハンター4Gが発売されてしまったせいで、ヨコとすばるくんと大倉くんがMCで超絶くだらないゲーム話に花を咲かせているのが本当に楽しかった。
ま、そのトピックスが客前で披露されるのは年が明けて2015年のお話なのですが。







というわけで、2015年へ続く。

2010年までのことについて綴る。

今日は12月15日。
会見の日から8ヶ月。エイトが6人になって早5ヶ月。
あと半月ですばるくんはジャニーズ事務所を退所して、年が明ければ森永のCMも7人じゃなくなって、TV LIFEの連載の顔写真も7つじゃなくなくなって、公式ホームページのプロフィールも7人分じゃなくなって、関ジャニ戦隊∞レンジャーからレッドがいなくなって、カンテレに置いてあるジャニ勉のパネルも撤去される。*1

来年以降も暫くは、ふとした時に喪失感に直面することが度々あるんだろう。7人のころの曲を6人で歌い直すとき、過去の映像を目にするとき、彼らが話す昔話を見聞きするとき、きっとその度にすばるくんのことが浮かんでしまうんだろうなぁ。予め覚悟しておかなければないな。うん。
仕方ない。すばるくんは2002年の冬に”関ジャニ8”になりそれは2018年の7月14日まで続き、たとえ辞めていなくなったとしてもその間の16年間が無に帰すことは決してない。2018年7月14日までの全ての事柄はこれからも記憶&記録に残り続ける。
私がエイトを好きになったのは2007年の晩春でその間特に離れることもなかったので、7人としてのエイトをかれこれ11年間強見続けていたことになる。でも、その時間は今後はもう更新されることはない。これからは6人としての関ジャニ∞の時間が増えていくだけ。
当初から私はずっと大倉くんのファンだった。でも、私は7人の関ジャニ∞が大好きだったし、すばるくんのことも大好きだったんだよね。
渋谷ファンじゃなくともすばるくんを好きだったひと一人一人にエイトのそしてすばるくんに関する記憶や思い出があって、それは私も同じ。とはいえ来年以降はきっともう今年ほど反芻することもないだろうし、良い&最後の機会だし、自分の中のいろんなすばるくんを思い出しながら書き残していこうなと。
乏しい記憶力を元に適当に書いているだけなので記憶違い等はあるかもしれませんが、その点は後からしれっと書き直しておくことで辻褄を合わせていこうと思っています。



ジャニーズに関心ZEROの10代を過ごしていた私ですら当時からヨコとすばるくんとヒナちゃんと錦戸さんのことは知っていた。
何故かあぶない放課後も見ていた。どう見ても渋谷すばるの方がいい顔してるのにニノを選ぶ加藤あいどうかしてるやろと思いながら見ていたりもしたけれどあの時はニノ本当にごめんな悪気はなかったんだ。気遣いもなかったけど。
関西という土地柄なのか身近にも彼らのファンがチラホラいて、よく松竹座のdemachi話を聞いたり芸人目当てで毎日録画していたなるトモを彼らが出る度にダビングしてあげたりもしていたけれど、まあ自分とは関わり合いのない世界の人たちだなという印象しかなかった。

そんな私がはじめて関ジャニ∞を見たのは彼らにとって初めての京セラドーム公演だった。
チケットが余ってるからと誘われてなんとなく。正直興味半分どころか興味本位でしかなかったのもあり「ジャニーズの舞台装置すごいな*2」という点以外さほど記憶には残っていない。

にもかかわらずその三ヶ月後に見たミュージックステーションで私はあっさりと関ジャニ∞のファンになった。
CD、DVD、過去映像を漁りまくる日々。身近にファンがいたので遡り放題だった。
この頃はじめて見た「Heat up!」のF.T.Oで、いつもは終始メインを張っているすばるくんが終盤になって満を辞してといった感じで出てくるその使い方と存在感にグッときて、一時この曲ばかりリピートして見ていたことを覚えている。

47の時期、すばるくんはwebで全国各地の公演の感想を毎度必ず書いていた。私は幼少期から日記の類いがまったく続かないタイプだったので、仕事とはいえちゃんとマメに書いてえらいなその土地土地の人はすごく嬉しいだろうなと思った。
飛行機が苦手な大倉くんが、機体が揺れた際につい隣にいたすばるくんの手を握ってしまったという話がとてもかわいくて好きだった。
この頃はまだ”アイドルにハマる”という事実に自分自身が戸惑っていたのもあり、現場に行くことに関してはあえて自らブレーキをかけていた感はあった。47も大阪しか行かなかったけれど、東京ドームにも行っておけば良かったなぁ…と今さら後悔したところで遅いにも程がある。
超ロン毛だったすばるくんは途中でいったん毛先を切り、沖縄で焦げて、イッツマイソウルのプロモーションの頃には黒焦げ短髪姿になっていた。
うたばんだったかぷいぷいだったか、その姿を見た時「短髪のすばるくんの方が好きだな」と錦戸亮から怒られそうなことを思ったと同時に「この短いタームでこの変わりっぷり、アイドルってすごい…!」と感動し、アイドルを愛でることに付き日々驚くことがこの頃はまだまだたくさんあった。

47後に出た写真集で、ただ一人すばるくんだけがツアーを完遂したことについて若干ネガティブな言葉を綴っていた。いくらでも繕えるのに、よくこんなこと載せたなと思った。めんどくさい人…と思いながらこういう危うさも彼の魅力だったりするんだろうと思った。
47のセットリストを決める際、ヨコと錦戸さんがスタッフが止めに入るくらいの喧嘩をしたこともこの本に書いてあった。その折衷案としてすばるくんの案が採用されたことも。
成る程、すばるくんって意外と7人の中ではスイス的存在なんだなと思った。

繰り返し見た47のDVD。
楽屋で転寝している錦戸さんを襲撃する時の顔、マジカルが起きなかった錦戸さんを見て笑う顔、錦戸さんと並んで「みんなエイトのメンバー」って言いながらふざける姿、どれも楽しくて何回も巻き戻して見た。私も例に漏れずに、すばるくんと錦戸さんの関係性は大好きだった。
しかしながら、2007年末の安田くん相手の聞くジャニ∞で、すばるくんが錦戸さんに対して「(性格やセンスが)自分とよく似ている」けど「もっと大人になろう」と今年を振り返りながら半ば苦言めいたことを言っていたのをとてもよく覚えている。
よほどこう、口にせずにいられないようなことがあったんだろうなそりゃあんなタイトに47都道府県を一緒に回っていたらいろんな面も見えるよなと思った。でも、いいところも悪いところも含め様々な時間を共有している彼らが私にはとても素敵に見えた。

年末に大倉くんがトークゲストで出た少年倶楽部プレミアムで演奏された「Eden」がとてもよかった。
何となくだけど、すばるくんや錦戸さんはこういうことがやりたいんだろうなと思ったりもした。


2008年、ようやく出たシングル=ワッハッハーのなんとも言えない感じといい売る気のなさといい、このグループは大丈夫なのか…と危惧したりもしたけれど、PVだけはやたらめったらかわいかった。
ツアーではtornよりも何よりも、ヨコヒナそして6人をバックにつけた愛してる愛してないにグッときた。センターにすばるくんが立った時の関ジャニ∞はやっぱり美しいなと思った。

2008年はNEWSがCMやらシングルやら乱発する中、Can!ジャニという冠番組は開始したもののレギュラー仕事以外さして表立った仕事がなかったエイトを心配しつつ、個人的に私生活がゴッタゴタで疲弊しまくっていたのもあり夏以降のことはあまりよく覚えていない。
疲弊MAXのあたりにようやく発表された新曲=無責任ヒーローは本当にバカバカしいお祭りソングで、逆にこちらは助けられた感があった。しんどくてたまらなかった時、iPodに入れたこの曲のPVを延々リピートして見ていた。今もこの曲を聞くと、あの頃の自分の心情やその時の空気、景色、匂いを鮮明に思い出す。「ジャジャジャジャーン!」という歌詞に郷愁感を覚える人生になるとは夢にも思わなかったな本当に。

この頃はどちらかというと個人のそれよりもグループ仕事を欲していたのもあって、大倉くんのソロコンやら仕事人仕事よりも内くんのコンサートにヨコとすばるくんとまるちゃんとヤスくんが揃って行ったことの方が正直なところグッときた。
一方すばるくんはこの時期にFIVEというジュニアのグループとFLAT FIVE FLOWERSというバンドを結成し、活動をはじめた。
前述したようにこの時期は私生活が荒廃していたので、半ば義務感で大倉くんのソロコンを見に行ったくらいでそれ以外はレギュラー番組をなんとなく消費することくらいしかしていなかった。
FFFにおけるすばるくんの言動でエイトのファンがざわざわしていたのも、FFFのすばるくんがエイトの時と比べて明らかに活き活きしていたということも何となく把握はしていたけど、あまり深く考えずに流していた。
錦戸さんがNEWSのお仕事ばかりしていたこの年、NEWSのコンサート会場を借りて行われたカウントダウンコンサート終演後に隣の東京ドームシティホールでの内くんとFFFが出た初日の出ライブに錦戸さんとヤスくんが揃ってステージに上がりHeavenly psychoを歌ったことは、いちエイトのファンとして素直に良かったなと思った。


2009年、年始から暫くはレコメンでヨコヒナがグループとしての仕事が無いことを自虐していたのを覚えている。
片やすばるくんは、FFFからマッチ主導のJ ROCKへその活動の規模が広がっていた。
自身が相変わらずゴタついたのもあって、正直すばるくんのFFF絡みの活動については他所の出来事感が強く、その是非はおろか好き嫌いすら自分でもよく分からなかった。でも、ヤスくんがFFFにアートワークで協力し他のメンバーも皆公演を見に行ったりしている中、大倉くんだけはそういった話をまったく聞かなかったので、あの人そんなに忙しいのか?!と違和感を感じたりもした。
ま、その答えはそれから三年後に分かるのだけれど。

この頃すばるくんはいろんなメディアで「自分たちが先駆者となっていずれ音楽をやりたいと思ってるような人がジャニーズに入るようになったらいい」みたいなことを言っていた気がする。
夢を叶える方法や途は千差万別とはいえ、それはあまりにも絵空事だろうと正直思った。普通はそんなことを口にすること自体躊躇ってしまうと思うんだけど、すばるくんは本気で可能性を信じていたのかもしれないね。でもまあ、鯔のつまり。
J ROCKの方々は武道館でコンサートを開催、その後DVD発売が決定し公式HPにジャケットまでアップされたのに、直前になって販売が中止になった。
何が問題だったのか私には知り得ないけど、残念なことになってしまったなと思ったことは覚えている。
そしてこのあたりから徐々に暗雲が立ち込めて少し前まであれだけ活発かつすばるくん肝入だったFFFも活動らしい活動が行われなくなったなそういえば。

PUZZLEは二年ぶりかつエイトを好きになってはじめて出たアルバムだったのもあり、個人的に格別の思いがあった。
しかしながら、特典にユニット決めやその曲のPV撮影の様子も入っていたけれど、打ち合わせの様子やPV撮影の様子、さらにはコンサートにおける扱いに至るまで「Glorious」は終始”微妙”でしかなかった。もし長野の後だったらこの3人のユニットはまた違ったものになっていたのかもしれないのにと今になって思う。
最終地の京セラドーム、それまでの彼らとはまったく違って見えたなぁ。

カメラワークが最高に残念でおなじみのPUZZLEツアーのDVD。一秒KISSのBメロで順番に踊り繋いでいくところがまったくといっていいほどうつっていないのは未だに恨んでいる。
特典のBabun。ネタばらしの際、ヒナちゃんがひたすら可哀想過ぎる状況下で皆がその正解を考えあぐねている中、ここまで巧く切り込み最善の肢を選べるのはすばるくんだけだろうなと思った。

この年の9月、すばるくんはDREAM BOYSに出ていた。
バンド活動に勤しんでいた一年だったからこそ、この人もまだいわゆる”ジャニーズ仕事”をするんだなと驚いた。この件に関しては、すばるくん出演してもらいたいジャニーさんがまずそのことをヨコに相談したという話がとてもかわいくて好きだった。

一年ぶりのシングル「急☆上☆show!!」。
音楽番組に出るたびすばるくんは前髪をJにしていた。突然しはじめたヘアスタイリング、「意味わからん」と思いながら、やっぱり顔がいい人はどんなトンチキな髪型でもかっこいいんだな顔がいいってすごいと今更すぎることを改めて痛感した。

12月23、24、25日連続でのシングルリリース。仕事終わりにタワレコに寄りCDを買って帰ったあの3日間、クリスマスそっちのけで毎日大いに浮かれていた。
そしてこの年の年末、京セラドームで初の単独カウントダウンコンサートが行われた。
今となっては想像もつかないけれど、大晦日の夜公演を除き公演前は駅からドームまで「譲ります」のプラカードを持った女の子だらけだった。
そのくらいにチケットが溢れていたので、私も初めて全公演に行った。
desireはヤスくんが手掛けた各自のスタイリングがとてもよくて、初日にモニターにアップになった時あまりの妖艶さに客席からため息のような声が漏れていたのを覚えている。
413manでバックバンドを務めていた際、自分の歌の癖や個性を全部消してヨコの声にやさしくコーラスを当てているのを見て、すばるくんってこんな歌い方もできるんだ…と新たな一面を見た気がして感動した。
ある公演中、たしかアンコールの時だっただろうか。たまたま近くにいたすばるくんに目をやると彼が一人ステージ上で泣いていることに気づいた。それは…飽くまで私の主観だけれど、嬉し泣きとか感極まってとか、そういうポジティブな涙ではないように見えた。
こんなにも楽しい空間なのにいったい何が悲しいんだろうと、自分の楽しさに水を差された感じがした。
その直後、そんな様子に気づいた安田くんがさっとすばるくんに近寄って行き彼の肩を抱いていたのを見た。
私みたいなファンなんかには到底分かり得ない、メンバーだからこそ、否、安田くんだからこそ知っているそして即座に理解できる”渋谷すばるの事情”があるんだろうとその時思った。


2010年。
前年の秋からこの年の春まで放送していたテレ朝の関東ローカル15分(!)の深夜枠で放送していた関パニは、本当に面白い番組だった。
きのこが食べられないすばるくん、辛いものが食べられないすばるくん、逆さ文字が書けないすばるくん、マイケル化するすばるくん、カレーを赤子にするすばるくん、基本ポンコツなのになぜか台詞の暗記だけはサラリとやりのけるすばるくん。いろんなすばるくんが今も記憶に残っている。

関パニが終わり冒険JAPAN関ジャニ∞MAP放送開始。
全国各地をエイトが旅して楽しむだけの旅番組。放送当時はメンバー全員出ないことを不満に思っていたりもしたけれど、今となっては実に贅沢な番組だったなと思う。当初すばるくんは普通に船に乗っていたものの、後半になるとなぜか一人船に乗らなくなったのも今は昔。
震災後、録画したものを見ていたらその半年ほど前にヨコとすばるくんとヤスくんが気仙沼の港で楽しそうにロケをしていてふと涙が出たなんてこともあった。

初夏、その関ジャニ∞MAPのテーマソング「wonderful world!!」がこの年の一枚目のシングルとして発売された。そして、詳細が発表された時点で物議を醸していたその特典映像を再生したファンが一気にざわつき出したと同時に、貼られていたKEEP OUTが無くなり「8UPPERS」という謎の企画が本格的にスタートした。
日々少しずつ更新されるclub∞。あの頃は今ほどtwitterに(おかしな使い方をする)人がいなくて、エイトが好きというただそれだけで集っている”エイトクラスタ”が小出しにされる情報にああでもないこうでもないと妄想を膨らませている時間は、文系おたくとして実に楽しかった。

そして8月に「LIFE~目の前の向こうへ~」が発売された。
PVが解禁されたその日、今までは決まってどこかしらファニーな要素が入っていたのにこの時は終始カッコいいだけで、逆にファンが戸惑っていたのが今でも忘れられない。
それに合わせての2週連続Mステ出演。ミュージシャンも構成上アテ振りする人が大半の中、楽器の周囲に大量のマイクを用意しての生歌&生演奏。
なんていうか、しみじみとヘタクソだった。皆、各々にヘタクソだった。でも、わざわざちゃんと演奏して歌うその気概にグッときた。私は彼らのファンだから。まあヘタクソではあったんだけど。

その後8UPPERSの全容が明らかにされ、10月11日には一日限りで全国ロードショー公開もされた。
事前情報をあまり入れないで見に行ったこともあって、見終わった後の衝撃たるやなかった。
おたくの都合のいい妄想や願望を具現化したかのような76分間。すばるくん否アーセナルは、めっちゃくちゃにカッコよかった。
以前もtwitterで触れたように個人的に一番好きなシーンは赤子を背負ったアーセナルがジャッキー&ガム&エースから揶揄われながらも居直って銃を構えるシーンなのだけれど、この場面を映画館で見た時「こんなエイターが欲望のままに作った二次創作のような萌え映像を、関ジャニ∞(本物)を使って世に出していいのか…?!」と心底驚愕した。

映画「大奥」の公開日、Mステで8UPPERSのリード曲である「アニマル・マジック」を披露した。
終盤の、二人ずつユニゾンで歌い繋ぎ最後にすばるくんが一人で歌い〆る様が、絶対的センターかつリードボーカルという感じで実に様になっていた。ま、同時に杉本彩に興奮したというゴールデンタイムにそぐわぬ話もしていたけど。

8UPPERSツアー。
テクノメドレーを見るためにチケット代払ってるようなもんだと思いながら足を運んでいたけれど、もちろんそれ以外も楽しかった。
Jack Hammerの落ちサビで地団駄を踏みながら歌うすばるくんがものすごくカッコ良くて、その箇所ではいつも決まってすばるくんを見ていた。
コンサート中に突如はじまるウインクキラーコーナーの罰ゲームは”嬉し恥ずかしラブレター”。当時から個人的に一番印象的だったのは、すばるくんに対するヤスくんの「一番とは言わんけど何番目かに愛してください」という一節。
一時は一人で買い物に行けないくらい内向的で人間不信だったすばるくんを一番側で支えて受け入れて慈しんでいた安田くんが、すばるくんにとってもう一番の存在ではないということを安田くん自身が分かってしまっているんだなとしみじみ感じた悲し切なしラブレターであった。

この年の10月にすばるくんにとってはじめての冠番組である「スバラジ」がスタートした。
演技仕事の比重が大きくない他のメンバーは皆グループの冠番組以外のレギュラーを持っているのに唯一すばるくんだけそれがなかったので、スバラジが決まった時は本当に嬉しかった。すばるくんが一人でバラエティの司会をしているのもパネラーをしているのもどちらもしっくりこないなと思っていたので、一人ラジオのお仕事は理想的だなと思った。
大倉くんのオールナイトニッポンがはじまるまでは、ほぼ毎回聞いていたなぁ。コーナーもネタはがきもウィットに富んでいて、羨ましかった。

年末に放送された「モンハン祭り@レコメン」は、今もたまに聞き返す。今年もMHWをやりながらBGM代わりに流していた。
各々のプレイスタイル話からはじまり、絶え間なく繰り出されるモンハンあるあるネタや下ネタ、不毛すぎるメンバー内マウンティング、そして常にヒナちゃんに対して(ハンター的な意味で)上から目線だったすばるくんが最終的に乙り3人からバカにされて終わるというオチが完璧すぎるくらいに完璧で、実に最高の3時間だった。
この回で「僕は、実力はあります」と自慢げにオールマイティープレイヤーを名乗る大倉くんに憧れてあらゆる武器に手を出した私は、長いガンナー期を経て最終的にランサーになりましたとさ。






2011年へ続く。*3

*1:※予想

*2:翌年嵐のドームコンサートに行き同社比的に実はそんなすごくなかったということを知る

*3:年内までに2018年にたどりつけますように…

GR8EST大阪公演の振替公演と追加公演を見にいったのでそのことについて綴る。

関ジャニ∞の2018年のツアー、GR8ESTの大阪公演23日分の振替公演と追加公演に行ってきた。

2公演見た率直な感想は、良くも悪くも夏とはまったくの別物で、やはりGR8ESTツアーのオーラス=集大成は9月16日の福岡だったなっていうことですかね。
もともと8月23日しか見る予定がなくて、実際に今回の振替公演しか入れなかった人がいたとすればそれは面食らって当然だなと思う。でも、たとえ8月23日の振替公演であるとはいえ11月17日はどう考えても8月23日ではないし11月17日のすべての事象が8月23日に戻ろうとしたところで戻れるものでもない。
時は無常でコンサートは水物。仕方のないことなんだと思うしかない。


GR8ESTツアーの札幌名古屋大阪東京福岡の雑感は既にしたためているので、興味のある方がいれば。
…いるのか?

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今回の公演と夏のツアーの主な違いは
①「ここにしかない景色」が「象」に変わった
②安田くんがMC中もステージ上にずっといた+トロッコにも乗っていた
③kura tik新録
④「今」「へそまがり」「LOVE&KING」他、バックに関西ジャニーズJr.がついた
⑤がむしゃら後にあったヒナちゃんによるたこやきオールスターズの紹介が大倉くんの紹介からはじまるなにわ男子の曲披露に変わっていた
⑥KING作文新録
⑦6人で一人ずつ長々としていた最後の挨拶が、ヒナちゃん一人による簡潔なものに変わっていた
⑧本編最後の曲が「大阪ロマネスク」から「ここに」に変わっていた
⑨アンコールの「パノラマ」が「All you needs laugh」に変わっていた
…くらいでしょうか。

「ここにしかない景色」が「象」に変わった

これに関しては、個人的に「ここにしかない景色」がとても好きなので無くなったことは単純に残念ではあった。ほかでもない大阪は”僕らの街”なのに。ようこそしてくれよ。大阪観光シンボルキャラクターなんやで君達はっ。
とはいえ、象の方が明らかに盛り上がるし曲順的にもあそこに入れるのがベストだろうし、仕方ないといえば仕方ないのかもな、っていう。
でも札幌で「僕らは偶然の中で出会って同じ時を共に生きている」という歌詞と共に6分割モニターに映った彼らを目にした時の感慨深さと、それと同時に覚えたどうしようもない寂しさは、きっとこれからも忘れることはないでしょう。

安田くんがMC中もステージ上にずっといた+トロッコにも乗っていた

これについてはもう「良かった」としか言いようがない。
本当に良かった。ありがとう安田くんの細胞&自然治癒力
17日、オモイダマが終わっていなくなるタイミングが来ても安田くんがなかなかステージから捌けずそのままMCがはじまって、今日は安田くんがステージからいなくならずにそのまま6人でMCを続けるんだということを理解した時、本当に涙が出そうになった。
今の治安が悪すぎる見た目の安田くんを以前のようなきゅるるんアイドルとして見ることはなかなかハードルが高いとは思うけど、ああいう風に過剰なくらいに曝け出すことで自分の中の溜まっているいろんなことを昇華しているのかなとも思う。
ヨコは「サイドに刺青を入れるのはやめてくれ」とは言っていたけど、誰も今の髪型や見た目を咎めたりはしていなかったなそういえば。
地肌が見えるほどにサイドを刈り上げるのも、無精髭を生やすのも、ピアスを突然増やしたのも、安田くん自身何か思うところがあってのことなんだろうなって私は勝手に思っている。
みんなきっとそうなのだろうと思っていた頭の傷が、去年の手術の痕であることを初めて自分から口にしていた。でも、その傷跡を何かアートとして活かせないかということも言っていた。そのポジティブな痕活用法は正直全然理解できないけど、その理解のできなさが彼の奥深さというかすごいところなんだろうなとも思う。
マニアック、楽しみにしています。

kura tik新録

ツアー中に流れていたものはわざとらしさの極みといった感じで正直なところ私は錦戸さん以上に耐えられない感じではあったんだけど、今回のは突き抜けすぎていて羞恥心が邪魔することもなく全て楽しく見られた気がする。
たった2公演のためにメンバーも大倉くんもロケにまで出て新しく収録してくれたんだなと思うとその気持ちにグッとくるし、何より安田くんの女装は本当にかわいかった。あの映像の中の(女だらけの今日の京セラドームですら滅多に目にしないレベルでかわいい)女の子と今のチンピラみたいな安田くんは同じ人間であるという信じがたい事実に、一瞬時空が歪むような感覚を覚えた。
ItoUをBGMに、二人で一生懸命乳首ドリルの練習をするtorn二人のオフショットのシュールさったらなかった。この人たち、別にこんなことしなくても生きていけるのにホンマにアホやなありがとう。

「今」「へそまがり」「LOVE&KING」他、バックに関西ジャニーズJr.がついた

個人的にジュニアには関心がないのでバックにジュニアがついていようがついてなかろうがどうでもいいし、どうでもいいからこそ別についてくれてもいい。つくことで喜ぶ人がいて、またジュニアの方達にとっても糧になるのならいてくれていいんじゃないのかな。
ただ私も以前目にしたしたことがあるけど、ジュニアにだけ声援を送るべくジュニアがステージ上にいない時にあえて座ったりスマホをいじったりと所謂イキった態度を見せるのは、それを一種の愛情表現だと思ってるのかもしれませんけど正直なところ激ださいですよとは声を小にして言いたい(∵小心者なので)。

「がむしゃら行進曲」後にあったヒナちゃんによるたこやきオールスターズの紹介が大倉くんの紹介からはじまるなにわ男子の曲披露に変わっていた

GR8ESTツアーの合間をぬって、大倉三兄弟の長男忠義くんと横山三兄弟の長男侯隆くんの二人が、今秋行われていた関西ジャニーズJr.のコンサートの舞台裏で先輩風ならぬ長男風を吹かせていたのは周知の通りである。
これについては、大倉くんが事務所の人にやらせてくれと直談判したのか事務所の人が大倉くんに頼みこんだのかすべて筋書き有りきの事務所の戦略なのか…、実際のところは私には勿論分からないけれど、大倉くんが関西ジャニーズJr.のことを思い、考え、彼らの未来のために尽力していた時間があったというのは紛れもない事実であるわけで。
それに、別段やってもやらなくてもいいジャニーズwebでの連載を「ジュニアに恋しちゃった」っていう謎建前がありつつもやることを決めてくれて、自らのスペースを割いて個人個人、しかも型通りのそれではなくちゃんと個々の魅力が伝わるように紹介したり、でもそれだけではきっと(一部の)自分のファン=大倉くんにしか関心がない界隈からは多少なりとも不満の声があるであろうこともちゃんと理解してたまに自撮りやら安田くんやらこちらへの謎呼びかけやらをしてくれたその思慮深さとやさしい気持ちは、やっぱり大事にしたいなと思う。

私は所謂”朝ドラクラスタ”で、ほぼ毎シーズン朝ドラを欠かさず見ている(※たまにある肌に合わないやつは除くちなみにまんぷくは今のところ毎日楽しく見させてもらっています)。
ごちそうさん」も「あさが来た」も個人的に大好きな朝ドラで、故に西畑くんだけは名前も顔もニノのことを尊敬していることも知っていたし、地道にキャリアを重ねて頑張っていってるなぁと端から見て思っていた。
そんな西畑くんが先日のwebで今回のエイトのコンサートに出た時の感想を書いていた。ので読んだ。素直に感動したし、後輩から「ドームの景色、歓声を守っている」と書かれていたエイトが、とても頼もしくまた誇らしく思えた。
ドーム公演はデビュー4年目の2007年から毎年、5大ドームツアーは2011年から8年間連続で行ってはいるけども、それは数少ない選ばれた人だけができることであって当たり前などでは決してない。いちファンとして、これからもできるだけ長く彼らがそれらを守り続けられるよう、微力ながらお力添えできれば(と思いつつGR8EST全種予約させていただきました)。
今の状況や雰囲気から察するに、きっとこのまま誠実に時間を重ねていけば、遠くない未来にあの7人はデビューできるんだと思う。その時に大倉くんが心から嬉しいと思ってくれさえすれば、私は諸々オールオッケー👌

KING作文新録

大阪の人ならば初日に彼らがロケをしていた場所が如何に四六時中人でごった返しているか知ってると思うんだけど、それにも関わらずあの場における白け具合は本当に衝撃的だった。
松竹座の場面では、”KINGであいうえお作文を作る”という趣旨を読み取れていないことをいじられているまるちゃんを横目で見るヒナちゃんの顔が最高だった。一見しっかりしているし実際対外的にはしっかりしている時が多いのに、時折信じられないくらいに抜けているところが垣間見えるのがヒナちゃんの可愛さであり魅力だなと思う。

6人で一人ずつ長々としていた最後の挨拶が、ヒナちゃん一人による簡潔なものに変わっていた

GR8ESTは、再生のツアーだった。その過程というか経過を顕著に感じられるのが最後の挨拶だったと思う。
札幌では覚悟を決めた表情で喋るヨコが、名古屋ではすばるくんに対する思いを漸く口にできたまるちゃんとそれまで堪えていたものがあふれ出たかのように涙をこぼす安田くんが、大阪ではすばるくんに未練タラタラな大倉くんが、東京では楽器を演奏することの喜びを噛みしめるヒナちゃんが、福岡では無言で客席を眺めている錦戸さんが、それぞれとても印象に残っている。
個人差はあれど、公演を重ねる毎にそれぞれの表情も和らいでいき、過去を振り返るような言葉も減り、すばるくんの名前も聞かれなくなった。
でも、今回の公演でその挨拶をヒナちゃん一人に任せているのを見て、もうそういう”再生の過程”を見せる必要が無くなったんだなと思った。その段階に彼らはもういない。6人は既にその先へ進んでいる。
しかしながら。
札幌から福岡まで時に感情的になる5人に対し然程感情の起伏もなく明るい挨拶をしていた印象のヒナちゃんだけど、先日届いた会報に書かれていた「”ミスター通常営業”でおりたいなと思ってた」という一節を読んで、ちょっと胸が痛くなってしまった。自分たちと向きあう際に客は楽しい気持ちだけ抱えていて欲しいという意思は4月15日以降のヒナちゃんの言動の随所から伝わってきたしこちらもそう努めるべきなのだろうとは思っていた。でも、しんどくないのだろうか。大事な仲間が患い、大好きな幼なじみがいなくなってしまったのに。
こちらが知り得ぬところでヒナちゃんにも何かしら昇華できる場所があればよいなと心底思った。

本編最後の曲が「大阪ロマネスク」から「ここに」に変わっていた

その前述の挨拶を終えた直後に始まるのが本編最後の「大阪ロマネスク」だった。
当時まだ8人だった14年前に松竹座で初披露されたこの曲は、これまでの彼らの活動の節目節目で必ずといっていいほど歌われてきた。過去に二度行われたファンによる人気投票でも常に上位で、ファンにとってもメンバーにとっても、比類ないほどに思い入れがある特別な曲。
メンバーが一人抜け7人が一丸となり死ぬ物狂いで前に進んでいた頃にも、それなりの安定を手にいれて更なる高みを目指すべく苦悩していた頃にも、そして音楽という武器を見つけまさに過渡期にいた頃にも、この曲はそのすべての時間に寄り添ってきた。そして初披露から14年経った今年、”関ジャニ∞渋谷すばるとして一番最後にレコーディングした曲”という完璧なオチまでつけて、「大阪ロマネスク」は7人の物語を余すところなく投影する曲に成ってしまった。
そんな曲が、他でもないすばるくんの声からはじまるこの曲が、6人全員の声からはじまったのを札幌で目にした時の感情は、言葉では言い表せないものがあった。
毎公演、聞きながらやっぱり私はすばるくんのことをそして7人のことを思い出していた。それまでの内容がどうあれ、そのコンサート本編の終わり方は毎度センチメンタルでしかなかった。
その「大阪ロマネスク」を、6人は切った。そして、6人として最初の曲である「ここに」に置き換えた。
どういうやりとりや経緯があってこういう形になったのかは分からない。でも、その変更がどれほどのものなのか理解できるからこそ、6人の覚悟に胸が震える思いがした。
アンコールで歌われていた時より立ち位置に間隔が空いてしまったせいで興味深い様子が減ってしまったのは残念だったけど、最後のヤンマー二人が並んで歌うところではちゃんと安田くんが錦戸さんに駆け寄っていたのが可愛いどころの話ではなかったあんなにも赤子が泣きそうな見た目をしているのに。

アンコールの「パノラマ」が「All you need is laugh」に変わっていた

大阪のために作った曲を一番最初に大阪で聞けて良かったなって。ミニオンのタオルをかぶるまるちゃんがものすごく可愛い…かと思いきや可愛い被り物から垣間見える顔面がものすごく男前で、そのギャップに狼狽した。


そういえば、18日の「象」で、すばるくんがウインクしていた箇所と同じところで安田くんがウインクをしていて、なんか全然しんみりするところではないのにしんみりしてしまった。あと、同じ18日の「今」でまたまるちゃんがすばるくんが歌っていたBメロを思いっきりスルーしていて、ここも全然しんみりするところではないのにしんみりしてしまった。…山田揃って突然しんみりさせるのやめてくれないかな!
でも、歌い忘れたことに気づいたまるちゃんがその後一切苦笑したり照れ笑いせずに強張った顔をしているのを見て、なんか…何も言えなくなってしまった。言ってるけど。というか、書いてるけど今。仕方ないよ、だってすばるくんがいなくなってまだ4ヶ月しか経ってないんだもん。

そう、まだ4ヶ月しか経っていない。
でも、この4ヶ月で本当にいろいろなことが変わってしまった。エイトもそうだし、こちらの気持ちも。
大丈夫にはなった。でも、思い出してしまうことは当然にある。想像してしまうことも。もしこの場にいたらどうしていただろうとか、居て欲しかったな、とか。
ふと声が聞きたいなと思うこともある。曲を聞きながら、この曲の歌声はもう二度と聞けないんだなと寂しく思ってしまったりもする。
いつかそんなことも思わなくなる日が来るのだろうか。4ヶ月でここまで変わってしまったのだから、先のことなんて分からないね。


時間は絶えず流れ続ける。
いろいろあり過ぎた2018年も、あと一ヶ月強で終わりを迎える。すばるくんはジャニーズ事務所から退社し、錦戸さんのドラマがはじまり、安田くんのマニアックがはじまる。きっとそれもあっという間なんだと思う。
一年後の関ジャニ∞はどうなっているんだろう。とりあえず平穏で健やかで幸せな時間が6人に、すばるくんにも流れていてくれることだけを願っています。




GR8ESTツアー全16公演、お疲れさまでした。
本当に、楽しかったです。

GR8EST福岡公演を見にいったのでそのことについて綴る。

9月15日、16日とGR8ESTの福岡公演を見に行ってきた。


行くたびに思う。
ヤフオクドームの”最寄駅”が唐人町駅って本当どうなんだ。寄ってない。全然寄ってないよ。
個人的に5大ドームでヤフオクドームの道程が一番つらい(のでバスかタクシーがよい)。



15日。
9日の東京公演の盛り上がりが異様だったのもあって、あの場がその天辺とすると福岡は客自体も若干燃え尽き症候群というか、落ち着いた空気ではあった。
加えて某二人の例のアレ直後ということで正直見てる側もいろいろと思うところはあるんだろうな的空気は、まあ正直感じちゃったよネ。

個人的には「こんな格好悪い話を全世界に発信されるなんて、人並みの羞恥心の持ち主ならば東尋坊から身を投げたくなるな…」くらいにしか思わないけれど、そりゃ撮られるよりは撮られない方がいいし売られるよりは売られない方がいいし載るよりは載らない方がいいに決まっているし本人たちもそう思っているというか思っていてほしい。あんな高純度のダサみを「是」とする、そんな鋼鉄のメンタルは別に二人に求めてはいない。二人には、いつだって格好良くあって欲しい。
とはいえ、第三者発信の事柄のどこまでが事実でどこからが脚色かなんて分からないし、そもそも本当に本当のことなんてこちらは何一つだって知り得ないということをイヤというほど叩き込まれたのがこの半年間でもあったわけで。

自分もいちおたくでSNS等で好き勝手言っておきながらあれだけど、一挙一動を注視され一挙一動について重箱の隅を突くように言及され、訳の分からん連中から身の毛もよだつ幼稚な妄想や虚構の玩具にされ、同年代の一般人は当たり前に有る自由もなく、その度を超えた不自由も耐えて当然我慢しろと四六時中品行方正の権化のように生きるという無理難題を全方位から強いられて、なんていうか…単純に生き難そうだなあと自分自身が日々自由に欲どしく生きてるからこそ思う。
大倉くんも昔ラジオでそういう時期があったと言っていたけれど、いっそアイドルなんて辞めてその不自由さから逃げたい、自分の人生なんだからもっと自由に自分の好きなように生きたいと思ったことはきっと他の5人にもあったんじゃないかな。
ファンが皆目察せられなかっただけで、もしかしたらすばるくんは限界だったのかもしれない。
そりゃもちろん寂しいけれど、心が壊れる前に別の道を選んでくれたことは救いなのかもしれないなぁとジョンヒョンくんのこともあったし思ってしまう。
でも、だからこそ、あんなことが起きてもその不自由の螺旋から降りずにとりあえず暫くはアイドルで居続けることを決めてくれた6人には感謝したい。だって、6人がそれぞれに続けると決意してくれたからこそ関ジャニ∞が今日まで存在してくれていて、ファンがそれを享受できるのだ。
勝手に好きになって勝手に消費して、そして勝手に離れていく。義務じゃない代わりに責任も無い。ファンなんて、所詮どこまでも無責任な消費者(の集合体)でしかない。
そんなファンのために、とエイトはあれこれ差し出してくれる。このしんどかった半年を思い返してもそう。常に誠実に、ファンのことを一番に考えてグループを動かしてくれていた。それに対しては本当に有り難いし、有り難いことにはちゃんと有難うと伝えたい。そしてそんなファンのポジティブな声がその不自由な場所に留まるモチベーションにほんの少しでもなっているのなら、そんな喜ばしいことはない。
なので、例えどれだけ聞こえのいい建前を並べようと道理の通らない文句やこじつけは端から見たらヘイトでしかなく、彼らにとっても彼らのことを愛でたいファンにとっても絶対的に害悪でしかないので、その発信源は漏れなくまるっと消えてくださいお願いしますこの世には楽しいことが他にもたくさんあるんですしね。

…ま、そのダサみを受けてか否か大倉くんは初心に返ったかのような言の葉たちに加えて「死ぬほど頑張ります」と噴出しそうなくらい真面目な顔で公言していたので、「死なれても死にかけられても困るし普通に頑張って元気でいてくれればいい」とその晩は同担の人たちと語り合ったのでした。

他に印象に残っているのはやっぱり安田くんの挨拶かな。
34歳になったばかり。人生80年とするとまだ折り返し地点すら到達していないのに、まるで悟りを開いたかのような表情で「生き急ぐことなく、今を生きたい」と言い放つまでに至った彼のそれ迄を思うと、涙腺が緩んで仕方なかった。
この日、安田くんは公演中にボク。も更新してくれていた。しかも写真まで付けて。
私は34歳の安田くんのスネ毛も変わらず全力で愛していきたいと思っていまスネ毛。



翌日の16日。
11月のことはさておき、とりあえずはこの日が7月15日から始まった国内GR8ESTツアーの最終公演日。
さすがに昨日とは打って変わって最終日特有の温度の高さみたいなものはあった。

この日だけ、無責任ヒーローの最初の掛け合いがだいぶ長めに取られた。段々と大きくなる声。実にオーラスらしい清々しい光景だった。


最後の挨拶。
「札幌が始まる前は不安だった」というヨコの言葉を聞き、あの日、公演中ほぼ笑顔が見られなかったヨコのことを思い出していた。
実際、札幌公演のあとに私が一番気掛かりだったのはヨコのことだった。
以前はよく”大将”なんて言われ方をしていたけれど、私が彼らを好きになった当時の関ジャニ∞の長でありブレーンは間違いなくヨコだった。たとえグループに何かが起きても絶対に何とかしてくれる、そんな絶対的な頼もしさがヨコにはあった。
それから時が経ち、グループが大きくまたメンバーも個々に大きくなって行くに連れてその感覚は薄れてはいったけれど、それでも根底は変わっていないと思っていた。だからこそ、すばるくんがいなくなってあからさまに落ちて、凹んで、弱々しくなっているヨコを見るのがとてもつらかったし、不安だった。
ヨコは今日楽しかったのだろうか、これから6人のコンサートを心から楽しいと思ってくれることはあるんだろうか、また前みたいにバカ笑いしている姿が見られる日は来るのだろうか…と初日が終わってから暫くはそんなことばかり考えていた。
でも、名古屋から徐々に笑顔が増えていって、東京ではスカパラと一緒に楽器を演奏した喜びをうれしそうに何度も反芻し、福岡では妖怪ケツ洗いとの再会を楽しそうに話すヨコが見られて心底安心した。


この日本編ラストの大阪ロマネスクを聞きながら、7月15日からのあれこれを思い返していた。
札幌ではじめて6人を目の当たりにした時の衝撃、ゆっくりしか動けない安田くんを目にするたびに胸が痛くなったこと、ずっと在った息苦しさが昇華されていくような気がした名古屋のこと、安田くんが前より動けるようになってコンサートも今までみたいに楽しいだけだった大阪のこと、まさに熱狂の現場(※anan買いました👍)だった東京のこと。
それまでの過程をこの目で見て来たからこそ、ようがんばったなぁ~と6人を労いたい気持ちでいっぱいになった。

今回、5箇所とも見ることができてよかったなと思う。特に初日の札幌公演が見られたことは本当によかったなーって。
開演前に聞いたまるで祈りのような大きいエイトコールも、コンサートとは思えないほどのカオスも、今まで見たことがないくらいに強張った6人も、きっともう2度と見られない。
大阪公演以降が初見だった人は想像もつかないかもしれないけれど、6人は最初からあんな風にやれていたわけでは決してなかった。
初日の6人は、いつになく不安そうだったし気負っていた。そして、時間の経過とともに徐々にらしさが戻っていったのだということは全力でお伝えしたい。

この二ヶ月間、公演を重ねるたびにエイトは変わっていったし同時にこちらの心境も変わっていった。
過去に類を見ない、今度もあるかどうか分からない、未曽有の変化を同じ空間で一緒に体験できたのはなんというかファン冥利に尽きるなって。
今回のGR8ESTは、ファンもグループ及びメンバー各々も、共に再生していったそんなツアーだった。



とはいえ。
今回はすばるくんの脱退と安田くんの不調という予期せぬ事情がそのストーリーをドラマティックに見せていた点は多分にあると思うので、6人の関ジャニ∞としての真価が問われる次なのだろうなとも思う。
6人の熱さ・巧さ・エモさが炸裂していた「ここに」よりもさらに「これは6人だからこそだ」といえるものを見たいなぁ…ってこれは圧じゃないですよ、飽くまでも個人的な願望です。
そんな未来がはやく来ればいいなあっていう。


ま、とりあえず11月の京セラドーム公演を楽しみにしつつ私も日常を頑張ります。
ひとまずGR8ESTツアーお疲れ様でした。

GR8EST東京公演を見にいったのでそのことについて綴る。

9月7日、8日、9日の3日間、GR8EST東京公演を見に行ってきた。



7日。
スペシャルゲストとして東京スカパラダイスオーケストラが来た日。
錦戸さんがスカパラの名前を呼び、彼らが一列になってステージ上に出て来た時のメーターを振り切ったような会場内の熱気は、今までに感じたことがないくらいのものだった。
谷中さんがステージから見た光景のことを「死ぬ直前に見る景色(=走馬灯)のよう」と例えられていたけれど、東京ドームの広い会場の隅々までぎっしり入った5万5千人分が織りなすキラキラとした高揚感は、確かにそれ相応かもしれないなと思った。
セッションが終わった後、ヨコが何度も喜びを噛み締めていた。それだけでもグッときたのに、その後の挨拶でヒナちゃんの「今日ほど楽器をやっていて良かったと思った日はない」という言葉を聞き、なんというか、感無量だった。

関ジャニ∞に管楽器がないからという理由でそれを選びサックスと迷った末に消去法でトランペットをはじめたヨコと、すばるくんに鍵盤が欲しいからと言われてピアノを始めたヒナちゃん。
私はかつてヨコが音楽に対して消極的だったことも、ヒナちゃんが余裕の無い強張った顔で必死に演奏していた姿も知っている。だからこそ、この二人が本当に楽しそうに楽器を演奏して、「楽しかった」と躊躇いなく表してくれたことにひどく胸を打った。
こんな未来があるなんて、本当に思いもしなかったから。


コンサートは水物だ。
寸分違わぬというのは無理として毎回ほぼ同じ型通りのものを提供してくれる空間もそれはそれで素晴らしいとは思うけど、彼らのコンサートは概してそうではない。
いろんな内的要因・外的要因でその内容は良くも悪くも大きく変わる。でも、だからこそ何度も足を運びたくなる。
この日は安田くんが(錦戸さんに促され多少躊躇しつつも)「当たりくじだ〜」と言ってはくれたけれど、その発言があった=当たりでも、なかった=外れでももちろんないわけで、単にあからさまに普段と違うもの・滅多にありえないことに遭遇できてラッキーだね的なニュアンスでしかないと思う。
今回のツアーでいえば初日の札幌も名古屋の3日目も十分特別な空間だったと思うし、あの時の独特な雰囲気や感情は実際にその場にいた人にしか分からない尊いものだけれど、それを「当たり」と呼ぶのも何か違う気もする。異なっていたのは、一見曖昧で漠然とした”雰囲気”に過ぎなかったわけだから。
だからまあなんというか、個人的に安田くんの「当たりくじ」っていう表現は単純に独特で好きなので、余計な雑音等は気にせずこれからも機会があれば口にして欲しいなっていうただそれだけの話です。



8日。
開演前は林家ペーパー夫妻に心を乱され、公演中はアパーチーに心を乱された日だった。

何かが変われば、それに伴い当然に変化が起きる。
NOROSHIの前奏は、すばるくんがいなくなったことで横並びになったまるちゃんと錦戸さんと安田くんが3人で真ん中にぎゅっと集まって演奏するようになった。
この曲ではすばるくんが「控えめなのねガールズ?」と歌うたびに客席から大歓声が上がっていたけれど、今はその前のまるちゃんの箇所でも安田くんの箇所でも、そして錦戸さんの「控えめなのねガールズ?」でも各々声が上がるようになってとても興味深い。
まるちゃんと錦戸さんの声の相性がいいというかまるちゃんの声がとても柔らかいから、Heavenly psychoの最後の掛け合いは聞いていてとても心地が良い。
LIFEの出だし、すばるくんのパートを継いだ安田くんと錦戸さんの二人が並んで歌う姿は頼もしくて惚れ惚れする。
オモイダマで安田くんが落ちサビを歌う前に、大倉くんが毎回安田くんに手を差し伸べるようになった。
…他にもあったかな?思い出したらまた書き足そう。


この日、まるちゃんが「今」で自分が歌うパートを丸々飛ばしていた。そこは、もともとはすばるくんが歌っていたところだった。
これだけ回数を重ねていろんなものが変わっていっても、やっぱり体に染み込んでしまっているものはある。
でも、歌い忘れたまるちゃんのことを責める気なんてまったく起きない。きっと誰も。

MCではまるちゃんが20年前(つまり15歳くらい)からやっているというギャグをやることになったものの、その内容が下ネタということでマイクを通さず飽くまでメンバーにだけ向けて実践し、それを見たメンバーが舞台上で転がりながら爆笑していた。
エイトのファンは概して彼らが自分たちにだけ分かる言語で周りの人の目を気にせず内輪ウケしている光景を、凄まじい疎外感を覚えながら見ているのが好きだ。
この日も「この人たちすごいアホだけど、なんかすごい幸せそうだな…」と目頭が熱くなりつつも、こんな幸せな場所をすばるくんは自ら手放してしまったんだなとしみじみ思ったりもした。
ちなみにマイクは通さなかったものの地声の大きさ故にその下ネタはかなりの客の耳に届いてしまったので、まるちゃんは諸々ご愁傷様って感じですねアパーチー。

…結局何だったんだ、アパーチー。



9日。
回数を重ねるごとにエイトは変わっていく。昨日一昨日と比べても明らかに変化していることを肌で感じた日だった。
この日の公演は、たった二ヶ月弱前に札幌であんなにヒリヒリとしたコンサートをしていた人たちとは思えないくらい、ただただ楽しい空間だった。
どう楽しかったのか?いわゆるコンサートレポートはそれを文字にして具体的に書くべきなのだろうけど、あの魔法にかかったような楽しさはあの日会場に居た人にしか分からないだろうしそもそもコレはコンサートレポートなどではない。(※極私的備忘録)
とにかく最初から最後までひたすら楽しかったし、何よりエイトが本当に楽しそうだった。多幸感というのはこういうことを言うのだなぁと公演中何度も思った。
そして、それは過去のエイトのコンサートで何度か感じたことがあるものでもあった。


私は、エイトの主軸で歌の要でセンターに立つに相応しいすばるくんが抜けるとなった時、その軸を失くしたグループを一から再構築することの難しさに6人の心が折れて、6人がもう”関ジャニ∞”を諦めてグループでいることを辞めてしまうんじゃないか…、それを一番懸念していた。
でもこの二ヶ月弱6人を見てきて思ったのは、確かにすばるくんはエイトにとって本当に大事な人だったけれど、すばるくんがいなくなったくらいでは揺るがないものを関ジャニ∞はこの14年間で培ってきたんだな…ということ。
一からなどでは全然なかった。なんていうか、6人を完全にナメてたんだなと思った。
でももしかしたらすばるくんは、すばるくんだけは、たとえ自分が抜けてもあの6人だったら絶対に大丈夫だという確信があったのかもしれないね。


私の記憶が確かならば、紙面はさておき錦戸さんがコンサートという場で「eighter」という言葉を発したことは一度もない。
勿論デビュー当時から見ているわけでも全公演を見ているわけでもないけれど、少なくともこの11年間私は今まで一度も聞いたことがなかった。
だから彼がその言葉を大声で発した時、本当に吃驚した。吃驚したし、それをついに口にした彼の気持ちを思うと、何故か無性に泣きそうになってしまった。
もし、すばるくんがいなくならなかったら錦戸さんの「eighter」は一生聞くことはなかったのかもしれない。
何かが変われば、それに伴い当然に変化は起きてしまう。


この日の挨拶でヒナちゃんは言葉がまともに喋れないほど笑いが止まらなくなって、「今日はみなさんより僕らの方が楽しかったかも」と本当に嬉しそうな顔で言っていた。
その後、アンコールではしゃぎまくったせいで完全に息が切れたのか、いつもの拍手のくだりのときにまず声が出なくなり、手を繋ぐくだりではその場でへたり込んで立てなくなってしまった。
何とか大倉くんが肩を貸してヒナちゃんを立たせて手繋ぎ終了、そのまま大倉くんに抱えられるようにバックステージへと帰っていった。

立てなくなったヒナちゃんを見て、心配しなかったといえば嘘になる。
実際この夏はフジテレビと心中するような過密スケジュールをこなしつつグループ活動と共に(謎の)6キロジョギングも行いそのうえ当日の朝はめざましテレビ(ヨコいわく”むらかみテレビ”)の生放送にも出ていたワーカホリック村上信五さんである。
過労なのはもう火を見るより明らかで、とはいえそれまでに嬉しそうに笑い楽しそうにはしゃぎ回っていた姿を見ていたからこそ、なんか必要以上に心配するのも違う気がして。
ヒナちゃんがあんな感じなってしまったのもあの日の魔法にかかったかのような楽しさ故だったと思うので、村上くんのファンの方はそんなに気になされないでくださいと心から伝えたいなと思ったりもした。




…東京のことはこのくらいかな。

とりあえず安田章大さん、34歳のお誕生日おめでとうございます。
9月9日、二日前とはいえ会場で誕生日をお祝いすることができて本当に嬉しかったです。
私は安田くんが健やかで幸せであればもうそれだけで十分です。好きです。超好きです!超超大好きです!!
「好きでいてくれてありがとうございます」だなんて勿体な過ぎるお言葉、こちらこそ好きでいさせてくれてありがとうございます。
あと、せっかくの誕生日なのに GEKI-DASA incidentで水を差した大倉くんのことをできればでいいので許してあげてください。
本当、できればでいいのでね。
何なら許さなくてもいいです別に。
無理はしないで生き進んでください。
貴方の世界はこれからもっと、広がっていくばかりなのだから。

GR8EST大阪公演を見にいったのでそのことについて綴る。

8月24日、25日、26日と大阪公演を見に行ってきた。

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名古屋公演から一ヶ月経ったこちらの現状はというと。
一ヶ月半前には能動的に見聞する気がまるで起きなかった7人の映像も音源も、普通に見れるし聞けるようになった。
すばるくんの歌声を聞くたびに「今もエイトにいてくれたらなぁ」と思わないこともないけれど、それはもはや無理な話であって、この歌声の人は確かに関ジャニ∞だったけれどもう今はそうではないのだということもちゃんと受け入れられている。そして、すばるくんがいないエイトが今後どうなるのか想像がつかないからこそ、6人のこれからが素直に楽しみだと思える。
なんというか、自分の中で6人のエイトと7人のエイトはまったく別のもので、それぞれが個々に存在し両立している…といったこんな具合である。
皆さんの現状は、如何?
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大阪初日23日の公演は台風で中止になった。
8ESTのことがあったので、振替公演は無くて当然と思っていたのだけれど、結果的に行われることになったのは本当に良かった。
しかも秋。うれしい。
暑いの、つらい。


24日。
私個人としては5公演目。でも6人の関ジャニ∞をこの日はじめて生で見るという人も勿論いたはずで、そしてそういう人はこれから行われるどの公演にも必ず居る。
その人たちも、私が札幌で感じたショックや寂しさや虚無感に近いものをきっと感じてしまうんだろう。
そして6人をもうある程度見慣れた人がいる一方で、最初の衝撃に直面している人が居ることもエイトはちゃんと理解している。だからこそ、ヨコも「いろんな感情が在るとは思いますがそれを僕らは全部受け止めます」とほぼ毎回口にするのだろう。
これから初日を迎える人も、周りの目を気にせず素直にショックを受けて(人に迷惑をかけない範囲で)思い切り泣いたらいいしむしろそれが然る可きだろうと、この日斜め前の人が終始号泣している姿を見ながら改めて思った。
…その他に印象的だったことといえば、衣装が淡い色から金色に変わったこと、ヒゲを生やしたまるちゃんがとても色っぽかったこと、安田くんがLIFEでメガネを外してくれたこと、そして安田くんの「生きていることが幸せ」という言葉くらいかな。


25日。関西限定CDデビュー日。
そのことをエイトもちゃんと踏まえていたせいか、雰囲気が若干違った気がした。
なんかこう、あたたかい感じというか包み込むような空気というか。ホーム=大阪だからっていうのもあったのかもしれないけれど。

最後の挨拶で、大倉くんはすばるくんの脱退について未だに納得していないそしてすばるくんが抜ける直前の番組ラッシュの時に自分が聞きたかった言葉が聞けなかった(意訳)と言っていた。
一方その当時のANNで大倉くんは「現段階ですばるくんが言えることの最大限を言っている」とも言っていた。だから、すばるくんがどの番組でも一定の型通りの挨拶に終始した点についてちゃんと理解はしていたんだと思う。
だけど大倉くんは、多分そういう理性的なものではなくて、すばるくんのもっと感情的で本質的な部分を聞きたかったし、それを聞いてケリをつけて、自分自身を納得させたかったんだろうなと挨拶を聞きながら思った。
でも、確かに言葉は聞けなかったけど、最後の関ジャムセッションでその核心を感じられた、20年一緒にやってきたからこそそれが分かったって。
フラフラの活動に否定的だった大倉くん、その数年後すばるくんのThe coversを見て「”うちの”ボーカルかっこええ」と誇らしげに語っていた大倉くん。
会見で言っていたように、これからも関ジャニ∞としてすばるくんと共に夢を見続けたかったんだろうな。


26日。
この24時間のあいだに何があったんだろう?と思うくらい、安田くんの動きが前日とは違っていた気がする。
もちろんまだ十分に動けてはいないけれど、跳ねたり、しゃがんだり、軽いステップを踏んだりと、札幌の時から考えると信じられないくらいにアクティブに見えた。

最後の挨拶で安田くんは、今回のことについて心配をかけてごめんなさいと謝っていた。その際の「謝ることじゃないかもしれないけど」という付言に、”安田くんが悪いわけじゃないんだから謝って欲しくない”というファン心理をちゃんと汲んでくれているのを感じた。

安田くんが手術にあたって入院していた時の状況や心境は、29日付に更新されたボク。を読むのが一番良いと思う。他でもない本人なんだもの、他者が要約した140字なんかより、彼から発せられるものが一番真に近いし正しいに決まっている。

しかしながら、私はエイトが6人になったことについて整理はついたものの安田くんのことについては正直まだ全っ然、心に整理がついていない。

札幌で安田くんは「病気をして良かった」と言っていた。その言葉の真意は前述のボク。に書かれていたことなのだろうけれど、それでもやはり…というか赤の他人だからこそ、私は手放しでそんなことは思えない。
安田くんが病気にならず、怪我もせず、メガネをかけなくても大丈夫な身体だったならばどれだけ良かっただろうと何度だって思ってしまう。
”神様は乗り越えられる人にしかその試練を与えない”とかそういうのはさあ、もういいよ。試練なんて与えてくれるなよ。神様ただの意地悪か。
あゝ、本当に世界は残酷だ。

ボク。の「(手術が)うまくいかなかったらこの世からいなくなるし」という一文を読んだ時、知らないうちに安田くんがこの世から居なくなってしまうかもしれない現実があり得たんだということに改めて気付かされて、あまりのショックにそれを読んだのが寝起き&朝4時台だったにもかかわらず涙がポロポロこぼれてしまった。
ファンとしては無理だけは絶対にしてほしくない。病や怪我を押して仕事をすることは美徳などでは決してない。あんな身体なんだから、コンサートにだって別に出なくても良かったのに。
でも、出ると決めたのは安田くん自身だしそこを否定してしまうのはファンとして一番間違っている気もする。気もするけど、ファンが彼に望んでいるのは”2018年夏にステージに立っていること”それだけではない。これから先何年も何十年もステージに立ち続けてくれて、何年も何十年も健やかかつ幸せで居続けてくれることなのである。
しかし、”2018年の夏に無理をしてでもステージに立つ”ことを決めたのは安田くん本人だし、そもそもこういう過度の心配や一方的な気遣い自体彼にとっては雑音で、煩わしいだけなのかもしれない…という、最早延々とそのループである。
ま、結局のところ赤の他人のいちファンがあれこれ思い巡らしたところでそれは悲しいかな不毛に過ぎないわけで、そんなことよりも目の前の楽しいことを全力で楽しむ方が健全であり正しい姿勢なのだろうと自分にそう言い聞かせながら、残りの公演も楽しもうと思います。

とにかく現実が、2018年8月31日午後8時30分この瞬間に安田くんが生きて歌っている慈悲深い世界で本当に良かった。
Mステの関ジャニ∞、最高でした。
安田くんの、関ジャニ∞のこれからがどうか素晴らしいものでありますよう、神様よろしくお願いします貴方は決して意地悪なんかではないはず。




…コンサートの備忘録のつもりが、安田くんについて吐露し神様に圧力をかける記事になってしまった。
とりあえず、東京公演でも大倉くんはHGのモノマネをやってくれるのか?それを楽しみにあと一週間日常を頑張ります。