暇記

カキーン

あのことについて綴る。

人は概して”辛苦を乗り越え成功しました”的なお話が好物です。他人の物語に自己を投影し、容易く感動して手軽に泣く。で、実際は何もしていないのに、自分自身もなんだかちょっとだけ変われたかのような錯覚に陥ったりもする。
それは人の心を動かすのにもっとも簡単なツールの一つといえるでしょう。そして、然るストーリーを、例えば何かに興味を持たせそれを売ろうとする際の端緒として利用するというのも、売る側としては当然のことであり、正攻法なのだと思います。

エイトは、その変遷を語る場でいわゆる”苦労・不遇話”と評されるものをよく口にします。
いくつか挙げると、①松竹座の客席がガラガラだったこと②なかなかデビューできなかったこと③メンバーを他のグループに持って行かれたこと④自分たちより先に後輩がデビューしたこと⑤デビュー曲が演歌で会見がレコード会社の屋上だったこと⑥衣装がペラペラだったこと⑦PVが予算不足でちゃんと撮れなかったこと…あたりでしょうか。あと、関西の扱いが非常に悪かったという漠然としたことも言ったりしてますかね。まあどの話も彼らのファンなら今まで幾度となく見聞したものだと思います。
そうファンは…いやファンじゃなくとも、彼らを意識的に見ている人ならばどれもこれも聞き飽きているであろうものばかりです。

それでも彼らは今もなおその話をし続けています。
なぜならば、世間に自分たちを提示するにあたりその類の話がやはりもっともキャッチーで便利だからです。しかも過去に何度も喋ったことが功を奏し、慣れと共にいい具合に話も練られおもしろ小噺としての質も高くなっています。とりわけ彼らをよく知らない人にとってそれはまだまだ利用価値があるのでしょう。
きっとかかる場や機会を与えられなくなるまで彼らはその話をし続けるんじゃないかと思います。昔から売れることに貪欲な彼らだからこそ、たとえすでに手垢で真っ黒けなそれであっても利用価値が完全にゼロになるその時まで貪欲に使い倒そうとするはずです。
こちらとしては「またかいな」とは思うものの、そのことについて別段不快感はありません。ま、ファンは大方そうじゃないでしょうか。「耳タコ」という点それ以外の部分でこの話を聞き眉間にシワが寄るのは、いろんな角度から何度もショボさを強調され続けている当時のテイチクレコード関係者くらいではなかろうかと思います。


しかしながら、そのように同じネタをしつこく使い回す彼らが一つだけ軽率にネタにしない”苦労話”があります。それは他でもない「メンバーの脱退」です。

まあこれは私の記憶や遡りが甘い点もあるかもしれませんが、私が知る限り、彼等は「デビュー一年目にメンバーが離脱したこと」を積極的にメディア等で口にしたことはないように思います。8周年のときに当時の状況を少しだけ話してくれはしたけれど、その媒体はテレビでもラジオでも雑誌でもなく、イベント会場でしか買えない…つまり彼らのことをよく知っているファンしか手に取らないであろうパンフレットの中でのことでした。
 
勿論当初は偉い人からそのことについて口にすることを固く禁じられていたのかもしれません。でも、その後だって折りを見て先の苦労話の一環として話しをし世間に苦労しましたでも頑張りましたアピールをしようと思えばいくらでもできたはず。だって「8人グループで”エイト”という名前をもらって漸くデビューしたその1年目に一人が離脱して7人になる」って、記者会見がレコード会社の屋上だったことより衣装がペラペラだったことよりPVをちゃんと撮ってくれなかったことより、グループとしてはるかにヘビーじゃないですか。そしてそれを経て頑張った彼らもちゃんと存在している。事件のインパクトも相まって、やりようによってはいくらでも興味深いものに仕上げられる素材です。

でも、彼らは決してそれをしようとはしませんでした。



「デビュー間もない時期にメンバーが不祥事を起こして抜けた」という事実において、やはりどう考えても7人は迷惑をかけられた側=被害者で、抜けた一人は迷惑をかけてしまった側=加害者・悪者という構図になってしまうように思います。
詳細やその前後の事情を知らない人であれば余計に、その上辺だけを見て容易く善悪をジャッジしてしまうでしょう。
わたしはエイトが7人になった後で彼らのことをそして当該事件の詳細をちゃんと知りそして好きになりましたが、その過程はもちろん今に至るまで、内くんに対してただの一度もネガティヴな感情を抱いたことはありません。何故なら、彼らがただの一度も内くんのことをネガティヴなものとして口にしたことが無かったからです。
そう、そもそも彼らは内くんの去就については勿論彼についての事柄を公の場で口にすることはほぼありませんでした。それは一見するに隠蔽とか無かったことにしているとかそういう風に思われるかもしれませんが、まったくもってそうではなく、むしろ彼らはその一人のことを本当に大事に考えているからこそ頑なに無言を貫いているのであろうことは新参者の自分ですら想像に易かったし*1
、それは2007年8月5日に確信に変わりました。

それから時は経ち。
彼らは相も変わらずそのことについて詳しく明言・言及をすることはしないまま、なんとなくここまで来てしまいました。それ故に未だに可能性を信じている人もいたりするのだろうけど、あまりにも頑な過ぎて、ある意味タブーみたいになってしまった感も否めません。
とはいえ、飽くまでも私の私見ですが「”エイト”と名乗りつつ七人である」ということは、エイトのアイデンティティ…とまでは言わないけれど、彼らを情緒的に見せている要素の一つではあると思います。そしてそのコアな部分に関して今もなお誰一人として必要以上に触れようとはしない、ということも。

でも…どうなんでしょうかね?いつかその顛末を全て明け透けに、世間のお涙を頂戴すべくテレビやラジオや雑誌等で能動的に話したりする日が来ちゃったりするんでしょうか。そのとき私はまだエイトのファンでいるのかな。どうなんだろう。

けどな〜、前述したパンフレットの中で錦戸亮が「(この話をするのはこれが)最初で最後」ってハッキリ言っちゃってるからなぁ〜。




そんなことをふと考えたりした2016年の8月5日…の次の日のお話でした。

*1:村上「オレらがちゃんとやることをやってれば戻ってこられる…だから戻りやすい状況に持っていかないとと思ってた」 安田「コイツがグループに戻ってこれる場所を作ろう」 大倉「オレは戻ってくると思ってた…からオレらは死ぬほど頑張らないとって」…2012年のDear Eighterより