暇記

カキーン

2015年からのことについて綴る。

結局2018年のうちに仕上げることはできなかったな、っていう。
まあ諸々忙しかったこともあるけれど、近年になればなるほど筆…じゃない、打つ手が進まなくなってしまったのが正直なところで。
”思い出”として記すには、楽しさも悲しさも未だ鮮度が良過ぎるのだ…と遅筆の言い訳終了。




2015年。
泥酔した大倉くんがゲーム機のボタンにチーズを詰まらせたことでお馴染みの関ジャニズムツアーも無事に終わり、すばるくんはソロデビューシングル「記憶」と映画「味園ユニバース」のプロモーション活動へ。

ソロツアーの初日は難波のレジャービル味園の「ユニバース」で。まるちゃんが見に来て終演後こっそりバラを一輪置いていったのも確か此処。
味園ユニバース」は日本で公開される前にロッテルダムの映画祭で上映され、それに合わせてすばるくんは現地で取材を受けたりあとストリートライブも決行した。
そのオランダのストリートライブの映像をマネージャーから送ってもらって見たヒナちゃんが「あの感動はファンには分からない、僕だけのもの」だと目をキラキラさせながらIf or…のカーテンコールで話していたのが私は今も忘れられない。
多忙だったヒナちゃんは、このタイミングしかないからとすばるくんのソロ公演をわざわざ名古屋まで見に行ったそう。
すばるくんのことを人として友達としてメンバーとして全力で敬愛していたヒナちゃんは、すばるくんが歌を味方に立派に一人で立っている姿を見て、いったいどれほどの思いだったんだろうか。
そして、そのすばるくんからグループから抜けたいと言われた時のショックは、どれほどだったんだろう。
ファンごときにその思いはそりゃ、絶対に分からないよね。

映画公開日には早朝からのプロモーション活動。すばるくんはあまりにも無愛想で、無愛想すぎて後からマスコミに向けて謝罪文を書かされる羽目にまでなっていた。
ああ、そういえばこの人はこういう危うさがある人だったなと久しぶりの感覚を覚えたりもしたけれど、世間からすればいい大人が何してるんだという見られ方をするのは当然で、結果的にそのしわ寄せは全て本人に行ってしまうのだからもっと割り切って狡猾に立ち回ればいいのにと思わないでもなかった。

前年にBSの「The Covers」という番組に出たすばるくんを指して「うちのボーカルかっこいい」と言っていた大倉くんは、すばるくんが一人で出たMステもちゃんとチェックしていた旨ラジオで触れていた。味園ユニバースのことも積極的に宣伝していて「うちのメンバーすごい」と何の照れもなく言い切っていたことを覚えている。
フラフラの時とはまったく異なる気持ちですばるくんのソロワークを楽しみ応援している大倉くんに安心しつつ、それが素直に嬉しかった。

味園ユニバースは、公開日から合計4回見に行った。「100回泣くこと」ですら2回だったのに。
別に悲しいシーンでもあからさまに感動的なシーンでもないのに、最後の歌のシーンから涙が止まらなくなりエンドロールの「記憶」を聞きながら人目もはばからずドバドバと泣いてしまった。
なんであんなに泣けてしまったのか今でも不思議なんだけど、多分映画の中の”ポチ男”とこの映画をやりきった”渋谷すばる”二人それぞれに対して感極まってしまったんだと思う。
本当に、いい映画だったな。

3月、3年半続いた仕分け∞が終わり、5月から関ジャム完全燃showがスタート。
迷走期を終えた後の関ジャムはひたすら良い番組で、この番組によるスパルタ音楽教育のおかげでエイト各々の楽器スキルや意識が明らかに変わったのは本当に良かったけれど、結果的にこの番組がすばるくんの音楽への衝動に火をつけてしまったその要因の一つになったのかもしれないなぁと思わないといえば嘘になる。
でも、それでも、この番組が始まったことはエイトにとって本当に良かったと思うな。
これからも極力長く続きますように。

この年の春、突如現れた「キャンジャニ∞」。
戦隊ヒーロー、同じ孤児院で育った始末屋ときて、まさか女子アイドルとしてのパラレルワールドまで提供される日がくるとは…とあまりにも斜め上の展開に衝撃を受けた。
もともと顔が整っている7人だから女装しても普通に見られる仕上がりになっていたけれど、その中でも”すば子”の凛とした美しさは高貴ですらあった。あの人、もともと四肢も若干女児みたいだしね…。

夏、関ジャニ∞リサイタル「お前のハートをつかんだる!!」開催。
私は三重と福井へ。
個人的にリサイタルは「近い」以外の利点がほぼ見られなくて大賛成とは言い難いものがあり、このブログも当初はそのリサイタルについて遠慮なく突っ込みたいがために作ったのであったことをふと思い出したので、当時のことについて興味のある方はこちらをどうぞ。

関ジャニ∞の元気が出るCD」が発売。特典が両方とも異なるベクトルで強烈で良かった。
すばるくんと安田くんと錦戸さんと大倉くんの4人のツーリングを映像に残してくれて本当に良かったなって。これはもう今後絶対に見られないものだから。

11月23日、テレ朝のドリームフェスティバルに出演。
実はエイトが出るか分からない時点で別の出演者目当てにチケットを取っていたので幸運にも見れることに。
エイトはトップバッターだった。
私の周りにはエイトのファンらしき人はほぼ居なかったのだけれど、ああいうアウェイの場でも臆せず堂々と場を盛り上げているのを見て、もしかしたら今は彼らの過渡期でその一端となったのは前年一人でこの場所に立ち今年一人でツアーをやり切ったすばるくんなのかもなと思ったりもした。

この年の年末、エイトはFNS歌謡祭に出演した。
前年は別スタジオで数多のグループと同じone of themといった形での出演だったけれど、この年漸く飛天の間に招かれることとなった。
なぜかエイト(とKAT-TUN)は長年FNSから声が掛からなくて、いつかもっと売れて出られる日がくればいいなと長年思い続けていたので、前年に出演が決定した時は素直に嬉しかった。
この年に歌ったのは「前向きスクリーム!」と「ズッコケ男道」。飛天の間に不似合いな盛り上げ要員としての役割を全力で務めていた。

12月から「元気が出るLIVE」ツアーがスタート。
このツアーはとにかく後に映像化されたソフトの出来が最悪ではあるものの、セットリストも内容も個人的にはとても好きで札幌で初日を見届けたあと「今回は行けるだけ行こう!」とはじめて福岡にも遠征した。
ヒナちゃんのピアノで「渇いた花」を歌うすばるくんを見て、二人とも出会った当時はこんな未来なんて微塵も想像してなかっただろうなと見るたびに胸が震える思いだった。
LOVE & KINGではエイト6人がバックダンサーを務めていたのだけれど、すばるくんがストリートダンスをする姿が見慣れなすぎて&想像以上にちゃんと踊れていて、ものすごく高揚したのを覚えている。まあこれも映像としては残っていないんだけどね…とはいえ、なぜ残っていないかってそれは大倉くんのせいでもあるのでなんともこう、強く言えないところもあるんだけども。

年末、この年も紅白に無事出場。ものすごい派手な衣装を着て「前向きスクリーム!」を。あのキムタクパイセンも前向きを踊ってくれてたんだようれしいね。
ジャニーズカウントダウンにも久々に復帰。エイトは「大阪ロマネスク」と「Cha Cha Chaチャンピオン」をチャンピオン姿で歌っていて最高だった。
そして、ファンが選ぶ一夜限りの”夢のユニット”リクエスト投票数一位として、すばるくんはタッキーと二人で「明日に向かって」を歌っていた。
この年、この二人がこういう選ばれ方をしてそれがちゃんと記録・映像として残ったことは、今となっては本当に良かったなと思うし若干運命的なものも感じてしまう。


年が明けて2016年。
最終公演で例の忠義腸閉塞事件が起こる。ま、詳細は映像化されているのでそれを見ればいい…と本心からはとてもじゃないが言えないけれど、まあ一回くらいは見てみてもいいんじゃないかな。ソフトは確か限定生産だった気がするけど、今も売ってるやろ多分きっと。

あの日に感じたことはこちらに記しているので興味がある方はどうぞ。
結局7人が「ずっと一緒」にはいられなかったけど、あの日すばるくんが涙を流しながらこちらに向かって語りかけてくれた言葉に決して嘘はなかったと今でも思えるよ。後日発売されたDVDでも、すばるくんは泣いているファンのことを一番に気にしてくれていたねそういえば。

2015年の瀬にすばるくんの二回目のソロツアー決定のお報せがあった。
最終地は両国国技館。すばるくんのライフワーク的にこれからも年一回ソロツアーはやっていくのかなぁとこの時は思った。
私はZeppなんば(と言いつつ大国町やないかZepp大国町にしろってまじで)公演へ。
前回のツアーは外れたので、すばるくんのソロ公演を見るのはこれが初めてだった。
ユルい顔認証を経て入場。もう10代のころのようにモッシュやダイブを許容できる体力が自分自身にあるとは思えなかったので、前方の比較的人が少ない場所に移動して公演を見た。そういえば、ジャニーズWESTの重岡くんと室くんが客に紛れて普通に見に来ていた。
公演自体は、兎に角”渋谷すばる”が堪能できたなっていう。すばるくんの歌が好きな人にとっては堪らない空間だろうなと思った。
公演中、すばるくんがお客さんに向かって「『Zeppにジャニーズのアイドル見に行った』って言ってやれ!」と煽っていたことを覚えている。
この時に限らず以前からすばるくんは時折自分がジャニーズタレントであること・アイドルであることをこれ見よがしに誇示、主張していたけど、もしかしたらそうやって公言することで自らを追い詰めて、この場から去りたい衝動を必死に抑えていたのかも…と今となっては思わないでもないけれど、人の本心ましてや虚構の権化のようなアイドルのそれなんて分かる由もない。
でも、このころはまだ”関ジャニ∞に所属してアイドル業務をしつつ自分のやりたい音楽をやる”という状況を、すばるくん自身が楽しんでいてこれからもそのバランスをうまくコントールできるだろうと勝手に思っていたんだけどなぁ。

春にヒルナンデスからヒナちゃんが卒業。
別に”ヨコヒナ”がこの世から無くなったわけではないのに、何故か無性に寂しい春だった。

この年の夏にも昨年と同じくリサイタル開催。
大倉くんが腸を詰まらせて以来のステージであったとはいえ、リサイタル自体の感想は去年とほぼ同じだったな…。
今後も6人でリサイタル、やったりするのかな…やらなそう……。

「NOROSHI」が発売。
和装&バンドという「この仕上がりが嫌いなおたくなんてこの世にいます?!」的ビジュアルでPV撮影&プロモーション&年末の音楽特番出演。
FNSでは生田斗真さん主演の作品の主題歌として生田斗真さんもエイトと一緒にキングオブ男を歌っていたのが、なんだかとてもグッとくる光景でありました。

冬には久しぶりにアルバムを引っさげないツアー「関ジャニ’sエンターテインメント」がスタート。
誰の腸も詰まらず7人全員がちゃんと揃っていて、すばるくんが抜ける意思を固める前かつ安田くんの病気が露見する前のこのツアーは、彼らにとって最後の何の綻びも無い時間だったのかもしれないなと今になって思う。勿論実際のところは分からないけれど、去年の7月ごろ何度も「この時に時間が戻って欲しい」と思ってしまったのも事実であって。
格好良さも可愛さもそして30代の大人の色気も、全てが包含された良いツアーだったな。

NOROSHIのプロモーションの中盤〜ツアー開始頃から、すばるくんの雰囲気がぬるっと変わったことをぼんやりと思い出す。
一年半前では考えられないくらいに髪型が整然としだし、単純に見た目が小綺麗かつ可愛いくまた格好よくなった。
そして、時折醸し出される荒さとか痛々しさがぱったりと失せて穏やかで柔らかく不自然なほど品行方正になった…ような気がした。
個人的にあえてそうしているであろう乱雑な身なりや彼の危うさを疎ましく思う部分も正直あったから、何か心境の変化でもあったのかなまぁ大人になったということかなと当時はその変化を明るく捉えていた。
アイドルらしい所作を見せるたびに上がる黄色い悲鳴、それまでそんな分かり易い姿をあまり見せなかったというギャップもあって、公演を重ねるにつれ客が彼に対して期待と思いを強くしていくのを肌で感じた。ので、その点を当時ブログに書いたりもした。

「あゝすばるくんは絶対的センターでメインボーカルで赤を纏うべき人で、ルックスも挙動も全てが人並みはずれた魅力に溢れている完全にそういう星の元に生まれてしまったまさにアイドルに成るべくしてなった人なんだな」と改めて痛感したツアーだった。
一方で、その身なりと挙動と若干の歌い方の変化に違和感を感じていたのも事実だった。でも、その違和感を気のせいだ加齢だ心境の変化だと言い訳をし、見て見ぬ振りをした。
すばるくんらしいがなるような歌い方も…それこそオモイダマの落ちサビで声を張り上げて歌うことも、この頃からあまりしなくなったなぁ。
あと、これと同じ時期では無いのだけれど、2017年の後半くらいからすばるくんのレンジャーに違和感…とまでははっきり言い難い、本当にささくれのような些細過ぎるそれを覚えるようにもなったりした。
なんというか、読んでいるこちらを煙に巻くような、可愛さで本音を覆っているような、そんな文章が続くなぁと思っていたのは確かだった。
あゝ、なんて楽観的だったんだろうかあの時の自分は。

それはさておき、このツアーにおけるすばるくんの「なぐりガキビート」の曲紹介が本当に可愛くて、毎回見るのがとても楽しみだった。ネジ巻き仕様のオモチャみたいな可愛さがあった。


明けて2017年。「なぐりガキビート」が発売。
その「なぐりガキビート」の新春特盤にすばるくんがプロデュースした”新年会”の模様が入っている。
とても興味深い仕上がりで、私もそれを見た際ここに諸々を書き記したりもした。
この映像の中で、すばるくんは「それぞれが改革を起こさなれければ=一人一人が変わらなければ」と言っていた。関ジャニ∞の未来を思い6人の前で熱く語っている一方で心の内では脱退が過ったりしていたんだと思うと軽く人間不信になりそうな気がしないでもないけれど、多分この時点では、グループを辞めて1人になるかグループとして7人揃ってステップアップするかですばるくんの中でまだ迷いがあった…と思いたいな。
で、グループとしてのステップアップの一つとして数ヶ月後彼らは初めて野外ロックフェスにも出たりもしたわけだけど、それがあったからこそ余計に音楽を突き詰めたくなったのかあるいはグループであの場に立ってみたもののしっくりこなくて結果的に辞めようと思ったのか、それともすばるくんにとってそれは然して意味のない出来事だったのか…、ま、今となっては分からないよね。
でもなぁ。その後メンバーから”まるちゃんがエイトがフェスに出たことを知らせるネットニュースを満足げに見ていた”ことをバラされていたけど、メンバーは皆目新しい光景と状況にそれまで経験したことない充実感を感じたのは事実だったと思うんだよね。それこそ、自分たちの今後を見据えられたりもしたのかもしれない。そして、イメージする漠然とした未来にはきっと真ん中にすばるくんがいたと思う。
今、6人はどんな未来を思い描いているんだろうか。

その新年会のすばるくんによる鼓舞が影響した…とは別に思わないけれど(∵仕事なんてだいぶ前から決まってるんだろうし)、2017年を思い返してみるに、ヨコはジレッタでミュージカルに挑む一方ananで美しい裸体とエロスを晒し、ヒナちゃんは27時間テレビの司会をやり切り、まるちゃんは泥棒役者で映画主演を果たし、ヤスくんは俺節で素晴らしい芝居と歌を披露して、錦戸さんは日テレで初の連続ドラマの主演を務め、大倉くんはずっとやろうとしなかった舞台で主演を務め…、正直すばるくん以外の6人はそれぞれ各々が個人のお仕事で新しい一面を見せられた一年だったように私は思う。だから、会見の後「特典で革命云々と言っていたのに6人がそれをできなかったからすばるくんは見限って抜けたんだ」というアクロバティックな持論を展開されている方を目にして、正直白目を剥きそうにもなったりした。私自身はまったくもってそんなことは思わなかったので。

初夏にアルバム「ジャム」発売。
豪華な作家陣に加え、まるで職業作家のようにニーズに合った曲を作る安田くん、相変わらず私小説のような曲を書く錦戸さん、とにかく人間臭さを曲にするすばるくん、三者三様の曲が一緒くたになったカオスなアルバムであり、まさに7人としての集大成的アルバム。
7人のこと、グループのことを歌っているように聞こえた「今」も「青春のすべて」も、4月15日以降聞こえ方がまるで変わってしまった。

すばるくんが参加した最後のツアー、「関ジャニ’sエンターテインメント ジャム」が開始。久しぶりに初日に足を運ばなかったのは、今思えばあまりにも楽観的過ぎたんだろうな。
夏へと移行したドームツアー、個人的には冬に戻して欲しいと思って止まない…。

当時もそうだったけれど、こうなってしまったからこそ余計にこのツアーのトピックは「Answer」と「ノスタルジア」に尽きてしまう。
それほど深い思慮があって決まったわけではない”3人”と”4人”のユニットが、これほどまでに意味を持つようになるなんて、たった一年半前のことなのに思ってもみなかったなぁ。
3人が3人じゃなくなってしまう前に、3人のユニットが見られて本当に良かった。間に合って良かった。だって、もう二度とあの3人で歌って踊る姿は見られないのだから。
Answerの映像はもちろんツアーメイキングもこのユニットについて語る言葉も、今となっては全てが宝物。すばるくんも、最後のユニットがこの3人ならば何の悔いもないだろう…と思うけど、唯一大倉くんとだけペアを組まなかったことについてはちょっとだけ後悔していて欲しいな(苦笑)。

すばるくんのアイドル的所作はこのツアーでも続いていた。
「NOROSHI」「DO NA I」では目配せに毎度黄色い歓声が上がっていた。
「Sorry Sorry love」「WASABI」「えげつない」の歌って踊りまくる怒涛の三曲、すばるくんはまったく手を抜くことなくしっかりと踊っていた。でも、それが逆に違和感であったりもした。
最終公演の福岡二日目。「応答セヨ」Cメロのすばるくんと大倉くん二人の声の重なりがとてもきれいで、印象的だった。まさかこれが最初で最後になるだなんて、あの時は夢にも思わなかった。

11月15日、7人として最後のシングル「応答セヨ」が発売された。7人の強い目が並んでいるジャケットがとても素敵だった。
カップリングの「Sweet Parade」のPVで老いたメイクを施された7人を見ながら、きっと現実でもこんな7人を見る日がいつか来るんだろうと何の疑いもなく思った。
「Street Blues」の安田くんにはちょっと驚いた。俺節以降、安田くんの歌声は本当に変わった。太く強く、より心に響くようになった。こんな歌を歌える人が普段は上ハモに徹しているという事実に改めてグッときたりもした。
通常盤にはすばるくんが作詞作曲プロデュースをした「コーヒーブレイク」という曲が入っている。
すばるくんがこの曲をグループに持ってきたのを知ったとき、錦戸さんは嬉しかっただろうな。この曲がコンサートで聞ける日は果たして来るのだろうか(権利関係的な意味でも)。

年末。
長年縁がなかったFNS歌謡祭で、エイト一人一人がそれぞれ個別に他アーティストの方とコラボレーションさせてもらうことになった。
長い年月をかけて錬成した音楽という武器を手にあの場所で堂々と戦う7人がファンとして誇らしかった。虚勢でも自己暗示でもなく、本当に「最高で最強」になったんだなとテレビを見ながらしみじみ思った。
番組の最後、上手い歌い手ばかりが並ぶユニットの一人として「糸」を歌いあげるすばるくんはひたすらに格好良かった。
ずっと見たくて、でもきっと見られないだろうと思っていたものがついに見られたような気がした夜だった。

この年も紅白歌合戦に無事出場。歌った曲は「なぐりガキビート」。ヨコがセンターだった。
その後カウントダウンコンサートにも出演。結果的にこの日…2018年1月1日が、関ジャニ∞としてすばるくんをこの目で見た最後の日になった。
座席がセンステの近くだったので、放送されていない時間にもエイトが近くにいることが多くて有り難かった。すばるくんがまるちゃんや安田くんと楽しそうにしていた姿が今も忘れられないな。


そして、2018年。
3月7日に「ジャム」のDVDが発売。特典の”手錠ドミノ”はトランプさんが超絶クレイジー&内容が終始バカバカしくてとても面白かった。でも、「こんなに楽しい空間をすばるくんは手放してしまったのか」とか余計なことを考えてしまうようになったので、4月以降あまり見れなくなってしまった。

「未定」の翌年から10年間続いたヒナちゃんの「If or…」が終了。
千秋楽にヨコが来ていたらしいのだけれど、この時ヨコは客席からどんな気持ちでヒナちゃんを見ていたのだろうかと想像するだけで胸がぎゅっとなる。

3月21日、TBSで「卒業ソング音楽祭」なるよく分からない生放送特番があり、エイトはそこで「オモイダマ」を歌っていた。
この時は「錦戸さんがやけに儚げだな」とか「みんな色っぽいな」とかそんなことを思うばかりだったけれど、今考えるとこの時はまさにすばるくんの去就について話し合いがなされていた真っ最中だったわけで、4月15日以降まったくもって見返せなくなってしまった。個人的に、会見映像に次いで見ていられない映像ランキング堂々の第二位である。*1

そして迎える2018年4月15日。その後のことは知っての通り。




はー長かった。
11年+α分のすばるくんは、ものすごい量だった。思い出したことはまた追記しよう。

改めて関ジャニ∞渋谷すばるさん、お疲れさま。
大好きでした。












それはそうと、元気かなすばるくん。*2
そろそろ花粉の季節ですが、今年は表に出ることもないし何時ぞやのように顔が浮腫む春を迎えられたりするのだろうか。
タッキーも引退してtobaseも退所して、嵐もあと二年でいなくなってしまうよ。寂しいです。
エイトはというと、15周年の年を迎えた今USJハリウッド・ドリーム・ザ・ライドに安田&錦戸コンビが作った曲が採用されていて、大阪のあちこちにエイトのポスターが貼られています。いち大阪市民として実に誇らしく、喜ばしいことです。大阪に帰省された時、すばるくんの目にも留まれば良いなと思います。

これから先、すばるくんが街中でふとエイトを目にしたとき、いったいどんなことを思うんだろうか…なんてことを考えたりもします。 
昔のことを懐かしく思い出したりするのかな。
誕生日の際には、大倉くんがTシャツをドアノブに引っ掛けてプレゼントしたことも一瞬で良いので思い出して頂けるといち大倉ファンとしては嬉しい限りです。
ま、すばるくんが2体も持っている例の招き猫は未だ一つももらえてないんだけどね、大倉くん。

*1:同じく二位に4月14日のサタデープラスもある

*2:初夜の大倉くんのモノマネをしながら